第28話 震える剣

 アスティは二匹の狼を連れて教会の外へ繋がる大扉へと向かった。

 しかし、足の速い狼に回り込まれ行手を阻まれてしまう。


「く……!」


 教会の外へ出ることを諦めたアスティは、とにかく二匹の獣を人質から遠ざけようと再び教会の奥へと向かった。


 幸い、人質救出作戦は順調に進んでいるようで、司祭もレインに動きを封じられていた。


「しまっ……!」


 アスティの気が逸れた一瞬の隙をついて、獣が鋭い爪を突き立てた。


 咄嗟に防いだ剣と爪がぶつかり合い、甲高い金属音が響く。二匹目の狼が無防備になったアスティの横腹へと体当たりを喰らわせた。


 攻撃を防ぎきれなかったアスティは教会の壁へと叩きつけられた。


「がはっ…!」


 背骨に激痛が走り、呼吸が止まる。


 そのまま床に倒れ込んだアスティはすぐさま起き上がろうと顔を上げた。その時、アスティは視界の隅で動く人影をとらえた。


「え?」

「……!!」


 人影は物陰に身を潜めていたようで、アスティに気づくと慌てた様子で教会の奥の部屋へと消えていった。


「ま、て!」


 走りさる人影に声を掛けようとするアスティの前に、狼が立ち塞がる。


「くっ…!」


 アスティは床を滑るように転がり、絶え間なく繰り出される狼の攻撃を交わし続けた。今は他に構っている余裕はない。集中力を切らせばすぐに鋭い爪に身を引き裂かれるだろう。


 二匹の互いに息のあった攻撃は徐々にアスティを追い詰めてゆく。確実に削られてゆく体力にアスティの動きも俊敏さを欠いていった。


「クソッ! どうにかして片方だけでも止めないと……」


 中々反撃に出られないアスティは二匹の動きを捉えようと模索する。


 狼の攻撃は間を開けることなく繰り出されるが、二匹同時には攻撃を仕掛けてこない事に気がついた。一匹が攻撃を仕掛ける間、もう片方はアスティの背後に回り込み次の攻撃を仕掛ける体制をとる。


「……」


 正面に立った狼がこちらへ向けて一直線に走ってくる。アスティは持っていた剣を後方へと放り投げ、そのままバク転をして獣の攻撃を交わした。


 予期せぬ動きに後方にいた獣はその動きを鈍らせた。


 アスティはすかさず宙を舞う剣を掴むと、勢いよく狼の脇腹に向かって薙ぎ払った。


『アアアアアアアア!!!!!!!!』


 狼を斬りつけた瞬間、アスティの頭の中に無数の叫び声が響いた。


「なっ!?」


 斬りつけられた狼は並べられた椅子をなぎ倒しながら、教会の中央へと滑って行き、そのまま動かなくなった。


「今のは……」


 アスティが額を抑え、脳内に響く声を振り払おうと頭を振った。

 しかし、そのおぞましいほどに悲痛な声は彼の頭の中で叫び続けた。


『タスアアケアアアアアタスケアアアアアア』

『イヤアアアアアアアアアアアアア!!!』


 アスティはその声に言い知れぬ恐怖を感じ、床に膝をついた。剣を手にした右手が震えている。だがそれは恐怖によるものではなく、剣から伝わる振動によるものだった。


「剣が……」


 震える剣に意識を集中させると、脳内に響く声がより鮮明さを帯びてゆく。


「これは……」


 アスティは剣を強く握りしめ、立ち上がる。

 突如、教会の中央にいた子供が苦しそうな悲鳴をあげた。


「ウウウゥ……」


 取り残された狼は怯えた様子で子供を見つめていた。


「ウワアアアアアアアアアアアアアアッ!!」


 少年の断末魔の様な叫び声と、アスティの頭の中に響くいくつもの悲鳴が折り重なる。


「――ああ、これは」


 アスティは声の正体を悟り、力なく呟いた。


「死者の声だ」


 それは暗く深い冥府からの叫びだった。

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