第19話 探索蝶

『マスター、ご命令を』


 突然、目の前に現れた青い鳥は、その姿からは想像もしないような声で言葉を発した。


「……ソラ、その鳥なに? 今、喋った?」

「え、あ、わかんない……。そんな事より毒消し薬を作らなきゃ!」


 突然現れた人語を話す鳥に気を取られていたリソラは慌てて落ちていた本に手を伸ばす。小鳥はその場から素早く飛び立つと、リソラの頭上を飛び回った。


『毒消し薬に関する記載は、本書35ページになります』

「え?」


 頭上を飛ぶ鳥は抑揚のない声でそう告げる。リソラはすぐに言われたページを開いた。そこには確かに毒消し薬の製造法などが書かれていた。


「毒消し薬の作成に必要なものは……、毒消し効果を持つ素材と回復の効果を持つ素材の2つが必要……」


 リソラは一通り読み上げると、木の枝に止まっている小鳥に向かって声をかけた。


「ねぇ、あなた! あなたはこの本に書かれている事がわかるの?」


 木の枝で羽を休めていた小鳥は、静かに『はい』と答えた。


『私はその書物に搭載された、コンシェルジュ・プログラムです』

「コンシェルジュ……?」

『本書に記された膨大な情報の中から、最適なプランをご提供致します。何なりとご用命下さい』

「な、なんなの一体……」


 二人のやり取りを見ていたリサラも困惑の表情を浮かべた。


「じゃあ、ここに書いてある毒消し薬の作り方を教えて! この子が毛虫に刺されたみたいで、困っているの」


 リソラは小鳥に向かってそう言った後、リサラの膝に抱えられているアークの腫れた腕を掴んで見せた。木に止まっていた小鳥は、リソラの肩の上に移動すると、アークの腕を観察し、答えた。


『この場合、傷口の毒素を取り除くため、毒消し草の葉で患部を覆い、毒消し薬にて解毒するのが最適だと判断します』

「毒消し草……」

『本書のサンプルデータから複製が可能ですが、現在その機能スキルはロックされており使用できません』

「じゃあ、どうしたら手に入れられるの!?」


 理解できない言葉に次第に焦りを感じ、語気に力が入る。こうしている間にもアークがだんだんと弱っていくのが、その呼吸から感じ取れた。


『スキル”探索蝶サーチ バタフライ”で対象の素材を探す事が出来ます。探索蝶を使用しますか?』

「なんでもいいから、早く探して!」


 リソラは思わず大声で叫んだ。すると青い鳥は『かしこまりました』と言い、小さく頭を下げると、肩から飛び立った。


 次の瞬間、リソラは激しい目眩に襲われその場で倒れ込んでしまった。


「え? なに……? ソラ、どうしたの……」


 突然倒れたリソラに驚き、リサラが手を伸ばす。その手が肩に触れる直前にリソラは目を開き、無言で立ち上がった。


『緊急を要するオーダーのため、自動錬金オートマタモードにて遂行します』


 リソラが抑揚のない声でそう呟くと、落ちていた本を再び拾い上げた。

 本を開いた右手の薬指には先ほどまでは存在しなかった指輪がはまっており、その指輪に埋め込まれた青い宝石がキラキラと淡い光を放っていた。


『スキル、”探索蝶” ――発動』


 リソラがそう言うと、本の中から三匹の青い蝶が飛び出した。青い蝶の一匹が足元に生えていた草に止まり、その輝きを増した。また別の蝶も近くにあった白い花にそれぞれ止まり、光を放った。


 リソラは手際よくその草花を摘み取り、元の場所へ戻ると、無言でリサラを見下ろした。


「……ソラ?」


 正気の感じられないその瞳に、リサラはゾクリと背中を震わせる。


『これを患部に強く押し当てて下さい』


 リソラは手に持っていた草から数枚の葉をちぎり、一度手の中で揉みほぐした後、再度葉を開きリサラに手渡した。リサラはそれを無言で受け取ると、アークの赤紫色に変色した傷口へと押し当てた。


『応急処置を完了。続いて毒消し薬の生成に移行します』


 アークの応急処置を見届けた後、リソラは虚ろな目で宙を見つめ、右掌を下にした状態で目の前の空間を撫ぜるように横にスライドさせた。するとその手を追うようにして光の帯が何もない空中に広がり始める。


 光の粒子は、いつくもの幾何学模様を描きながらリソラの目の前に広がった。


『……』


 リソラは目の前に広がった光の作業台を前に動きを止めると、その光景を呆然と見ていたリサラに向かって話しかけた。


『アイテムの生成には術者のエレメントを消費します。使用者が自動錬金オートマタモードのため、術式発動には第三者の承認が必要になります。術式の発動を承認しますか?』

「……え、承認? わ、わたしがするの?」


 突然話しかけられ戸惑うリサラ。


「……うぅ」


 リサラが返答に困っていると、下からアークの苦しそうな声が聞こえた。リサラは膝に抱たアークに視線を落とす。


 アークの顔は苦痛に歪み、呼吸は更に荒くなっていった。リサラはグッと眉間に力を込め、顔を上げ言った。


「……お願い、薬を作って」

『――承認しました』


 リサラの言葉を確認し、リソラは持っていた二つの素材をそれぞれ、光の円の上にかざした。すると、それは吸い込まれる様にして消えて無くなった。


 リソラが両手を使って光の粒子を操る。その動きに合わせて無数の光が形を変えていき、それは小さな光のカケラとなって砕け散り、中からガラスの小瓶が出現した。


「……すごい」


 リサラが思わず呟く。リソラが小瓶を手に取ると、光の作業台は静かに消えていった。


『アイテム、毒消し薬の生成に成功しました。これを対象者へ投与してください』


 リソラは振り返り、口を開けたまま見上げるリサラに小瓶を差し出した。


「あ、ありがとう」


 リサラが差し出された薬を受け取った。


依頼完了オーダーコンプリート自動錬金オートマタモードを終了します』


 リソラがそう言い終わると、右手の指輪が砂の様に砕け散った。


「……う」


 正気に戻ったリソラが、その場で膝をついて倒れこんだ。


「ちょっと、大丈夫!?」

「……き、気持ち悪い」


 リソラはグッと目をつぶり、頭をふって顔を上げた。リサラが心配そうな顔で覗き込む。


「大丈夫、それより早く薬を……」


 リソラに促され、リサラは小瓶の蓋を開けアークの口の中へと流し込んだ。

 アークが薬を吞み下すと、体から淡い光が湧き上がった。


「……う」

「アーくん!」


 しばらくして目を覚ましたアークに双子は安堵の声を上げる。


「よかった、もう何ともない?」

「気分は? 他に刺されたりとかしてない?」


 意識は戻ったものの、今だにぐったりとした状態のアークはリソラ達の顔を見て呟いた。


「…二人とも、無事でよかった」

「「それはこっちのセリフー!!」」


 双子はアークを抱きしめ、泣きながら無事を喜んだ。

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