第三章
第13話 燃える花
家に帰ると、ミレイユは簡単な食事を作り、アスティと共に食卓へついた。食事中もミレイユはずっと俯いたままだったが、ポツリポツリと語り始めた。
「……10年前、病に倒れた母を父は必死で治そうとしていたわ。でも既存の治療法では、あの奇病を完治させる事は出来なかった」
「……うん」
アスティはただ頷く。
「あの花はいつのまにか母の身体の一部になっていてね、花を引き抜いてもそこから血が吹き出し、また新しい花が咲いた……。何度も何度も……あの花は母の身体を養分にして何度も咲いては枯れていったの。最後にはもう身体中に花を咲かせて母は息を引き取った。……それがまるで花葬されたみたいな姿だったから、父は『花葬病』と名付けたわ」
「………」
「父は母が亡くなった後も、花葬病の研究を続けていたけれど、結局、治療法を見つける前に……」
「ミレイユ、もういいよ。こんな話はやめよう」
ミレイユは食事を終えると、少し休みたいといって自室に篭ってしまった。
一人になったアスティは外の空気を吸いながら、何か自分に出来ることがないか必死で考えたが何も思い浮かばず、力なく空を見上げた。
すでに日は落ち、ミレイユの家の周辺には他に民家もないので、周囲は暗闇に包まれていた。反対に街の方には沢山の灯りが灯っていて、夜でも活気のある街並みが見て取れる。
街の中央に一際大きな赤い光と、灰色の煙があがっているのがみえた。
「火事、かな?」
その赤い光の尋常ではない大きさにアスティは眉を潜める。
一瞬、様子を見に行こうかと思ったが、今のミレイユを一人にしておくことも出来ないと思い、とどまった。
部屋へ戻ろうと玄関へ向かう途中、街へ続く坂道から、誰かが走ってくる気配に気づき、アスティは暗闇に目を凝らした。
「……あれは」
暗闇の中を走ってきたのはパン屋の息子のサイナだった。
「君はパン屋の……。こんな夜更けにどうしたんだ?」
「……あ、旅人の兄ちゃん!」
全速力で走ってきたのであろう少年は倒れこむようにアスティにしがみ付いた。
「た、大変なんだ! 街のみんなが…!」
「!」
少年のただならぬ雰囲気にアスティはすぐにミレイユを呼びに部屋へと戻った。
「ミレイユ! 大変だ! 来てくれ!」
「……どうしたの、アスティ? え、サイナくん!?」
サイナの姿をみたミレイユは驚きの声を上げる。
「ミレイユ姉ちゃん! 大変なんだ! 街のみんなにも母ちゃんと同じ花が生えてきて…! それで…、それで……!」
サイナは息も絶え絶えに状況を説明する。ミレイユ達はサイナの話を聞き終わる前に家を飛び出し、街まで馬車を走らせた。
街の広場にまで辿り着くと目を疑うような光景が広がっていた。
「燃やせ! その花が感染源だ!」
「うちの旦那も倒れたんだ! 身体中にその花が咲いて……! ああああっ! なんて悍ましい!」
「落ち着いてください! その花は病気とは何の関係もない! 今すぐやめてください!」
広場の中央には、井桁状に高く積み上げられた薪が、轟々と音を立てて燃え上がっていた。きっと祭りで使用する筈だったであろう、その炎に向かって街の人たちは次々と花を投げ入れていた。
マイルズが懸命に制止しようするが、人々の勢いは炎とともに増してゆくばかりだった。
「マイルズ!」
サイナがマイルズの名を呼ぶと、こちらに気づいたマイルズは慌てた様子で駆けてきた。
「ここは危険だ! ミレイユは早く帰った方がいい!」
「マイルズ、これは一体……」
「うちの娘と妻も発症した! ……俺は知っているぞ、あれはあの男の呪いだ!」
街の男が大声でわめき散らした。
「花を燃やせ! あいつが俺たちに復讐しようとしてるんだ! 全部、全部燃やせ! ミレイユ・フラワーを!!」
人々は口々に悪態をつき、手当たり次第に花を燃やし始めた。
「なんて酷い……」
「……燃やして……」
「ミレイユ…?」
次々と火にくべられ無残に散ってゆく花々を前に、ミレイユは震える声で呟いた。
「お願い、全部、全部燃やして! 少しでも被害が食い止められるなら…花を、花を…!」
ミレイユは泣きながら燃やしてくれと訴えた。
自分の分身でもあるはずの、その花を――。
「や、やめろ! その花はミレイユ姉ちゃんの大切な花なんだぞ!」
見るに見かねたサイナが大声で叫んだ。
「ミレイユだ……。あの男の娘だ……」
花を投げ入れる手を止めた男がこちらに気がつき、ミレイユを指差した。人々の視線が一気にミレイユに注がれる。
「…まずい!」
アスティ達は人々の闇を宿した瞳にゾクリと身を震えさせた。
「お父さんが病気になったのは、お前のせいだ! この疫病神!」
近くにいた少女が泣きながらミレイユに石を投げつけた。
「危ない!」
サイナがミレイユの前に飛び出し、投げられた石はサイナのこめかみに当たった。
「サイナくん!」
「ご、めん、ミレイユ姉ちゃんの花…守れな、く…て……」
フラリと崩れ落ちるサイナをミレイユは抱き止める。涙に濡れたサイナの目頭にはいつのにか小さな白い花が咲いていた。
「……サイナくん? …嘘、いや、いやよ! サイナくん! …サイナくん!」
ミレイユが悲痛な叫びをあげる。アスティは倒れたサイナを抱きかかえ、マイルズと共にミレイユ連れて広場から逃げ出した。
「お願い離して!」
細い路地まで逃げ込んだ、ミレイユはマイルズの手を振りほどこうとする。
「あの花を燃やさないと! 早くしないとみんなが! みんなが死んでしまう…!」
「落ち着け、ミレイユ! 花葬病の原因はミレイユ・フラワーじゃない! そんな事、君もわかっているだろう!?」
マイルズはミレイユの肩を掴み、説得する。ミレイユは未だ動揺した様子で、マイルズを見上げた。
「……でも……でも、早くしないと……!」
「ミレイユ、それは……!」
ミレイユが涙を拭うために持ち上げた左手。それを見たマイルズが震えた声で呟いた。ミレイユが自分の左手に目を向けると、その薬指にはいつのまにか小さな白い蕾が芽吹いていた。
「あ……」
小さな蕾はゆっくりと花開き、可憐な花を咲かせて、ミレイユはその場に崩れ落ちた。
「ミレイユ! おい、しっかりするんだ! ……ミレイユ!」
マイルズは倒れたミルティを抱きかかえ、必死に呼びかける。しかし、ミルティは目を閉じたままピクリとも動かなかった。
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