第25話 王都の紋章

「……教会へはどのくらいかかりそうですか?」


 馬車の外を不安げに眺めながら、リソラが口を開いた。向かい側の席に座っていたレインが顔を上げ、答える。


「店の地図で確認したが、教会まではそれほど遠くはない。二人を拐った奴らがまだ教会に居るとすれば、十分追いつけるだろう」


「そうですか……」


 リソラはそう静かに呟くと再び窓の外へと視線をむけた。


「そういえば、ミレイユ達に何も言わずに出てきてしまったけど、街は大丈夫かな」

「今更、心配したころでどうしようもない」

「それはそうなんだけど……」


 アスティもまた、少し心配そうな表情で窓の外に目線をやった。


「せっかくゆっくり出来る時間が出来たんだ。目的地に着くまでの間に情報共有でもしておくか」


 レインは組んでいた足を組み替えると、腰のポーチから青い小瓶を取り出した。


「これを見ろ」

「それは、あの倉庫に落ちてたやつですか?」

「この瓶がどうかしたのか?」


 アスティが仮面越しに目を細めながら小瓶の中身を確認するが、やはり中身は入っていなかった。


「ここだ、このラベルに印刷されている印を見ろ」

「……?」


 レインが小瓶に貼られたラベルの一部を指差した。そこには三つの剣が重なりあった絵が印刷されていた。


「これは王都の紋章……王都政府の管理するものにつけられる印だ」

「王都?」


 アスティは首を傾げ、リソラも同じような反応をみせた。


「まさか、王都すら知らないのか?」


 レインの冷たい視線に二人は思わずたじろいだ。


「お、俺はずっと山の中で生活していたから、世間の常識には疎くて……」

「わ、私も、その、この国に来たのは初めてで……。むしろここがどこなのかも分からないっていうか……」

「……そうか。つまり何も分からないわけだな」


 アスティとリソラは互いに顔を見合わせた。


「これはなかなか骨が折れそうだな」

「えーと……」

「ならば、神都ミコシミオールの事は分かるか?」

「あ、うん。神都の名前なら知ってるよ。この国の心臓部と言われる国だよね」

「私も名前だけなら聞きました。私達はそこに行く予定だったので…」

「そうなんだ! 奇遇だね。俺も神都へ行く途中だったんだ」

「え、そうなんですか!?」

「いや、待て。2人とも」


 レインが2人の会話を遮る。


「言っておくが、神都ミコシミオールはもうないぞ?」

「え!?」


 突然アスティが驚きの声を上げた。


「数年前に崩壊して以来、神都へ至る道は完全に封鎖されてしまったからな。人間の出入りは不可能だ」

「そ、そんな……。俺、神都へ行くためにここまで来たんだけど……」

「崩壊って……、一体何があったんですか?」


 レインは困惑する二人の様子に深々とため息をついた。


「この国に住んでいて神都の現状を知らない奴がいるとはな……。まあ、神都がなくなった原因は不明とされているが、神都が元々管理してた国の指導権は一時的に”青の都・グランディティア”へと移されているから、目的があるならそこに行ってみるのもありだろう」

「青の都? それはどこに?」


 リソラが質問する。


「青の都は神都の東側だな。この国は元々、神都を中部にして作られた複合国家で、それぞれ東西南北に分けられた都市が、国の役割を分担して運営しているんだ」

「へー、なるほど。それなら場所も分かりやすくていいですね」

「だが、青の都も今は情勢がかなり不安定だ。行くとするならば、それなりの準備をして行く必要があるからな」

「不安定って? 治安がよくないんですか?」

「治安もだが、そもそも余所者が簡単に入れてもらえる所じゃない」

「?」


 リソラが首をかしげた。


「神都が崩壊し、危機的状況に陥った周辺都市は話し合いの末、国の指導権を一時的にグランディティアへ移したんだ。あそこは元々、神都の巫女の嫁ぎ先だったこともあって、そのまま神都の機能を引き継ぐ事になったんだが、危機を脱した後、グランディティアは突如、”王都”を名乗ると宣言したんだ」

「王都?」

「神都が堕ちた今、四大都市を統括する機関が必要だというのが彼らの主張だ。だが、それも上手くは行っていないみたいだがな……」

「どうしてですか?」

「グランディティアが王都を名乗って最初に行った政策が、魔法や精霊と言った神秘性の排除だったからだ」

「神秘性の排除?」

「それはつまり、この国で信仰されている女神教……、神都ミコシミオールの存在そのものを否定するという政策だ」

「女神教……」


 聞き慣れない言葉の数々をリソラは復唱する。


「当然、他都市や民衆は強く反発したが、王都が強引に政策を押し進めた結果、周辺都市との間に軋轢を生み、現状は孤立した都市になっている」

「あの、神秘性の排除っていうのは、具体的にはどんな事を?」


 リソラが手を上げ、質問する。


「初めに施行されたのは魔導士の保護制度だったかな。元々、魔術の素養のある者や神秘性の使い手スピリチュアリーの育成などは神都が担っていたんだが、神都が堕ち、魔導士を育成するノウハウがなくなった今、その数を正確に把握し、管理する必要があるとして、魔導士達の保護を始めた」

「保護、ですか?」

「ああ、保護と言ってはいるが、政策の中身は、魔導士の登録のみで、それ以上のことはしていないみたいだな。失われつつある魔術の技法や教育、歴史といった神秘性のある物は全て神都とともに封印されてしまっている」

「それが神秘性の排除」

「そういうことだ。魔導士の保護制度により、現状の魔導士は行動制限を強いられ、新しい魔導士の育成もなくなった。そうして、少しずつ人々の生活から、神秘性が失われている。それが今のこの国の現状だ」


 レインはそこまでいうと少し寂しげに目を伏せた。


「ああ、それから、王都の魔導士の保護制度に強く反発しているのが、神都が信仰していた女神教会だ。この国で教会と呼ばれるものは主にこの女神信仰の教会だ。神都がなくなって以来、その信者の数も年々減ってしまって、王都への不満からレジスタンスに身をやつす者まで出ていると言う話だ」


 そこまで話すと、レインは再び足を組み換えた。


「……ここまでが、この国の状況だ。そして、俺たちがさっきまでいた”花の都・リアフォルン”は”黄の都・カナリント”が統治する小都市だ。カナリントは今は中立の立場を保ってはいるが、いつその均衡が崩れるか分からない」

「……戦争になるって事ですか?」


 リソラが硬い表情でレインをみた。


「どうだろうな……。元々、国を納めていたのは国の中心にあった神都だ。武力も全てそこに所属していた騎士団が担っていたから、周りの四都市は武力で持って土地を攻めるといった力はほとんど備わっていないんだ」

「あ、だから王都は魔法使いを許可制にして、他の都市が独自に力を持たない様にしたって事ですか?」

「なかなか鋭いじゃないか」


 レインは口の端をあげてニヤリとした。


「まあ、そうやって王都は平和的話し合いをもって国を統一しようと言っているが、一方で武力にもなりうる魔導士達を一手に取りまとめている政策に周辺都市は納得していない」

「確かに。言っていることとやっている事に矛盾を感じますね」

「ああ。……それで、最初の話に戻るが、この薬瓶には王都の紋章が貼られている」

「つまり、その薬瓶は誰かが王都から持ち込んだって事ですか?」

「そうだ。そして、この瓶の中身は血清薬だ」

「血清薬って、薬のですか?」

「それって、つまり……」


 しばらく二人のやりとりを無言で見ていたアスティが、口を開いた。


「気づいたか? つまり、リアフォルンで起きた花葬病の治療薬はすでにあの街にはあったという事だ」

「花葬病?」


 アスティとレインの顔を交互に見ながら、リソラは聞き返した。


「そういえば、ソラもあの街にいたんだろ? 病気にはかからなかった?」

「体中から花が咲き乱れる奇病だ」

「えっ!?」

「まぁ、見たところ平気そうだし心配することはないと思うが」

「あの街で、そんな病気が流行ってたんですか? ……そっか、だから街に人が少なかったんだ」


 リソラはなんとなく感じていた街の違和感の訳を知り、1人納得する様にうなずいた。


「でも、血清があったなら、どうして病が蔓延する前に街に配らなかったんだ?」


 アスティが純粋な疑問をレインに投げかける。


「配るほど数がなかったという事だろう」

「確かに、ほかに薬がありそうな感じはなかったけど……。他の場所に保管してあるとか、血清を高く売りつけるつもりだった、とか?」

「チンピラ供ならあり得る話だが、街で血清が出回ったという話も聞かなかった」


 アスティは腕を組んで、首を傾げた。


「倉庫には落ちていたのはこの瓶ひとつ。これはきっとチンピラ連中が自ら使用したんだろう。だから奴らは病にはかからずに済んだ。逆に考えれば、奴らはあの街で花葬病が流行るのを事前に知っていたんだ」

「それじゃあ、あの街で起きた事は全て仕組まれていたってこと……」


 突然、馬車が動きを止めた。御者台に乗った青年が、振り返り小窓をあけ、中にいた三人に声をかける。


「そろそろ教会につきます。このまま教会へ向かいますか?」

「いや、ここまででいい」


 レインが返事を返すと、御者の青年は小さくうなずき、小窓をしめた。


「二人とも、準備はいいか?ここからは歩いて行く」


 レインの言葉に2人は黙って頷き返した。

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