第16話 治療法
アスティ達は街に戻ると、占い師の館へと向かった。店の中にはエシルが一人残っていて、戻ってきた二人を出迎えた。
「おお、二人とも、戻ったか!」
「……ミレイユ達はどこに?」
アスティはミレイユの姿が見えない事に気づきエシルに尋ねる。
「安心せい、さっきマイルズが来て、二人を医者のところへ連れてってくれたよ」
「そうか。よかった……」
マイルズに伝えた病を遅らせる方法は無事に医者の元へ伝わったようだ。
「……して、お前たちは何か手がかりを見つけたのか?」
「ああ、問題はあるが一応はな。とりあえず、医者の意見が聞きたい。エシル、案内を頼めるか?」
「もちろんじゃとも。そのためにここでお前たちを待っておったんじゃ。それ、すぐに出発するぞ」
「ああ。よろしく頼む」
二人は休む間もなく、店を出た。エシルに案内され、行き着いた先は街の中心地に近い場所に建てられた施設だった。
「ここは……?」
それは、割と大きな建物だが、病院というには少し派手な外観をしていた。
「なるほど、公衆浴場か」
「公衆浴場?」
「知らないのか? 誰でも利用出来る入浴施設だ」
「へー」
なんとなく想像はつくものの、実際に目にした事がなかったアスティは曖昧な返事で返した。
「一度に多くの患者を塩水に浸す為には、ここが最適じゃと思ってな」
エシルはそう説明しながら、施設内へと足を運んだ。
建物の中は患者の付き添いと思われる人々が大勢いた。アスティ達はそんな人々の間を抜けて浴場へと進む。
奥にあるガラス張りの扉を開けると中は更に沢山の人々で溢れかえっていた。
浴場内を医師や看護師が、慌ただしく動き回り、いくつかある大きな浴槽には浅く水が張られ、その中に沢山の患者達が顔だけを水から出した状態で寝かせられていた。
「ミレイユ!」
アスティは水に浸かったミレイユを見つけて、側へ駆け寄った。ミレイユは眠っているかのようで、服を着たまま水の中に身体を浸していた。
最後に見たときはまだ手の甲にしか咲いてなかった花が、今は彼女の頬や頭部、そして首すじにも花を咲かせていた。
病の進行の速さに、アスティは改めて恐怖する。
浴場内で医師の手伝いをしていたマイルズが、アスティ達に気がつき駆けつけた。
「アスティ! レイン! どうやら病にはかかってないみたいだね、安心したよ」
「ああ、マイルズ。君も無事で良かった」
三人は互いの無事を確認し合い、安堵した。そこへ、医師を連れたエシルが声をかける。
「レイン、医者を連れて来たぞ」
医師はレインの横にいたアスティに気がつき、少し驚いた表情を見せる。
「君は、たしかサイナさんの家にいた子だね?」
「あ、あなたはあの時の……」
アスティもパン屋で出会った医師のことを思い出した。
「君は無事だったようだね。あの時は、自己紹介もせず失礼した。私はこの街で医者をしている、トーマスだ」
「俺はアスティです。えっと彼は……」
アスティは隣にいたレインにチラリと視線をむける。
「レインだ、よろしく。忙しいところ、呼びつけてすまない」
「いいや、構わないよ。……それで、話というのは?」
医師の方がはるかに年上に見えるが、レインは態度を変えることはなかった。
「ああ、花葬病について色々とわかった事があってな、医者の意見を聞きたい。少し、時間をもらえるか?」
「花葬病の? もちろんだ。何でも協力するよ」
トーマス医師は快く了承した。
「……ここでは少々、落ち着かないな。とりあえず場所を移そう」
レインの提案に、全員が素直に従う。医師がそれならばと、別の場所へ案内した。そこは臨時の待機室として用意されたものらしい。
部屋に入るとレインは全員が見える位置まで移動し、一拍置いてから話をはじめた。
「花葬病の原因が分かった。あれは、南国地方に生息するネフコルギザァトという魔物の仕業だ」
「魔物じゃと?」
エシルが眉をひそめる。
「ああ、こいつの出す毒胞子が花葬病と呼ばれる病の原因だ」
「まさか魔物の仕業だったとは……。どうして今まで気づかなかったんだ……」
トーマス医師は悔しげに呟く。
「この魔物に関する情報が少ないのは、この地方では生息していない生物だからだろう。特にこいつの生息地は南国地方だ。王都圏からの情報が降りてこないのも無理はない」
三人は黙ってレインの話に耳を傾けた。
「ホフキンスはこの魔物から採取した毒で抗体を作り、患者に投与する、いわゆる抗体治療を考えていたようだ。実現するまえに死んでしまったようだが……。彼の研究資料からはそう読み取れた」
「そうか……、やっぱり、ホフキンスさんの研究は完成していたのか」
マイルズはどこか哀しげな表情で俯いた。
「抗体治療か……。たしかにそれは有効だと思えるが、その肝心の抗体は今どこに?」
トーマス医師の質問にレインは正直に答える。
「残念ながら、ここに現物はない」
「なんじゃと!? それじゃあどうやって治療をするというんじゃ?」
「自分たちで作り上げるしかないだろうな」
驚く三人に対して、レインはしれっと言い放つ。
「……なるほど、それで私の意見を聞きに来たというわけだね」
トーマス医師は何かを納得したように頷き、近くの椅子に腰を下ろした。
「ああ、その通りだ。抗体はこの街の設備でも作れるか?」
「ああ、素材さえあれば作成は可能だと思う」
「どのくらいで作れるんじゃ?」
トーマス医師は腕を組み、少し考えた後答えた。
「そうだな、三週間……、いや、知り合いの
「そうか。そうなるとあとはその魔物の毒胞子を手に入れるだけというわけか……。まさか今から王都圏まで探しに行こうというんじゃなかろうな?」
エシルが眉を潜めてレインを見据えた。
そんなエシルの問いかけに、マイルズが素早く反論する。
「そんなの無茶だ! 生息地は王都の向こう側なんだろう? 行って帰ってこれる保証はない。第一、塩水の効果だっていつまで持つか分からないのに……」
トーマス医師は腕を組変え、唸った。
「ううむ……。ここにいないのなら、呼び出すことは出来ないのか?」
「呼び出すとはいうが、召喚術など今は失われた力……、占い師程度のワシしかおらぬこの街では到底無理な話じゃよ……」
エシルは力なく首を横に振る。
「……レインよ。お前さんには何か別の策があるんじゃろ? こんな途方も無い方法しかないなんて言わんじゃろ」
「そうだな。……オレはこの街に魔物が入り込んだか、あるいは毒胞子が持ち込まれた可能性が高いと見ている」
「魔物がこの街にかい?」
トーマスが怪訝そうな顔であご髭をさすった。
「それはあり得んじゃろう。この街には魔物避けの守護が掛けられておるんじゃぞ。魔物が街に入りこむなんて不可能じゃ」
「魔物避けの守護って?」
アスティの質問に、マイルズが答えた。
「魔物から人々の暮らしを守るために、街の入り口には魔法がかけられているんだ。その機能は土地によって様々だが、ここリアフォルンでは主に魔物の侵入を防ぐための守護が掛けられているだ」
「ああ、ここに来る時に門のところで修理してたやつか!」
アスティの言葉にマイルズが最近起きた出来事を思い返した。
「……そういえば、門の守護印が切れかかっていたな。あの時は魔術師に修復してもらったが……」
「ああ、その守護印を直したのはオレだ」
「なんじゃと?」
エシルはレインを見た。アスティも街に来た時に見かけたあの魔術師がレインであったことを知り、少しだけ驚いた。
「……壊れた守護印との因果関係は不明だが、街に魔物が入り込める余地は十分にあったと言える」
「けれど、もし仮に守護印が正常に作動していたとしても、積荷や食料品に紛れ込んだ毒胞子を感知するのは不可能だ。この街に掛けられた守護印は魔物を排除する為のもので、魔物以外の異物に反応するようには作られていない」
マイルズの説明にトーマス医師は腕を抱えてうなった。
「なるほど。街に入り込んだ毒胞子を何らかの方法で体内に摂取してしまった者が、花葬病を発症してしまった、というわけか……」
「今のところ、事故か故意かは不明だがな。そういえば、パン屋の女将が第一発病者だったな」
レインはトーマス医師に質問をする。
「ああ、そうだ。発病した彼女がパン屋を経営していたことを考えると……、やはり、大量に仕入れた小麦の中に毒胞子が紛れ込んでいたと考えるのが自然か」
「可能性としては高いが、どうだろうな。オレはもっと別の……」
「あ……!」
先ほどから一言も発しなかったアスティが声を上げたので、全員が彼に注目した。
「どうした?」
レインが尋ねる。
「あ、いや……、そういえば、ミレイユがサイナさんにもらったパンを食べてた事を思い出して。夕食に出たんだ」
「……まさか、お前も食べたのか?」
レインに聞かれアスティは頷く。
「あー……。うん、でも今のところ何の問題もないけど」
「同じ食事をしたのに、なぜミレイユだけが発病したんだ? 体質に影響するんだろうか?」
トーマス医師がまた腕を組み替え、考え込む。
「……いや、毒胞子は体内に取り込んだら例外なく一日で発病するはずだ。資料にそう書いてあった。アスティが毒胞子入りのパンを食べたのなら、もう発病していないとおかしい」
「じゃあ、小麦が原因ではないということか?」
レインは難しい顔でしばらく考え込んだあと、口を開いた。
「……まぁ、その感染源については、追々つきとめるとしよう。……だいぶ話しが逸れてしまったが、本題に戻そう」
「あ、ああ、そうじゃな。それで、その抗体はどこで手に入れるつもりなんじゃ?」
「それに関しては俺とアスティでなんとかする」
そう言ってレインはアスティに視線を向けた。アスティは黙って頷く。マイルズが困惑した表情で二人をみる。
「探しだせるのか、その魔物を? この街にいるかどうかも分からないものをどうやって……」
「詳しくは言えないが、ほかに建設的な意見がなければ、この方法しかあるまい。君たちは抗体を作るための準備をして待っていてくれ」
「……信じていいんじゃな?」
エシルが真剣な表情でレインに問いかける。
「この作戦がうまく行くかは、彼の頑張り次第だがな」
三人は黙ったままのアスティに視線をむけた。
「俺、やるよ。……病気の原因がミレイユ・フラワーのせいだって、誤解されたままになるのは、絶対に嫌だから」
「アスティ……」
「ミレイユは言ってたんだ。この街と、この街の人たちが大好きだって……。だから、俺はそんなミレイユのために、この街を救って見せるよ」
アスティの表情は硬いままだったが、その目には強い意志が宿っていた。
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