第四章
第18話 炎の弾丸と青い鳥
「…ソラ、起きて」
「んあ……?」
本を読みふけったまま、いつのまにか寝てしまったリソラはアークに起こされ目を覚ました。
「…朝ごはん、取ってきたから食べよう」
「え、朝ごはんあるの!?」
リソラは朝ごはんと聞いてガバッと起き上がる。
「…リサも起きて。火、着けて」
「ん、んー?」
アークはリサラの頬をペチペチと叩き、消えてしまったランタンに火をつけるよう促した。
「あー……はいはい、火ですね……」
眠たげな目を擦りながら、リサラがランタンに火をつける。
「それで、アーくん。朝ごはんって……」
アークは手に持っていたものを双子の目の前に突き出した。それは大きなネズミの死骸だった。
「……!!」
下水道の中に双子の悲鳴が響き渡った。
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「まさか、人生でネズミを食べる日が来ようとは……」
リサラは青ざめた顔で口元を押さえながら、必死に食べたものを飲み込んだ。
「まさにサバイバルって感じ……」
「塩とかあればよかったね」
「そういう問題じゃない!」
リサラが涙目でツッコミをいれる。
「…いらないの?」
二人のために取ってきたネズミを食べやすいようにむしりながら、アークはリサラを見つめた。
「食べる! 食べるよ! うぅ、目をつぶればイケるかな……」
アークが丸焼きにしたネズミの足を受け取り、口へ運ぶリサラ。
「…はい、ソラの分」
アークが残りの部分も食べやすい大きさに千切りリソラに差し出した。
「ありがと〜、……あれ? その手どうしたの? 火傷?」
リソラはアークの右手の甲を指差した。親指と人差し指の間に火傷のような跡があり、それは紋章のような形をしていた。
「…これは、洗礼の証。教会でもらったんだ」
「そういえば、前に教会から逃げて来たって言ってたよね? どこへ行くつもりだったの?」
「…神都に行こうと思ってた」
「「シント?」」
双子が声を合わせて聞き返す。
「…神の都って呼ばれる大都市だよ。ここからずっと北のほうにあるんだ」
「そこには何があるの?」
「…新都は魔導師の国だから大勢の魔導士がいて、色んな魔法を研究してるって聞いた」
「魔法の研究……!?」
「じゃあ、そこに行けば、帰る方法が見つかるかな?」
「…二人も一緒に行く?」
アークが少し不安げな表情で二人の顔を覗き込んだ。
「行こう、サラ! 私達も神都に!」
「うん、三人で一緒に行こう!」
三人は互いに手を握り合い力強く頷いた。アークは少しホッとした表情を見せた。
「せっかく旅するなら、楽しみながら行きたいよね! いろんな場所を観光してさ、ご当地の美味しいものとか食べたりして!」
リサラが楽しそうに話し始めると、リソラも目を輝かせながら、うっとりと想像を膨らませる。
「私は甘いものが食べたいなぁ、きっと食べた事のない味のお菓子とかあったりするんだろうなぁ〜」
「なんとかスマホの充電する方法ないかな? 電波はなくてもカメラ機能は使えるし、写真いっぱい撮りたいな~」
「はぁ〜、食べ物のこと考えたら、お腹すいてきちゃった……」
「アンタ、さっきネズミ3つも食ったじゃん!」
リサラが呆れた声でツッコミを入れると、三人は互いに顔を見合わせて吹き出した。暗い下水道の中に笑い声がこだました。
ひとしきり笑ったあと、リサラは立ち上がり言った。
「それじゃあ、目的も決まったことだし、そろそろ出発しますか!」
「とは言え、先立つものがないから、もう少しこの街でお金を稼いでおいた方がいいと思うんだけど」
「あー、旅の資金かー」
「毎日ネズミじゃ栄養偏るし、お腹も膨れないし……」
「確かに! ネズミはもう嫌! ……でも、もう売れそうなものも無いし、働くにしてもどうすればいいか……」
「そこで、私からひとつ提案があります!」
突然、リソラが手を挙げ立ち上がる。
「え、なになに?」
「じゃじゃ~ん! 薬草探し~!」
リソラは持っていた青い本を開いて見せた。
「え、なに? どゆこと?」
「まぁまぁ、説明を最後まできいて? ……えっと、この本に書いてあったんだけどね、この世界には色んな種類の薬草があって、種類によっては高値がつくものもあるんだって!」
「もしかして、その薬草を探して売ろうってこと?」
「リサラさん、正解!」
「え、マジで?」
「もし万が一、レアな薬草が見つからなくても、普通の薬草もそれなりに売れるみたいだから、旅の費用が貯まるまでは、これを売ってお金を稼ぐのがいいと思うのですが、いかがでしょう?」
「いかがでしょうって、急に言われても……」
「この提案に賛成の方は挙手をお願いします!」
リソラの提案にアークが手を挙げた。
「2:1で決定ですね!」
「え!?」
「それじゃ、レア薬草探しに~? ……しゅぱーつ!」
「…おー!」
「えええ!」
リソラとアークは拳を突き上げ、気合いを入れる。流れについていけないリサラは戸惑いの声を上げた。
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「それで、どこに行くの?」
「うーん、とりあえず木とか沢山あるところに行きたいんだけど……。アーくん、どこかいい場所知らない?」
「…街の外は危険だから、街外れの丘へ行くのがいいと思う」
アークは双子の案内役をするため、再び先頭を歩いた。下水道から出た三人は陽の光に目を細め、しばらくパチパチと瞬きをした。
「なんか、今日人少ないね?」
街を歩きながら、リソラが口を開く。
「お祭りがあるって言ってたけど、中止になったのかな?」
閑散とした街に違和感を感じながらも、三人は街のはずれにある丘を目指した。
1時間くらい歩き続け、ようやく丘の中腹までやってきた三人は目の前に広がった花畑に目を奪われた。
「わあ、花畑だー! キレ~!」
「ソラー、写真撮ってー」
「はいはーい」
すっかり観光モードになってしまった双子は本来の目的を忘れ、記念撮影を始める。楽しそうにはしゃぎ回る双子を遠目に見ながら、アークは一人、薬草を探しを始めるのだった。
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「……って、薬草なんてどこにもないじゃん!」
ひとしきり写真を撮り終えた双子は、薬草を探して林の中へと足を踏み入れた。
しばらく探し回ったが、本の挿絵に描かれているような薬草は見つからず、リサラが声を荒げた。
「お、おかしいな? 本ではこういう場所に生えてるって書いてあるんだけど……」
「……その本、すごく古そうだし、間違ってるんじゃないの?」
リサラが訝しげな表情でリソラの青い本を覗き込んだ。その瞬間、ポトリと何かが本の上に落ちてきた。
「わ! 虫!」
リソラが本を振り、落ちてきた毛虫を追い払う。
「きゃあああああ!」
リサラは落ちた毛虫に驚き、凄い勢いで後ずさった。その勢いで、背後にあった木に思い切りぶつかってしまう。
リサラがぶつかった衝撃で、細い木が葉を揺らし、ボトボトボトっと音を立てて、大量の毛虫がリサラ頭の上に降ってきた。
「……んっぎゃあああああ!」
一瞬の間をおいて、リサラは白目をむいて悲鳴をあげた。恐怖のあまり、混乱したリサラは、所かまわず炎を乱れ打った。その衝撃で周囲の木々が揺れ、さらに大量の虫が降り注ぐ結果となった。
「いやああああああああっ!! ムシ無理ぃー!!」
「リ、リサ!」
もはや収拾の付かなくなったリサラは、リソラの呼び止める声も聞かず、一人で林の奥へと逃げて行った。すぐさまアークがリサラの後を追いかけたので、リソラも慌てて走りだす。
「きゃっ!」
しかし、慌てたリソラは木の根につまづき転んでしまう。アークが振り返り、リソラの元に駆け寄った。
「…ソラ、大丈夫?」
「わ、私は大丈夫。それよりリサを追いかけないと……」
アークが頷き、走りだす。リソラも遅れて後を追ったが、転んだ際に手のひらと膝を擦りむいたようで痛みに顔をしかめた。
「リサ、どこ!?」
リサラを見失い、大声で名前を叫ぶリソラ。それに答える様に林の奥から助けを呼ぶ声が聞こえ、二人は声のする方へと向かった。
「ソラ、助けて! 魔法が出なくなっちゃった!」
林の中で座り込み、泣きながら助けを求めるリサラの姿を見つけ、近付こうとするリソラの手をアークが引き止めた。
「…待って」
「え、アーくん? 何?」
「…レッドビーがいる」
アークの言葉にリソラは辺りを見渡す。リサラの周りを赤い色の蜂が飛び回っていた。
「な、何あれ……」
蜂は大人の拳程の大きさをしていて、カチカチと不気味な警告音を発しながらリサラの周りを飛び回っていた。
「…あの蜂は猛毒を持ってる。刺されると危険」
アークが、リソラに説明をする。下手に動いて蜂を刺激すればリサラに危険が及ぶかもしれない。
「ま、魔法が出ないの……、ど、どうしよう、ソラぁ……」
ぐすぐすと鼻をすすりながら、震えるリサラ。どうやら魔法を連発しすぎて、弾切れを起こしてしまったようだ。
「無闇矢鱈と使うからだよ! 落ち着いて、相手をよく狙って! 魔力を最小限に抑えるの!」
リソラの言葉に、リサラはガクガクと数回頷くと、震える右手をピストルの形にして飛び回る蜂に向かって構えた。周囲を旋回していたレッドビーは、リサラのそのポーズを攻撃と捉え、瞬時に向きを変え、リサラ目掛けて一直線に飛んでいった。
「……こ、来ないでっ!」
次の瞬間、リサラの指先から小さな炎が弾丸のように飛び出し、目の前のレッドビーを貫いた。
炎の弾丸に撃ち抜かれたレッドビーはそのまま地面に落ちると炎に包まれ消し炭となった。
「……ハッ、……ハッ、……ハーッ!」
リサラは目を見開いたまま、荒い息を繰り返した。
「リサ、すごい……!」
「あ、あは……、ソラのアドバイスのおかげだよ」
リサラは笑って答えたが、その声は震えたままだった。
「…っう!」
突然、アークが呻き声を上げてその場に崩れ落ちた。
「え? アーくん!?」
リソラが振り返り、アークに駆け寄る。アークはひどく苦しそうな表情をし、額には大粒の脂汗が吹き出していた。
「なに? ……どうしたの?」
未だ震える身体を引きずるようにして、リサラもアークの元へ近づく。
「わ、わかんない……、急に苦しそうに……」
「ソ、ソラ! アーくんの腕のところ!」
「え? わっ! さっきの毛虫!!」
リソラがアークの腕に付いた毛虫を払いのけた。アークの腕は赤紫色に腫れ上がり、ただ事ではない事が一目で見て取れた。
「毛虫に刺されたんだ……」
「う、嘘……、ど、どうしよう? どうしたらいい?」
「……っ」
「ソラ!」
リサラは困惑し、涙声で訴えるが、リソラもどうしたらいいか分からず言葉を詰まらせた。
「…うう」
アークの苦しげな声に、リソラは我に帰り頭を振った。
(泣いてる場合じゃない! 私がどうにかしなきゃ……!)
リソラは涙を拭うと、顔を上げてリサラをみた。
「……た、確か、本に毒消し薬の作り方が書いてあったはず!」
「毒消し薬?」
「リサ、アーくんをお願い」
「う、うん!」
リソラはアークをリサラの膝に預けると、持っていた青い本を開こうとした。しかし、先ほど転んで負傷した右手が痛み、思わず本を地面に落としてしまう。
「え、ソラ、その怪我……」
リソラの手のひらから滴る赤い血を見て、リサラの顔から血の気が引いていく。
「だ、大丈夫。こんなの大した怪我じゃないから!」
リソラはそういうと、落とした本に手を伸ばした。青い本の表紙にリソラの赤い血が数滴、滴り落ちた。
――そして次の瞬間、それは起こった。
「……!?」
「な、なに!?」
本の表紙に刻まれた金色の紋様が眩い光を放ち、宙に複雑な模様を描き始める。
立体的に描かれた光の線から正八面体が現れたかと思うとそれはすぐに解け、その中から青い炎の様な小鳥が姿を現した。
「……鳥?」
呆然とするリソラの目の前に現れた青い炎を纏った小鳥は小さな羽根を数回羽ばたかせると、リソラに向かって頭を下げ、言葉を発した。
『マスター、ご命令を』
それは、リソラの頭の中に直接響いてくる様な不思議な声だった。
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