第23話 呪いの仮面と乙女の涙
「はやく、助けを……、誰か……」
運良く倉庫から逃げ出したリソラだったが、嗅がされた薬品の効果が効き始め、朦朧とした意識の中で必死に助けを求めてさまよっていた。
「だ、れか……」
必死に前に進もうと歩みを進めるが、不意に視界が途切れ、意識を失ったリソラはそのまま草むらに倒れてこんでしまった。
しばらくして目を覚ましたリソラは飛び起きた。
「……まさか、わたし眠って……!?」
辺りを見渡し、自分が草むらで眠っていたことに気づいたリソラは青ざめる。
せっかくのチャンスを無駄にし、二人を助けられなかった事実を目の当たりにして、凄まじい後悔に襲われた。
「二人はどこに……」
リソラは倉庫へ戻り、窓から中の様子を伺った。
「誰も、いない……」
リサラ達の姿が見えず、不安を覚えたリソラはフラフラとした足取りで、倉庫の中へと戻っていった。
まだ薬が抜けきっていないのか、ひどく身体が重い。それでも二人の姿を探して、歩みを進める。何も出来なかった後悔に涙が溢れて止まらない。それは、悲しみよりも不甲斐ない自分に対しての怒りだった。
「リサ……。アーくん……、どこ?」
誰もいない部屋の中を見渡し、名前を呼ぶが返事は返ってこない。
「……」
先程まで二人がいた場所には、ひどく踏み荒らされ、アークが噛みちぎった男のものであろう血液がそこら中に飛び散っていた。
そして、その血まみれの床に自分達の荷物やアークのターバンが散乱していた。
「うっ……ううっ……」
リソラは膝から崩れ落ち、嗚咽を漏らした。
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二人は倉庫へ向かう道すがら、仮面を取り扱っている店を発見し、中へ入った。
「これなんかいいんじゃないか?」
レインが派手な羽飾りのついた金色の仮面を差し出す。
「……もうちょと真面目に探してよ」
先程からレインに勧められる仮面はどれも笑いを誘うようなデザインばかりで、納得がいかないアスティは黙々と仮面を物色した。
「お客様はお若いですし〜、何でもお似合いですよ〜」
店の女性店員が甘ったるい声色でアスティをおだてる。
「仮面なんて、別に何でもいいだろう」
レインは仮面を探すのにすっかり飽きた様子で、店の椅子に腰かけた。
「嫌だ。何でもは嫌だ……。ん、あれは?」
アスティは壁にかけられた仮面の中から、黒く古めかしいデザインの仮面を見つけて手に取った。
「あ、あ、お客様〜、それは……」
女性店員が慌てて、仮面を試着しようとするとアスティを制止する。
「これいいな」
店員の止める声を無視して、アスティは鏡の前でその仮面を試着し、何度も角度を変えてポーズを取った。
「そ、そうですねぇ〜! お客様にとってもお似合いですぅ〜」
女性店員は少し引きつった笑顔でアスティを褒める。
「でも、あっちの仮面も気になるなぁ……」
アスティは別の仮面を試着するために、黒い仮面を外そうとした。
「ん? あれ? ……んんん?」
「どうした?」
「なんか仮面が引っかかったみたいで、外れない」
アスティは仮面を外そうと引っ張るがなかなか取り外すことが出来ず、ジタバタともがいた。その異変に気付き、レインは店員に声をかけた。
「君、済まないが、あの仮面を外してやってくれ」
「お、お願いします!」
アスティも助けを求めたが、女性店員は引きつった笑顔のまま、答えづらそうに答えた。
「……大変申し上げ難いのですが〜、そちらの仮面は呪いの仮面なので外れません〜」
「……え?」
「ぶふっ!」
レインが口元を抑えて吹き出した。
「え、外れないって、なんで? え、なんで? なんで外れないんですか!?」
「あ、そちらの仮面は〜、“呪いの仮面”と言いまして、主に罰ゲームなんかで使われる仮面なんですぅ〜」
「ば、罰ゲーム……」
アスティは絶句しそのまま固まってしまう。
「……っくく! ば、罰ゲーム……ふははっ!」
「あ、大丈夫です〜、仮面の呪いを解くには……」
「もしかして、俺一生このままなのか……」
「――ですぅ」
「聞いたかアス。呪いは解けるそうだから、安心しろ」
「え? なに? 聞いてなかった……」
アスティはあまりのショックに呪いを解く方法を聞き逃していた。レインは呆れた様子でやれやれと首を振った。
「……まぁ、すぐに呪いを解くのは無理だろうから、しばらくはそのままで我慢しろ」
「え!?」
「なんだ、その仮面気に入ったんじゃないのか?」
「いや、それはそうだけど……」
「なら問題はないだろ。代金はオレが払ってやるから、もう諦めろ」
「……」
女性店員の甘ったるい「ありがとうございましたぁ〜!」の声を後に二人は店を出た。
アスティはもはや話をする気にもなれず黙ってレインの後をついて歩いた。
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「ここが、爆発のあった倉庫だな……」
二人は町外れの古い倉庫街へやってきた。
周囲に人影はなく、シンと静まり返っている。レインが先に倉庫内へと進んだ。
「……待て」
入り口からひとつ目の扉の前でレインが立ち止まる。両扉の左側が少し空いており、その隙間から中の様子をそっと伺った。
「……誰かいる」
レインの言葉にアスティも中を覗き込んだ。がらんとした部屋の真ん中に小さくうずくまる人影が見えた。
「……あれは」
アスティは目を凝らす。そこには若い女の後ろ姿が見えた。
「うっ……ううっ……」
少女は床にへたり込んだ状態で、泣いている様だった。
「罠かもしれない……、ここは慎重に……」
レインは周囲を警戒する。
アスティは少女の目の前に大量の血溜まりが広がっているのに気付き、飛び出した。考えるよりも先に身体が動いていたのだ。
「大丈夫!?」
少女はビクリと肩を震わせ、振り向いた。アスティは驚き、声を詰まらせる。
それは、先日市場でスリ犯から助けた少女だった。
「だ、誰……?」
仮面をつけたアスティに少女は怯えた表情を見せる。
「君は、前に市場で会った子だね」
後からやってきたレインが声をかけた。
「……あなたは、あの時の!」
少女は見知った顔に少しだけ安心した表情を見せた。
「……」
アスティは少女を怯えさせないように黙ってそばを離れる。
「あ、あの! お願いです……!」
少女はカバンから小さな袋をとりだすと、中に入っていたものを全て床にぶちまけた。甲高い金属音を立てながら床に広がったのは、大小様々な硬貨だった。
「今はこれだけしかありませんが、足りない分はあとで必ず払います!」
少女はありったけのお金をさしだし、レイン達に頭を下げた。
「どうか力をかしてください! どうか、どうかお願いします……!」
少女は必死で頭を下げ続ける。
「ちょっと待て、少し落ち着け……!」
レインが慌てて少女を制止するが、なおも少女はレイン達に助けを求めた。
「どうか、リサとアーくんを……! 私の家族を助けてください!」
少女は泣きながら、そう懇願した。
「……そういう事は、街の憲兵に相談した方がいい」
泣きながら頭を下げる少女に対して、レインは冷静な態度でそう告げた。
「レイン、助けてあげよう」
今度はアスティがレインを説得しようと試みる。レインは眉間にシワを寄せ、深く溜息をついた。
「アス、そう何でも安請合いをするな。それに、俺達にはまだ他にやる事がある」
「でもこのままじゃかわいそうだ」
「だから、人探しなら憲兵に頼めばいいと言っている」
「……わかったよ。じゃあ、俺一人でやる」
アスティはレインの説得を諦め、泣いている少女に声をかけようとしゃがみこんだ。
「……ん、ちょっと待て」
「え?」
レインはアスティの肩越しに何かを見つけ、拾い上げた。
それは青い、小さなガラス瓶だった。中身はすでに使用された後で、カラだった。周りには他にもいくつかの空瓶が転がっていたが、レインはなぜか他の瓶には目もくれず、その青い瓶を丹念に調べていた。
「これは……」
「なんだよ、急に……」
「……おい、君」
「は、はいっ」
突然、険しい声で呼び掛けられた少女はビクリと肩を震わせ顔を上げた。
「ここで一体、何があった? ここにいた奴らはどこへ行ったんだ?」
「……え?」
急な質問に思考が追いつかず、戸惑う少女にレインは勝手に話を続ける。
「ああ、そうか。それじゃあ、代わりと言ってはなんだが、君の探し人についても出来る限り協力しよう」
「ほ、本当ですか!?」
「レイン……!」
先程まで頑なに協力を拒んでいたはずのレインが、急に態度を変えたことに驚きはしたが、正直自分一人では心許ないと思っていたアスティはとても安堵した。
「ああ、成り行きだが仕方ない。それにもしかすると彼女の件と、この街で起きている事は無関係ではないのかもしれない」
「え? それって、どういう……」
「うっ、ううっ……あ、ありがうござい、ます……ううう、うあああああん!」
突如、堰を切ったように泣き出した少女にアスティは驚き、慌てふためいた。
レインは短いため息を吐くと、少し困った顔をして笑った。
「わかったから、もう泣くな」
「ずっ…! ずみまぜん……うっううっ」
「じゃあ、もう行くぞ。話は道すがら聞くから、ついて来い」
そういうとレインは一人でさっさと出口へ向かい歩き出した。後に残された二人も慌てて荷物を拾い上げ、レインの後を追った。
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