第22話 魔導士というもの

 とても眩しい光が見えた。

 そのせいで、目の前に立っている人物の顔は分からない。

 けれど、その人は優しい笑みを浮かべているような気がした。


「よくやったな、ハルト」


 そう言って、彼は頭を撫でてくれた――……



 バッシャーーーーーーーーン!!と盛大な水飛沫が上がった。


「っぶえっ!! っうわ、しょっぱっ!!」


 ゴホゴホと咳き込みながら、アスティは飛び起きた。そこは街の人たちの治療に使っていた大衆浴場の浴槽だった。


「あれ、俺……」

「アスティ!!」


 塩水に浸かり、ずぶ濡れになった自分に驚いていると、突然名前を呼ばれ抱きつかれた。


「うわ! ……え、あれ? ミレイユ?」


 抱きついてきたのは、病で倒れたはずのミレイユだった。彼女は泣きながら、心底安心したように呟いた。


「よかった……、もう目覚めないかと思った……」

「ミレイユこそ、目が覚めたんだね」

「ありがとう、アスティ。みんなのために……」


 ミレイユはさらに力を込めてアスティを抱きしめた。その力強さにアスティは無事に抗体が作れたことを悟り、心から喜んだ。


「ようやく目が覚めた様じゃな」


 浴槽の外で仁王立ちしていたエシルが声をかけてきた。


「薬も効いて、病は完治したはずなのに一向に目覚める気配がなかったもんでな。大量の塩水につけて見たんじゃよ」

「……なるほど、ずぶ濡れなのはそう言う訳か」

「荒療治は正解だったようじゃな」


 エシルはニッと歯を覗かせて笑った。


「薬、ちゃんと出来たみたいでよかった」


 アスティはミレイユと一緒に浴槽から上がり、浴場を見渡す。まだ眠っている人々が数人いるものの、その数は劇的に減っていた。


「ああ、お前さんのおかげじゃよ。改めて例を言うよ」

「私からも。アスティのおかげでこの街は救われたわ。本当にありがとう」

「いや、そんなのは別に……。あ、そういえば俺の怪我って……」

「怪我!? どこを怪我したの?」


 ミレイユが驚き、アスティの身体を触って確かめる。しかし、アスティの身体には傷ひとつなかった。


「……あれ? 勘違いだったかな?」

「な〜にを白々しいことを……。ミレイユに看病してもらいたくて嘘をついとるな?」

「え!?」

「もう、エシルさんたら!」


 アスティは慌てて否定するが、エシルはにやにやと笑いながら二人を囃し立てた。


「あ! そういえばレインはどこに?」


 アスティは慌てて話題をそらした。


「ん? レインか? やつなら外に出てったぞ」

「外に?」

「まだ何か気になることがあるようでな。昨日から色々と調べとるみたいじゃが……。神経質な男だよ、全く」


 エシルはやれやれといった感じでため息を吐いた。



 先の戦いでボロボロになってしまった服の代わりにミレイユが用意してくれた服に着替えたアスティは持っていたペンダントが無くなっていることに気が付いた。


「ミレイユ、俺の持っていたペンダントを知らない?」

「あ、それなら私が持っているわ。あなたを治療するときに濡れたらいけないと思って外しておいたの……はい、これ」

「ありがとう」


 アスティはミレイユから銀色のペンダントを受け取り、首にかけ直した。まだ他の患者の看病をするという彼女と別れ、アスティは街へ出かけた。


 市場の方へ行く途中、橋の上を歩くレインを見つけ声を掛けた。


「レイン!」

「アス、目が覚めたのか」


 アスティは目を覚ました自分を見ても特に驚いた様子がないレインに少し拍子抜けしてしまう。


「ああ、うん。えっと、レインのお陰で助かったよ。あの後、俺の怪我とか治してくれたんだろ?」

「さぁ、どうだったかな?」

「魔法で治してくれたんじゃないのか? 俺の肩と脇腹……。結構派手にやられたと思ったから、傷ひとつなくてビックリしたよ!」

「アス」


 レインはアスティの話を遮るように名前を呼んだ。


「今回は運が良かっただけだ。次はもうあんな無茶はするなよ」

「え?」

「いいな」

「う、うん」


 レインの真剣な眼差しにアスティも素直に頷く。もうこれ以上この話はするなという強い意識が感じられアスティは口を噤んだ。


「ああ、そうだ。これをお前に渡さないとな」

「え? なに」


 レインは懐から何かを取り出すとアスティに手渡した。

 それは小さな青い宝石だった。


「これってもしかして……」


 その青い宝石によく似たものを、もう一つ持っていることにアスティは気づいた。


「お前が召喚した魔物が落としたものだ」


 それはこの街へ来る前に、森で襲われた妖魔から手に入れた宝石とよく似た形をしていた。アスティは宝石を握りしめると、レインに問いかけた。


「あの魔物は……、この冥府の剣って一体なんなんだ?」


 レインは少し間を置いてからゆっくりと口を開いた。


「……あれは冥府に閉じ込められた魂を、この世界に顕現させるための装置だ」

「……?」

「あの世から魂を呼び戻す事ができる。だが、魂を呼び戻せたとしても、そこに肉体は存在しない」

「そうか。だから、切りつけても黒い霧になって消えるのか……。それって、妖魔とは違うのか?」

「妖魔か……。確かに出どころは違うが、同じモノと考えて問題ないだろう」


 レインは少し考えた後、そう答えた。

 アスティは続けて質問する。


「この剣で妖魔を出せたとして、それで誰かの役に立てることってあるかな?」

「その剣でか?」

「うん、この”冥府の剣めいふのつるぎ”で」


 アスティは真面目な顔でレインを答えを待った。


「……どうだろうな。今回は稀なケースだったが。実際のところ、その剣で世界を滅ぼすことは出来ても、救うことは出来ないだろう」

「……そうか」

「どちらにせよ、王剣なんて代物は実際に使うためにあるんじゃない。力を誇示するためにあるだけだ」

「そう、なのか?」

「手に余る力は破滅を呼ぶ。……使わないに越したことはない」


 レインはそう言うと、足早に歩き出した。アスティも慌てて後を追う。


「そういえば、レインはここで何をしてたんだ?」

「街を調べていた」

「街を?」

「……ずっと考えていたんだ」

「何を?」

「この街に魔物を持ち込んだ犯人だよ」

「ああ」


 アスティはもう一つの目的をまだ果たしていない事に気がついた。


「この街の入り口は魔物侵入防止のための守護印がかけられている。モンスター自体を持ち込むのは容易ではなかったはずだ。……だが、実際に魔物はこの街に潜んでいた」

「うん」


 病の原因であった魔物を倒し、街に平和が戻ったが、レインはそれだけでは納得出来ず、アスティが倒れた後も一人で調査を進めていたようだ。


「オレ達が戦ったあの魔物。あれが何者かの手によって街に運び込まれたモノだとすると、あの大きさのモノを誰にも気付かれずに街に運ぶのはかなりの大仕事だ……」

「うん」

「そう考えると単独犯での実行は難しいと思える」

「うん」

「それに医師が言ってんだが、街の薬術師ケミスターが見つからなかったらしい」

「その、薬術師ケミスターって人がいないと薬の量産ができないんだっけ?」

「ああ、トーマス医師が方々に掛け合ったみたいだが、妙なことに全員別件で出払っていたそうだ」

「それは困ったね……」

「戦時中でもないのに、全員が不在なんてことあるはずがない。実に不可解だ」

「そうなの?」


 偶然、用事が重なることもあるのではないかと思ったが、そもそも薬術師ケミスターがどんな仕事をしているのかもアスティはよく分かっていない。

 レインは微妙な表情を浮かべるアスティに説明を付け足した。


「”薬術師ケミスター”は魔術師協会が管理する”有資格者クォリファイラ”だ」

「クオリファ…?」

有資格者クォリファイラだ」

「今、この国で魔術スキルを扱う職業は全て、資格が必要なんだ」

「そうなんだ。レインも資格を持ってるの?」

「……俺は魔法使いだから彼らとは少し事情が違う」

「事情って? 資格は持ってないってこと?」

「……オレのことはどうでもいいんだよ。それより、話をつづけるぞ?」

「あ、うん」


 なぜか質問をはねつけられたが、それ以上追及する雰囲気でもなかったので、アスティはだまって従う。


有資格者クォリファイラは国に使える職員だ。だから一人一人協会によって管理され、地域ごとにその所在をきめられる」

「勝手に旅行とかしたらダメってこと?」

「ダメではないが、手続きとかは必要かもな。お前だって、街に医者が一人もいなくなったら困るだろ」

「そりゃ、まあ……。魔術師って大変な職業なんだな」

「国からそれなりの報酬や優遇を受けられる職業でもあるから、そんなに悪いものでもないさ」

「ふーん」

「とにかく、この一件は不可解なことが多い」

「だから、色々と調べてたんだね」


 レインの隣で相槌を打っていたアスティは雑貨店のショーウインドウの前で突然立ち止まった。レインは不機嫌そうに振り返る。


「……急に立ち止まってどうした?」

「うわー、なにこれ……。顔のボツボツが気持ち悪い」


 アスティは店の窓に写った自分の顔を見ながら呟いた。


「ああ、花葬病の後遺症だな」


 アスティの顔には赤い出来物の様なボツボツがいたるところに残っていた。それは顔に生えた花が抜けた落ちた跡だった。


「一週間くらいで治るだろうから気にするな」

「え、一週間もかかるの?」


 アスティは何度も鏡を確認する。


「なんだ、そんなに気になるなら店で仮面でも買うか?」

「それ、いいかも……!」


 レインは冗談のつもりで言ったが、アスティは本気にしたようだ。


「そ、そうか」

「それで、レインはこれからどこに行くって?」


 気を取り直したアスティはレインと共に歩き出す。


「ああ、主婦からの聞き込みでわかったんだが、数日前にこの街で爆発騒ぎがあったそうだ」

「ああ、そういえばそんな話、俺もどこかで聞いた気がする」

「そうなのか? ……まぁ、そういう訳で、まずは数日前に爆発があったという倉庫へいく」

「なんで?」

「……気になるからだ」

「ふーん」


 アスティは自分の顔をさすりながら答える。


「なんだ、興味ないなら付いてこなくていいぞ」

「え? そんなのことないよ。俺も真実があるなら確かめたい」

「ふん」

「あー、でもさ。先にどこかの店で仮面を買ってからでもいいかな?」


 アスティの申し出にレインは諦めた様にため息をついた。

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