第12話 花葬病
「まあ、私が配達に行ってる間にそんなことがあったのね」
配達を終えたミレイユ達は、昼食を取るため広場へと向かった。アスティは助けた少女にもらった果物と屋台で買ったパンなどを食べながら、先程の市場で起きた出来事を話した。
「この街、普段は割と治安は良い方だけど、やっぱり、お祭りが近くなると旅人や行商人も増えてくるから、いろいろとトラブルが起きたりするのよね……」
少しさみしそうな表情を浮かべながら、ミレイユはため息をつく。
「あらあら、ミレイユちゃん! こんにちは」
近くで井戸端会議をしていた主婦たちがミレイユに気づき、声をかけてきた。
「あ、皆さんお揃いで! こんにちは。今日はどんな話でもりあがってたんですか?」
「それが、聞いてよ、ミレイユちゃん! 大変なのよ!」
声をかけてきた主婦とは別の主婦が鼻息を荒くしながら話し始める。
「サイハさんが、今朝倒れたまま意識が戻らないらしいのよ!」
「えっ!?」
「あんな元気な人が倒れるなんて、ビックリよね~」
「あそこ旦那は出稼ぎに出てて留守だし、家には小さい息子と足の悪い義父さんしかいないでしょ?」
「大変よね~」
主婦たちは心配そうな顔をしながら、あれやこれやと様々な情報を持ち出してくる。
「あ、あのそれで、サイハさんは今はどうしてるんですか?」
「今はお医者様が診てくれてるみたいだけど……。心配よねぇ?」
「お祭り前だから、街もちょっと治安が悪くなっているみたいだしね。ほら、昨日も工場跡地で爆発騒ぎとかあったじゃない?」
「そうそう、あの時も大騒ぎだったわよねぇ」
主婦たちは怖いわよねぇと不安げな表情で話を続ける。
「あ、あの! 私、ちょっとサイハさんの様子を見に行ってきます!」
「……え、ちょっと、ミレイユちゃん!」
ミレイユは、まだ話足りなさそうな主婦たちに頭を下げ駆け出した。
パン屋の前にはちょっとした人集りが出来ており、そのただならぬ雰囲気にミレイユは急いで、パン屋の裏手にある勝手口に向かった。アスティも後を追いかける。
「サイナくん!」
「ミレイユ姉ちゃん!」
勝手口の前で不安そうにうずくまっていたサイナが二人に気がつき立ち上がる。ミレイユは今にも泣き出しそうな顔の少年をそっと抱きしめた。
「サイハさんは、どんな様子? お医者さまにはもう連絡したの?」
「……うん。今、爺ちゃんとお医者様が見てくれてる。母ちゃん、朝、パンの仕込み中に急に倒れて、何度呼んでも眠ってるみたいに起きなくて……。俺、俺、どうしよう……どうしたらいい!?」
「大丈夫、大丈夫だから」
ミレイユは不安で震える少年の背中を優しく撫でて落ち着かせる。
「……ミレイユ姉ちゃん、あの花はなんなの?」
「え?」
「母ちゃんの首のところに小さな花が咲いてるのが見えたんだ……。ミレイユ姉ちゃんならあの花がなんなのか分かる?」
「……そんな、まさか……」
「ミレイユ?」
少年の問いかけに言葉を失ったミレイユは、弾ける様にパン屋の二階へと駆け上がった。アスティもその後を追う。
階段を上がった先に扉の空いた部屋が見えた。
「そんな……これは……」
先に部屋へ入ったミレイユがよろよろと後ずさり、部屋の壁にぶつかった。その表情は恐怖と絶望に満ちていた。
「ミレイユ? どうしてここに……」
部屋にいた医師が、部屋に入ってきたミレイユ達を見て驚いていた。
「……
ミレイユが震える声でそう、つぶやいた。
「ミレイユ、一体何が……」
部屋のベッドにはサイハが横たわっていた。静かに眠っているかの様な姿だったが、その顔は蒼白く血の気がなかった。
そして、その顔の半分くらいを小さな無数の花が覆い隠していた。その姿はまるで、花に埋もれた屍人の様だと、アスティは思った。
ベッドサイドに飾られたミレイユ・フラワーの花弁がはらりと床に落ちた。
・
・
・
しばらくして落ち着きを取り戻したミレイユは医師に促され、部屋を出た。
サイナとその祖父は、サイハの看病のため、二階にのこり、医師はミレイユに付き添い、一階へ降りてきた。ミレイユはダイニングの椅子に腰掛ける。
「ごめんなさい、先生……。診察中に無断で入ってしまって」
「いや、いいんだよ。診察は終わっていたからね。それにこの症状は私じゃどうしようもない出来ない」
サイハを診察していた医師も力なく椅子に腰掛けると、肩を落とした。
「花葬病、ですね」
「ああ、またこんな事が起こるなんて……」
「また、って?」
ミレイユの横に立っていたアスティは疑問を投げかける。医師は部外者であるアスティに話すのを躊躇した。代わりにミレイユが答える。
「10年前、私の母が同じ病気にかかって亡くなったの……」
「え?」
「当時も治療法が分からず手の施しようがなくて、街中パニックだったそうよ」
「そんなことが……」
部屋に重い沈黙が影を落とす。口を開いたのは医師だった。
「だが、今もまだ、花葬病の治療法は見つかってない。このままではまたあの時と同じことが起こるだろう……」
「先生、何か……何か解決方法はないんですか?」
「ふむ、とりあえず街の占い師のところへ行って医術以外の治療法がないか相談しに行ってみるよ。君たちも今日はもう帰りなさい。それから、この事は他言無用で頼むよ」
そう言い残すと、医者は立ち上がり、二階にいる家主に声をかけに行った。
「……帰ろう、ミレイユ」
「……」
憔悴しきったミレイユを心配して声をかける。パン屋の入り口はまだ人だかりができていたので、二人は裏口から帰ることにした。
「ミレイユ!」
裏口を出たところで、ミレイユは声をかけられた。
「……マイルズ」
ミレイユは声をかけてきた青年に気がつき足を止める。マイルズと呼ばれた青年は、心配そうな顔でミレイユに駆け寄った。
「さっき、仕事場でサイハさんの話を聞いて様子を見にきたんだけど……。ミレイユが裏口から入って行くのが見たって人がいたから、ここで出てくるのを待ってたんだ」
「そう、だったの……」
「サイハさんの様子は?」
「それは……」
言葉に窮し、俯くミレイユ。代わりにアスティが答える。
「あまり、良くはないみたいだ」
「あれ? 君はたしか、マルタさんの知り合いの……」
マイルズはアスティの顔を見て呟いた。アスティも彼が街へ来た時に歓迎してくれた門番であることに気がつく。
「彼女とはどんな関係で?」
「え」
マイルズは眉をひそめ、アスティに詰め寄る。
「……彼は、お客様なの」
「ミレイユの?」
「昨日、マルタさんに紹介されて、街の案内を頼まれたの」
「そう、だったのか……」
マイルズは不服そうな様子だったが、ミレイユの言葉を受け入れたようだった。
「今日はもう帰るから、心配しないで」
「じゃあ、俺が家まで送るよ」
「彼がいるから大丈夫よ。……それより、サイナくん達が心配なの。マイルズ、あの子のことお願いできる?」
マイルズは何か言いたげなのをぐっと堪えて仕方なく頷いた。
「……わかった。サイナ達のことは俺にまかせて」
「ありがとう、マイルズ」
「……彼女のこと頼んだよ」
マイルズはアスティに頭を下げると、サイハのパン屋へと歩いて行った。
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