第15話 病の原因
時刻は深夜を回り、街の騒ぎも幾分かおさまった中、三人は丘の上の家までたどり着いた。
「どうやら、自宅は無事みたいだな」
「よかった……」
アスティは、家に被害が及んでいないことに安堵した。三人は家主のいない家に入っていく。ミレイユが家を出る時、慌てて鍵を閉め忘れていた事が幸いした。
「とりあえず、手分けして手がかりを探すとしよう」
ミレイユの父の研究室はアスティが昨日寝泊まりした部屋だと聞いていたので、アスティは二人を案内する。三人はそれぞれ、本棚や、手書きの資料などを調べ始めた。
「……あ、ごめん。俺、文字読むの苦手で……」
「なら、その机の引き出しの中に、例の手紙らしき物がないか探してくれ」
「わかった」
レインに指示され、アスティは父親の使っていたと思われる机を漁った。
ふと、あの黒塗りの棚が目に入り、あの瓶の事が頭を過ぎった。
「ん? これは……」
「マイルズ、何か見つけたのか?」
「ああ。このノートの、ここを見てくれ」
マイルズが手に取ったノートを二人に開いて見せた。レインはそこに書かれている内容を読み上げる。
「海水に身体を漬すと病の進行を遅らせる事が出来た……、海水の代用として、塩水を使用しても同じ効果が得られた。塩分量は……。なるほど、これは有効な手段かもしれない」
レインはすぐに必要な情報のメモを取り始める。
「この病は進行が早いと聞く。すぐに医者に知らせて病の進行を遅らせた方がいい。マイルズ、頼めるか?」
「もちろんだ。すぐに医者に知らせる」
「あ、俺が代わりに行こうか? ここにいても文字の読めない俺は役に立たないだろうし」
「大丈夫だよ、アスティ。ここは俺に任せてくれ。君は医者の家なんてどこにあるかわからないだろ?」
「あ……」
「それに役に立たないなんて言わないでくれ。君たちは本当なら、こんな危険な街から一刻も早く逃げ出すべきなのに、こうして皆んなの為に動いてくれている。感謝してもしきれないくらいだよ」
「マイルズ…」
「感謝するのはまだ早いな。そういうのは全てが解決してからだ」
「……そうだな。それじゃ、二人は引き続き手がかりを探すのを頼むよ」
「了解した」
「アスティも、頼んだよ」
「ああ! マイルズも気をつけて」
マイルズはレインからメモを受け取ると、足早にミレイユの家を出ていった。
「そっちは、何か見つけたか?」
「いや、まだ……。あ、でも少し気になるものがあるんだけど……」
「なんだ?」
アスティは黒塗りの棚の扉を開け、レインに見せた。
「これは、なんだ?」
「何かは分からないんだけど……。ほら、この瓶の中に入ってるのって……」
「指か? ……人間の」
「俺も最初は見間違いかと思ったけど、やっぱり人の指だよな、これ……」
「例の花葬病で亡くなった母親の指かもしれないな」
「え? でもさっきの話では、ミレイユの母親は燃やされたはずじゃ……」
「指だけ先に切り取っておいたか……、あるいは誰かが嘘をついたのかもしれないな」
「嘘? なんのために?」
「嘘っていうのは真実は隠すためにつくんだ」
「真実?」
「その指が誰のものかは、今は置いておこう。きっと今の段階ではいくら考えても答えは出ない」
「……うん、わかった」
二人は再び、花葬病の手がかり探しに戻った。研究資料をパラパラと捲りながら、レインが口を開く。
「先ほどから目につく資料のほとんどがミレイ・ユフラワーに関するものだ。たしか、あの花は街のシンボルともなっている花だったか?」
アスティは引き出しの中を覗きながら、答える。
「あれは、ミレイユの両親が品種改良して作った物だと言ってたよ」
「品種改良か。……ということは、これは品種改良前の花の資料か。だとしたらなぜ、完成した花の資料が残されていないんだ?」
「どういうこと?」
「ミレイユ・フラワーがどの様に品種改良されたものが分からなければ、製造者以外が作ることは不可能に近いと言える」
「じゃあ、父親がいない今、製造法を知っているのはミレイユだけってことか?」
「父親が娘に作り方を教えていればの話だが……、もし、他にあの花の製造法を知るものがいなければ、あの花は全てこの家から出荷されている事になるな」
アスティは今朝、ミレイユの出荷の準備を手伝った時のことを思い返した。あの時運んだ花の中にミレイユ・フラワーはあっただろうか?
「そういえば、感染源も不明のままだな……。パン屋の女将が最初の発病者だとすると、感染源はパン屋か? ……ならば、そのパン屋のパンを食べた者は全員発病者に……だとすると被害はもっと広範囲に……」
レインはブツブツと独り言を言いながら、考え込んでいた。
「レイン?」
アスティの声にハッとしたレインは顔をあげる。
「……すまない。犯人探しは後にしよう。今は、病を治す方法が先決だ」
そう言ってまた本棚の本を調べ始めた。
「あ、あった! 手紙ってこれかな」
アスティが机の引き出しの奥に隠れていた手紙の束を見つけて、取り出す。レインは手紙の束をペラペラとめくり、差出人をいくつか確認し、そのうちの何枚かの手紙に目を通した。
「何度か、王都への謁見を申請していたようだな。返事は全て却下のようだが……ミレイユに宛てたのは……、これか」
レインは手紙の束の中からミレイユ宛の手紙を見つけた。
「なんて書いてある?」
封筒を開くと中には一枚の紙切れが入っていた。レインは二つ折りにされたその紙を開いて読み上げる。
「“必要なものは揃えた。後は頼む”……。本当にこれだけだな。……しかし、随分と荒れた字だな。よほど急いでいたと見える」
「たしか、その手紙が届いた数ヶ月後に、国からお父さんが死んだって知らせが届いたってミレイユは言ってた」
レインは少し驚いた様子でアスティを見る。
「……君は記憶力がいいんだな」
「え? そう?」
「国から手紙が届いたということは、ホフキンスがトートグリフへ行ったのは間違いなさそうだな」
「どうして?」
「トートグリフは王都が管理する街だ。王都から手紙が届いたという事は、ホフキンスは王都圏内で死亡したという事になる」
「……?」
頭に疑問符を浮かべたアスティにレインは少し意地悪そうな笑みを浮かべて言った。
「地理や領土問題ついてはまた別の機会に教えてやるよ」
「あー、うん?」
アスティは何のことか分からなかったがとりあえず頷いておくことにした。
「あれ、その手紙の中、まだ何か入ってる」
封筒の中に、とても小さな紙切れが入っていた。
「ん、このメモは……これは、ページ数か?」
「図鑑のページ数? 植物図鑑なら本棚に沢山あるみたいだけど」
「このタイトルは……、そうか」
「どの図鑑?」
「残念だが、植物図鑑ではない。……これは、魔物図鑑だ」
「魔物図鑑?」
レインはアスティの後ろにある本棚を指差した。
「その棚の下の段にある黒い本……、それだ。取ってくれ」
「これか?」
アスティは黒い背表紙の本を取り出し、レインに渡した。レインはメモを見ながら、ペラペラとページをめくっていく。
「あった。これだ……。なるほど、病の原因は植物系の魔物の仕業によるものらしい」
「魔物? じゃあ、ミレイ・ユフラワーは関係ないってことか!?」
「ああ、原因がわかれば、あの花に対する言われない偏見もなくなるだろう」
「よかった……」
アスティはミレイユ・フラワーが原因ではないことにホッと胸を撫で下ろす。
「しかし、これでは……」
「なに?」
レインは図鑑を机の上にのせ、アスティに説明しはじめる。そこには太い幹に細い葉がびっしりと巻き付き絡み合った植物の挿絵があった。
「これは、ネフコルギザァトという。南国地方に生息する植物系の魔物だ」
「こいつを倒せば病気はなくなるのか?」
「いや、こいつを倒しても意味はない。病の原因となったのはこいつの出した毒胞子だろう」
「毒胞子?」
聞きなれない単語にアスティは首をかしげる。
「この毒胞子が何らかの方法で体内に入ると、血管を通して身体中に根を張り、死に至らしめると書いてある」
「じゃあ、花葬病を治すには……」
「体内にある毒胞子を取り除くしか方法はないだろうな」
「そんなことできるのか?」
「………単純な毒なら、毒消し草で取り除けるはずだが」
「既存の治療法は効かなかったって、ミレイユは言ってた」
「……そうか。だから、父親は旅に出たんだな」
「え?」
「この魔物から直接、毒を手に入れて、抗体を作ろうとしていたんだ」
「抗体? それがあればみんな助かるのか?」
「確証はないが、可能性は高い。……だが、素材を手に入れる方法だが……抗体についは専門家の知識が必要だな。一先ず、街へ戻ろう」
「よし、じゃあ行こう!」
「……待て、アスティ」
すぐに玄関へ向かおうとしたアスティをレインは呼び止める。
「え、なに?」
「お前に1つ、確認しておきたいことがある」
立ち止まり、振り返ったアスティをレインの真剣な眼差しで見上げた。
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