第14話 占い師の館

 アスティはサイナを抱きかかえながら、必死で隠れる場所を探した。後ろからミレイユを抱えたマイルズも付いてきている。このまま人の目につくところに二人を置いておく事は出来ない。


「クソ、どうすれば……!」


 背後から追ってくる男達の声に焦りが募る。一人であれば軽く対処することも可能だが、倒れた二人を庇いながらではどうなるかわからない。


「どこか安全な所は……」

「おい! こっちだ、来い!」


 不意に細い路地の先から、誰かの呼ぶ声がした。見ると、物陰からこちらに手招きしている人影が見えた。それは昨日、市場で一緒にスリ犯を捕まえたフードの人物だった。アスティは彼の指示するまま、路地を曲がる。


「ここなら、安全だ。入れ」


 フードの人物は途中にある扉を開けると、中に入るように促した。アスティ達はなだれ込むように中に入ると、直ぐに扉を閉めて気配を殺した。

 扉の外で追いかけてきた男達の声が通り過ぎていく。間一髪といったところだった。


「おお、ミレイユ……! お前までこんなことになるなんて……」


 部屋の中にいた白髪の老婆が悲痛な声をあげてミレイユに駆け寄った。

 マイルズが部屋の中を見渡し、呆けた声で呟く。


「ここは……、占い師の館か……」

「一応、人避けの加護をかけておいたから、もう大丈夫だろう」

「なんじゃと!? そんなことしたらますます客足が減るじゃろーが!」

「騒ぎが収まったら、解いておくよ」


 フードの人物はやれやれといった感じで、老婆を軽くあしらう。


「とりあえず、二人は奥の部屋に寝かせておくといい。朝にはこの混乱も少しは収まっているだろう」

「なんでお前さんがワシの店を仕切っておるんじゃ……」


 老婆はブツブツと文句を言いながら、ミレイユとサイナを寝かせるための場所を整えてくれた。


「ありがとう、助かったよ」

「気にするな、ただの気まぐれだ。……それより、何か飲むか?」

「あ、うん。えっと、君は確か市場であった……」

「ああ、君はあの時の……。やはり君とは縁があったようだな」


 フードの人物はそうっ言って、ニヤリと笑った。


「オレはレインだ。しがない魔法使いさ。君の名前は?」

「俺はアスティ……。あっちの背の高い彼がマイルズで、女の子がミレイユ。あと小さい子がサイナ」

「そうか。ああ、ちなみに彼女はエシルだ。オレの古い友人でね。ここで占いの店を開いてる」

「へー、占い師……」


 ミレイユが言っていた、占い師の店とはここの事だったのかも知れない。しかし、今のミレイユに確認することが出来ない現実にアスティは酷く落ち込んだ。


「紅茶で構わないか?」

「え、あ、うん。なんでもいい」


 紅茶なんて飲んだこともないアスティは適当に答える。レインは被っていたフードを脱ぐと、ティーセットを持ってアスティの向かいの席に座った。

 慣れた手つきでカップに紅茶を注いでいく。


「熱いのと冷たいの、どっちがいい?」

「え? じゃあ、冷たいので……」


 さっきまで走ってきたので、出来れば冷たい飲み物が欲しいとアスティは思った。


「了解」


 レインはそういうとカップの上でパチンと指を鳴らした。その瞬間、何もなかった空間に小さな氷の塊が現れ、そのままカップの中へと溶けていった。


「……ス……ッゲー!!」


 アスティは思わず椅子から立ち上がり、目を輝かせた。驚いたレインは目を丸くする。


「何それ! 何それ! スッゲー! もう一回やって、もう一回!」

「君は、魔法を見るのは初めてなのか……?」

「……あ」


 レインが不思議そうな顔でアスティを見上げる。隣の部屋にいたマイルズ達も何事かと、顔を覗かせていた。


「い、いや……その……。な、何でもない」


 急に恥ずかしくなったアスティはゴホンと咳払いをすると、静かに椅子に腰を下ろした。


 ミレイユ達を寝かせたあと、マイルズ達もレインが入れた紅茶を飲んで気持ちを落ち着かせた。占い師のエシルはティーセットを勝手に使われた事に文句を言いながらも、お茶受けの菓子を用意してくれた。


「一体、どうしてこんな事になってしまったんだ……。ミレイユまで花葬病になってしまうなんて……」


 マイルズは力なく項垂れる。


「その花葬病とは、一体なんだ? やまい一つでこんな騒ぎになるなんて……。はっきり言って異常だ」


 レインは冷静に、しかしはっきりと街の異常さを指摘した。マイルズもエシルも押し黙る。


「さっき、街の人が“あの男の復讐だ”って言ってたけど、それってミレイユと何か関係が?」


 アスティの質問にマイルズはビクリと肩を震わせた。


「この街の恥を晒す事になるが……、こうなっては黙っておくこともできんな」


 エシルは紅茶を一口飲むと、諦めたように息を吐き出し、静かに語り始めた。


「……あれは、10年ほどの前のことじゃ。突如流行りだした花葬病に街は大混乱に陥ってな。当時、治療法もなかったその奇病に医者も為すすべがなく……、患者を隔離する事で病気の拡大を防ごうとしたんじゃ。ミレイユが今住んでいる家も、当時の隔離病棟の1つでな、花葬病を発症した母親と共に住まいをそこへ移されたんじゃゃ……」

「……」


 エシルの話を聞きながら、マイルズは何かを堪えるように自らの拳を強く握りしめた。


「花葬病にかかったものは皆、一ヶ月も立たずと亡くなったが、ミレイユの母親だけは何故か半年以上も生きておった。それを恐れた人々がいつしか根も葉もない噂を流し始めたんじゃ……。病の元凶を持ち込んだのは、植物学者であったミレイユの父親、ホフキンスだとね。そして自分の妻を実験台にしているんだと、そう噂した」

「そんな……」

「ホフキンスは無口な男でぉ、弁解も弁明もしなかったから、皆との関係も徐々に悪化して行ってな、いつしか皆、その噂は真実じゃと思い始めたんじゃ……」


 エシルは悲しげな目で、ミレイユの眠る隣の部屋に視線を向けた。


「ミレイユの母親はその後、どうなったんだ?」


 レインは冷静な口調で質問した。


「……殺されたんだ」


 マイルズが絞り出すように、そう答えた。


「え? ……殺された?」

「同じ花葬病で娘をなくした男が、ミレイユの親父さんの留守中に病室に侵入して……、火をつけて殺したって、聞いた」

「……なっ!」


 アスティはただただ絶句する。娘をなくした男の絶望や、妻を焼き殺された男の悲しみを直ぐに理解出来るほど、今の彼は大人ではなかった。

 ミレイユはどんな思いで、この街が好きだと語っていたのだろう。それを思うとひどく胸の奥が痛んだ。


「結局、その花葬病の原因はなんだったんだ」


 そんな話を聞いても、先程と変わらず冷静に質問するレインにアスティは少しだけ腹が立った。


「それは結局分からずじまいじゃった。……だが、ミレイユの母親が亡くなってから、街で流行っていた花葬病がおさまったのも事実じゃ」

「……なるほど、一度はおさまったわけだな」

「ああ……。その後、ミレイユの父親は以前にも増して家に篭りきりになり、研究に没頭するようになった。まだ幼いミレイユをほったらかしにしてな……」

「でも、ミレイユの父親は犯人じゃない!」


 マイルズが強くそう主張した。


「何故そう思う?」

「あの人はむしろ、奥さんが亡くなってからもあの病気を治す方法を探してたんだ! ……俺はミレイユの事が心配で、頻繁にあの家に行ってたから分かる。その時も何度か親父さんと話をした」

「そうか。それで、その研究の成果はどうなったんだ?」

「それは……、研究がどうなったかまでは分からない。でも、ある日突然、トートグリフへ行くと言って、旅に出て行った」

「トートグリフ? ……たしか、王都圏の街だな。なぜそんな所へ?」

「わからない。ミレイユも詳しいことは知らないみたいだった」

「……あ、あの手紙!」


 アスティはミレイユが父から届いた手紙の話をしていた事を思い出した。


「手紙?」

「うん、たしかミレイユの親父さんが亡くなる前に送った手紙で……、必要なものは揃ったとか書いてあったって」

「……それは、病気を治すために必要なものと言う事か?」

「さ、さぁ?」

「……」


 レインが何かを考えるような仕草をしたあと、口を開いた。


「ここであれこれ話していても確証は得られないな。とりあえず、その父親の研究室に行ってみよう。病を治す手がかりがあるかもしれない」


 アスティ達も頷き返し、席を立つ。


「エシル、オレ達はホフキンスの家に行く。あの二人のことは頼んだぞ」


 店を出る際、レインはエシルにそう言った。


「何を偉そうに! そんな事、言われんでも分かっとるわい!」


 白髪の老婆は、レインの言葉に怒りながらも「気をつけお行き」と見送ってくれた。

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