第39話 月夜に舞う花

 ミレイユの家で夕食を済ませた二人は用意された部屋で寛いでいた。

 レインは窓を明け、ミレイユの裏庭に広がる花畑を眺めていた。時折吹く風にあおられ、無数の花びらが暗い夜空に舞う光景はどこか儚げで、幻想的な光景だった。


「明日は朝イチで街を出る?」


 ベッドで横になっているアスティがレインに声をかけた。


「ああ、そうだな。馬車を借りて走れば、十分追いつけるはずだ」


 レインは窓の外を見たまま答えた。


「庭に何かあるの?」

「……いや、なにも」


 庭から目を離さないレインを不思議に思い、アスティは問いかけた。レインは静かに窓を閉めると、アスティに振り返った。


「そういえば、お前が言っていた女騎士の話を聞いて思ったんだが……、もしかしたら王都からの荷物の中に卵殻石が入っていたのかもしれない」

「卵殻石が? どうして?」

「司祭は何かを計画していたようだったが、奪った薬については特に言及していなかったのが気になってな。もしかしたら、街で花葬病が蔓延していたのも知らなかったのかもしれない。むしろ薬はカモフラージュに使われた可能性さえある」

「じゃあ、あの石を司祭に渡したのはあの女の人?」

「いや、おそらく違う。あの女騎士が所属しているであろう"存在しない星ニルステラ"は神都の特殊任務を担う騎士団だからな」

「特殊任務?」


 アスティが首をかしげる。


「神秘物や秘術などの調査や管理が主な仕事だと聞いている」

「それが特殊任務?」


 アスティが再び首を傾げた。


「一般的には出回るはずの無いものを管理している団だからな。そもそも"存在しない星ニルステラ"はその存在自体が秘匿なんだ。そして、その団が管理している物の中に卵殻石も含まれている」

「だからあの石を探していたのか」

「卵殻石もそうだが、"存在しない星ニルステラ"は超常の力を宿した遺物全般を管理していた。それは多分、ソラが持っていたデミウルゴスの書も同様だ」

「え! じゃ、じゃあ、ソラの持っている本も奪われちゃうのか?」

「……奪われるだけならいいが」


 レインはそこで言葉を区切ると、ハーブティーを一口飲んだ。


「現状、"存在しない星ニルステラ"がどんな目的で行動しているのか不明である以上、女騎士よりも先にソラ達と合流することが重要だ」

「……うん」


 アスティは頷き返し、ソラ達の無事を祈った。


 寝る支度を整えベッド入ったレインが目を閉じると、アスティが思い出したかのように話しかけた。


「そういえば、昼間、俺は話を聞かなかったけど、そっちの方はどうだった? 事件の真相は解けた?」

「……ああ、その話だが」


 レインは目を閉じたまま返事をする。


「掻い摘んで説明すると、花葬病の原因は町のミレイユ・フラワーが枯れた事による弊害だった」

「ミレイユ・フラワーが?」

「マイルズの話によると、あの花は魔物を弱体化させる効果があったそうだ。町の護りであった花が枯れた事で、地下に封印されていた魔物の動きが活発になり、再び花葬病が蔓延してしまった……。つまり、あの厄災は誰かが仕組んだものではなかったという訳だ」

「………」


 なぜか黙り込んだでしまったアスティをレインは片目を開けて伺う。


「アス?」

「昼間、ミレイユにも似たような話を聞いたんだ。少し前に町中のミレイユ・フラワーが枯れたことがあって……。それでミレイユは自分で作った新しい花をミレイユ・フラワーとして街に出荷したんだって話してた」

「……そうか」

「ミレイユはあの花が本当は好きじゃないみたいで……、いつかこの街からミレイユ・フラワーを無くしたいって、そう言ってた」

「……」

「……マイルズはこのこと知っていたのかな?」

「どうだろうな」

「きっと知ってたんだよ……。だから、教会を爆破させたんだ」

「なぜそうなる!?」


 レインが飛び起き、アスティに聞き返す。


「きっと守ろうとしたんだ」

「守る? 何を」

「ミレイユを」


 アスティは静かにそう答えた。


「ミレイユを守る?」

「きっとミレイユが花葬病の事実に気づいてしまったら、自分のした事に深く傷ついてしまうと思うんだ」

「……」

「もし、俺がマイルズと同じ立場だったら、そんな残酷な事実を彼女には教えたくない」

「……そうか」


 レインはアスティの言葉に否定も肯定もせず、ただ静かに目を閉じた。

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