第29話 死者の呼び声

「――目覚めよ、”獣の王ビーストノア”!!」


 司祭の言葉に呼応するかのようにソレは脈動し、アークの体内へと沈んでいった。


「…ァアアアアアアアーッ!!」


 痛みと恐怖に苦しむアークを、黒い霧が包み込んでゆく。


「やめて!!」


 リソラは司祭からアークから引き剥がそうと掴みかかり、二人を引き離した。驚いた司祭はリソラの腕を掴み返した。


「なんだ、お前は!?」

「ソラ!」

「私は平気! それよりアーくんを……!」


 リサラはうなずき返し、倒れたアークの元へ駆け寄る。


「アーくん…、きゃあ!」

「リサ!?」


 床にうずくまるアークを助け起こそうと、リサラは手を伸ばしたが、アークの周りに立ち込めた黒い霧に弾かれ、吹き飛ばされてしまった。


「ウアアアアア……! アアア……!」


 アークは身体を丸め、何かを抑え込むかのように必死で歯を食いしばった。


 アークの身体は徐々に黒い霧に包まれてゆき、その灰色の髪もゆっくりと黒く変色していくのが見えた。


「……く! やはりまだ早すぎたか……!」


 アークの苦しむ姿を見た司祭が焦りの表情を見せる。いく人ものシスターが狼の姿に変わって行ったのを見てきた司祭は、アークの苦しむ姿に儀式が失敗した事を悟った。


「アーくん……!!」


 床に倒れたリサラが叫んだ。

 司祭は自分が捉えた少女と、床に倒れこんだ少女の顔を交互に見て目を見開いた。


「まさか……お前たちは、双子なのか?」

「え?」


 司祭の腕に力がこもり、リソラは痛みで顔を歪めた。


「は、離して……!」


 もがくリソラの肩を強引に引き寄せ、その顔を至近距離で覗き込む司祭に、リソラは恐怖を感じた。


「真の捧げ物……」

「や…やだ……離し……」


 突如、パキン!っと音を立てて、リソラを掴んでいた司祭の腕が凍りついた。


「いい加減にしろ。これ以上何かするなら、命の保証はないと思え」


 レインが魔法で司祭の行動を静止し、更に追撃の構えを見せ、警告する。しかし、司祭は小さく笑うと、凍っているはずの腕を思い切り払った。氷はいとも簡単に砕け散り、やがて全て消えてしまった。


「……ふふふ、どうやらマナ切れのようですね」

「……ちっ」


 レインが眉を潜め、舌打ちをした。


「流石の白銀魔導士様と言えども教会の中ではマナの消費がお早いご様子。もはや今の貴方では私を止められますまい。ふふふ、申し訳ないが、次はこの娘を生贄にさせてもらいます。真の捧げ物ならば、卵殻の覚醒には十分過ぎるほど……。次は必ず成功するでしょう……!」


 司祭がニヤニヤと笑いながら、リソラの首を両手で締めつけ、力を込める。


「あぅぅ……っ!!」


 リソラが苦しげな息を漏らし、足をばたつかせる。


「やめろ!」


 レインが叫んだその時、司祭の上に黒い影が落ちた。


 異変に気づいた司祭が見上げた先には、剣を大きく振りかざし、斬りかかろうするアスティの姿が飛び込んできた。司祭は素早く指にはめた指輪に唇を当て、思い切り息を吹きかけた。


「ぎゃいん!!」


 アスティの振り下ろした剣が、飛び出して来た狼の身体を切り裂く。


「犬笛……!」


 レインが司祭の指輪をみて呟く。司祭は犬笛に加工して作られた指輪を使って狼を操っていた。


 アスティに斬り付けられ真っ二つになった狼は、そのまま泡になって地面に吸い込まれるように消えて行った。


「……うっ!?」


 ガクリと膝をつくアスティ。頭の中で響く悲鳴が更に大きくなり、耐えきれなくなっていた。


「おのれ、邪魔ばかりしおって……。アーク! こいつらを始末しろ!」

「…グルルルル」


 司祭は再び指輪を使い、黒い霧に包まれたアークに命令をした。


「ア、アーくん……」


 笛の音に反応するかの様に、黒い霧が徐々に薄まり、中から黒い獣が姿を現した。それを見たリサラは青ざめた様子で唇を震わせる。


「そんな……」

「グルルルル…」

「アス!」


 レインが危険を知らせようと呼び掛けたが、アスティの頭の中で響く悲鳴が周囲の音を全てかき消してしまう。


「…ガウッ!!」


 狼に姿を変えたアークは黄金色に光る瞳でアスティを捕らえると、低い唸り声とともに襲いかかった。アスティは咄嗟に剣で守りの体勢をとったが間に合わず、攻撃を防ぎきれなかった。


「しまっ…、ぐあっ!!」


 アークの鋭い爪がアスティの腹部を深くえぐった。


「…ガウルルル!」


 アスティは腹部の痛みに耐え、立ち上がると、剣を握り直し忌々しげに叫んだ。


「ああもう! うるさいうるさいうるさい!! そんなに出たいなら出してやるよ……!!」


 アスティが握った剣を高く掲げ、一気に地面に突き立てた。


「だあああああああ!!」


 剣が地面に突き立てられた瞬間、ガチャリと鍵の開く音がし、見計ったかのようなタイミングで、教会の鐘が室内に響き渡った。


「な、何を……? な、なんだ!? この揺れは?」


 鐘の音と共に地面が大きく揺れ、教会の床に深い亀裂が走った。


 リサラが足元に出来たひび割れに視線を落とすと、その深い溝の中に現れた瞳と目が合い、悲鳴をあげた。


「ヒィッ……!」


 暗く深い闇の底から響いた悲鳴のような呻き声と共に地面から這い出してきたのは、大きな獣の耳を生やした、人間のようなものだった。


「な、なんだ!? 一体なにが!?」


 無数に這い出てきたそれは、シスター服を身にまとい、辛うじて人の姿をしてはいたが、生きているとは言えない状態だった。


「ゾ、ゾンビ……」


 リサラが震えた声で呟いた。


「な、なんだお前たちは……ど、どこから……」


 司祭が自分に向かって歩いてくる死者達を前に後ずさった。しかし、震えた足がもつれ、床に尻餅をつく。


「や、やめろ! 来るな、ひっ! やめ……やめろおおおおおおおおおおおおおお!!」


 死者の群れは雪崩れのように司祭へ覆いかぶさると、そのまま司祭の絶叫とともに地面のひび割れた隙間へと沈んでいく。


 そこにいた誰もが恐怖に息を飲み、声を出せずにいた。


 司祭が床の割れ目に飲み込まれ、さっきほどとは打って変わって、教会内は静寂に包まれる。天窓から降り注いだ光が一人残ったのシスターの足元を照らしていた。


 言葉を発さない彼女はゆっくりとアークの元へ近づくと、ゆっくりとその頭を撫でた。その手にはアークと同じ焼印が押されていた。


「……あ」


 いつの間にか人の姿に戻ったアークは、目の前のシスターに声をかけた。


「…メイアシスター?」


 シスターの手がアークの頭から落ちる。アークは咄嗟に手を伸ばしたが、その手に触れる前にシスターは床に溶けて消えてしまった。


「あ、ああっ……あああああああああ! うああああああああああ!」


 アークが床に額を擦り付け泣き叫んだ。

 広い教会にアークの声だけが響き渡った。


「……ああ、やっと静かになっ、た」


 アスティはすっきりとした顔で呟くと、そのまま気を失い床に倒れこんだ。


「アス!」

「アスティ!」


 レインとリソラが倒れたアスティに気がつき、駆け寄ろうとしたその瞬間、教会の二階部分が突然、爆発した。


「きゃああ!」


 教会は大きく揺れ、その衝撃でステンドグラスや窓ガラスが粉々に飛び散った。


「な、なに!?」

「爆発!?」


 リソラが振り返り教会の二階部分に目をやると、そこから火の手が上がっているのがみえた。断続的に小さな爆発が起こっているのか、無数のガラス辺が爆発音とともにレイン達のいる一階へと降り注いだ。


 レインがアスティの肩を掴んで強引に引き起こし、リソラに声をかける。


「とにかくここから出るぞ! 手を貸せ!」

「はい!」


 リソラが気を失ったアスティの腕を肩にかけ立ち上がると、戸惑うリサラに声をかけた。


「リサ! アーくんを連れて、早く教会から出て!!」

「う、うん!」


 リサラはうなずき、アークを連れて慌てて教会の出口へと向かった。

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