第17話 冥府の剣
アスティとレインはエシル達と別れ、街の広場へと移動した。街は閑散とした雰囲気で、出歩く者はいなかった。
皆、病を恐れて外出を控えているのだろう。静まり返った街を歩きながら、アスティはレインに話しかける。
「上手く出来るかな」
「まぁ、あの場では言えなかったが、正直賭けだな」
「え!?」
レインは手に持った瓶の中身を確信しながら、悪びれもせず答えた。
「安心しろ。賭けとはいえ勝算あってのことだ。問題はない。お前は自分のことやるべき事だけに集中すればいい」
「やるべきとこって……」
「……オレの考えが正しければ、病の原因である魔物はこの街にいるはずだ」
「魔物が街に!? どうやってその魔物を探しだすんだ?」
「その剣だ。そいつで魔物を呼び出す」
そうレインに言われ、アスティは昨晩の出来事を思い返した。
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「――お前に1つ、確認しておきたいことがある」
それはミルティの家での出来事だった。
「なに?」
呼び止められたアスティは振り返る。
「それは”
「え?」
レインはアスティの腰に下げた剣を見て言った。
「お前の持っているその剣だ。本来、こんな所にあるわけないんだが……、俺の目が確かならば、それは偽物ではないだろう」
剣について問われ、アスティは腰に下げたそれに手をかける。
「冥府の剣って言うのか、これは……」
アスティの言葉にレインは眉をひそめた。
「……? 知らずに持ち歩いていたのか?」
「ああ、えっと……、この剣は俺の持ち物じゃないんだ。だからこの剣がなんなのかは俺も知らない」
アスティは剣に関して正直に述べる。
「そうか……。しかし、お前がそれを持っていると言うことは、何か意味があるんだろうな」
「意味?」
首を傾げるアスティ。
「いいか、その剣は冥府の剣と呼ばれる曰く付きの王剣だ」
「……王剣?」
「生きとし生けるものの魂を縛る
「魂を…縛る剣……」
アスティはなんと言っていいか分からず、黙って剣に目を落とした。
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「――この辺りでいいだろう」
レインは広場の真ん中で立ち止まった。アスティもレインの声に足を止める。
「剣の使い方は分かるか?」
「……あまり自信はないけど、一応は」
アスティはこの街に着く前に、剣から飛び出した黒い鎖の事を思い出した。
「鎖を出せばいいんだろう?」
「鎖? そんな物は必要ない」
「え、じゃあ、どうすれば?」
てっきり、黒い鎖で魔物を捕まえるんだと思っていたアスティは聞き返す。
「剣と魂を共鳴させれば、自ずと使い方も分かるはずだ」
「自ずとって……、要は分からないって事か?」
「……何か言ったか?」
「いや、なにも!」
レインの言葉の圧にアスティは慌てて首を振った。
「……いいか? その剣の力を使う時、決して己の魂を手放すんじゃないぞ」
「魂?」
「そうだ。お前はこの剣の
「……わかった」
レインの真剣な眼差しにアスティも頷く。
「よし、それじゃあ、頼んだぞ。オレも援護する」
そう言って、レインは持っていた瓶の中身を一気に飲み干した。
「それ、何?」
「これか? これは、ただの水だ」
レインは空になった瓶を懐に仕舞うと、少し離れた場所まで移動し、合図を送る。
合図を確認したアスティはうなずき返し、目をつぶって深呼吸をした。
(剣と魂を共鳴させる……。そんなのどうやってやるんだ……どうやって……どうやって……あの人はどうやってたかな……)
アスティは剣の持ち主だった人物を思い浮かべた。
(あの人は確か……)
その瞬間、身体の中心からドクンと脈を打つ音が聞こえ、何かが全身を駆け巡った感覚に、アスティは目を見開いた。
手にした剣からは不思議な力が伝わって来るのを感じる。アスティは剣を高く掲げて、脳裏に浮かんだ言葉をゆっくりと紡ぎ始めた。
「……かつて四天の大地に在りしもの……、我は冥府の門を開く者なり。……今、
アスティは天に掲げた剣を一気に振り下ろし、地面に突き立て叫んだ。
「
次の瞬間、剣から放たれた衝撃破が大地を揺らした。周囲には禍々しい気配が立ち込め、大地に突き立てられた刃が淡く光り、地面を這うようにして大きな魔法陣を描き上げた。
剣を中心に広がった魔法陣は更に光の線を伸ばし、アスティの目の前にも複雑な円を描き始める。
地面に描き出された魔法陣が完成すると、そこから黒い煙が発生し、その中から花葬病の原因をもたらした魔物――、ネフコルギザァトが姿を現した。
「これは……」
それはミレイユの家で見た図鑑の挿絵とよく似た姿をしていた。
大小様々な花を咲かせた身体に触手のような蔦を巻きつけた魔物は、頭部と思われる部分の蔦を掻き分け、その隙間から暗い大きな瞳を覗かせた。
「……っ!」
ぎょろりとアスティに睨みつけた魔物は、巻きついた触手を身体から剥がすと、すごい速さで前に突き出した。アスティは咄嗟に跳びのいたが、突き出された触手は頬をかすめ、細い切り傷を作った。
『――刻め』
少し離れた場所で待機していたレインが呪文を唱えると、空から鋭い氷の刃が降り注ぎ、長く伸びた触手を切り落とした。
「キィィィィ!」
魔物は切断された触手を引っ込めながら、甲高い悲鳴のような声をあげた。魔物から切り落とされた触手は、地面に落ちると黒い煙となりそのまま跡形もなく消えてしまった。
「……やはりか」
レインは魔物の一部が消えるのを見届けると、アスティの方に向き直った。
「レイン! 毒胞子ってのはどこに?」
「あいつの腹のあたりに白い袋状のものがあるはずだ。今は葉に覆われていて見えないが……」
「よし、それを奪い取ればいいんだな」
アスティが行動に出ようとするのを、レインが制止する。
「待て。あの魔物には肉体がない。切り離せばさっきと同じ様に黒い霧になって消滅するだろう」
「それじゃあどうすれば……」
「……っ!!」
会話の途中で魔物が再び触手のような腕を伸ばして二人に襲いかかる。
二人は左右に分かれて攻撃をかわした。
「アス! お前はあいつの腕を全て切り落とせ! 生け捕りにする!」
「わ、わかった!」
レインがアスティに指示をする。アスティは魔物に攻撃を仕掛ける。伸びてくる触手をギリギリでかわし、魔物の腕を全て切り落とした。
『――凍れ』
レインが再び呪文を唱えると、今度は魔物の足元に氷の柱が出現し、そのまま下半身を凍らせて動きを止めた。魔物は氷から逃れようともがいたが、バランスを崩し地面に倒れ込んだ。
レインが倒れた魔物を足で踏みつけると、靴底から冷気が発生し、魔物の身体を更に凍りつかせてゆく。
「……」
レインは無言で右の掌を開く。その掌に氷の粒が渦巻く様に集まり、それはやがて氷の短剣に姿を変えた。レインは短剣を握りしめると、その刃先を身動きの取れなくなった魔物の目玉にあてがう。
「レイン、一体なにを……?」
アスティはレインの行動を固唾を飲んで見守る。
「……さぁ、いい声で鳴けよ」
レインは囁き、魔物の目玉を短剣で思い切り突き刺した。
「――――っ!!」
目玉を潰された魔物は耳を覆いたくなるような悲鳴を上げた。それは声というより高周波に近い音だった。
しばらくして魔物の声が止み、周囲は一気に静まり返る。
「な、なんだ? 今の……」
咄嗟に耳を塞いだアスティは、恐る恐る手を離す。
「!?」
突如、地面から鈍い地鳴りのよう音が響き、アスティの足元に亀裂が入った。
アスティは慌ててその場を飛び退く。
「あれは……!」
盛り上がった地面の中から、先ほど目玉を潰された魔物とは別のネフコルギザァトが姿を現した。
「上手くいったな」
「なんなんだ、一体!」
「知らないのか? 魔物は瀕死になると仲間を呼び寄せるんだ。その性質を利用した」
「何それ!? 聞いてない!!」
地面から這い出した魔物が大きく葉を揺らし、声を上げた。
「……っく!」
その甲高い声にアスティは一瞬、たじろぐ。
魔物は、先ほど倒したやつよりも倍以上の大きさをしていた。
「アス、あれが本命だ! アイツの持っている胞子袋を手に入れろ!」
「な、なんだよくかわからないけど、了解した!!」
アスティは魔物を前にしても、怯むことなく突き進んだ。
二体目の魔物はギョロリとした目玉でアスティの姿を捉えると、身体に巻きついた太いツルを解き、アスティ目掛けて突き出した。
しかし、アスティはすでにそれを見切っており、全ての攻撃をかわしていく。魔物の腕が前方にしか伸びないことを先ほどの戦いで学んでいたのだ。
「……はっ!」
アスティは伸びた腕を避け、宙でくるりと一回転すると、 鋭い剣先で伸びてきた触手を切り落とした。だが、魔物はすぐに別の触手でアスティを貫こうと攻撃をしかける。
魔物の攻撃を防ぎながらでは、相手の懐に入り込むことが出来ず、アスティは一旦、後退し体勢を立て直した。
「これじゃあ、全然近づけない……」
(正面から突っ込めば、あの腕に貫かれる……、けど、胞子袋はあいつの身体の中心にある……)
レインが魔法で応戦し、腕を何本か切り落とした。
「……アス、無事か」
「ああ、大丈夫……っ!」
アスティもすぐに応戦しようと立ち上がったが、突如バランスを崩し思わず地面に膝をついた。
「え?」
アスティは右腕に違和感を感じて目線を向けた。そこには見覚えのある、小さな蕾が生えていた。
いつ感染したかは分からない。だか、ミレイユ達が倒れた時の状況を思い返すと、このままでは自分も意識を保っていられる時間が少ないだろうと言うことを悟り、ギリっと奥歯を噛んだ。
「考えてる暇はないってことか……!」
アスティは立ち上がると、真っ直ぐ魔物の懐へ飛び込んだ。魔物はアスティ目掛けて鋭い触手を伸ばした。そしてそれは容赦なくアスティの左肩を貫いた。
「アス!」
魔物に貫かれたアスティを目にして、レインが叫ぶ。
「……へへ」
ぼたぼたと貫かれた肩から血が滴り落ちる。
アスティは痛みを堪えるように小さく笑うと、魔物の腹に勢いよく剣を振り下ろした。腹を守っていた蔦は全て切り落とされ、毒胞子の袋が露わになる。アスティは畳み掛けるように自らの剣を魔物の胸に突き立てた。魔物は大きく仰け反り、悲鳴をあげた。
「……悪いけど、貰っていく」
アスティは両足で、魔物の身体を踏みつけると胞子袋を鷲巣噛み、勢いよく引き抜いた。
ブチブチブチッと音を立てながら胞子袋に絡まった蔦ごと引きちぎる。魔物の赤黒い体液がアスティの顔や身体に勢いよく飛び散った。魔物は尚も鋭い触手を突き出し、アスティの脇腹や腕を貫いた。
「くっ……!」
その瞬間、アスティの身体に無数の花が咲き乱れ、花弁が空を舞った。
『――!!』
レインが魔法を放つ気配がしたが、アスティの目には舞い散る無数の花弁とその隙間から見える青空しか映らなかった。
魔物と共に地面に崩れ落ちたアスティにレインが駆け寄る。
「アス!! ……おい、しっかりしろ! ……クソ、怪我が……!」
レインが必死でアスティの傷を塞ごうとするが、アスティにはもはや痛みすら感じられなかった。
「来い、ヒューイ! こいつの怪我を直せ!」
レインのその言葉を最後にアスティは意識を手放した。
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