第3話 ミレイユ・フラワー
「なんかごめんね。街を案内するって言いながら、私の買い物に付き合わせちゃって……」
案内の途中で立ち寄った市場で、ミレイユは両手に抱えきれないくらいの肥料や花の苗を購入していた。
「大丈夫、これくらいなんともないよ」
ミレイユが抱えきれなかった荷物を受け取り肩に担いで歩きだす。
「それにしても、この街は本当に沢山の花が咲いてるんだね」
街の至る所に花壇や鉢植えが置かれ、街は花で溢れかえっていた。どれも手入れが行き届いていて、大切にされているのがよく分かる。中でも淡い色をした小さな花が多く飾られているのに気付き、アスティは足を止めてその花を観察した。
「この花は何て名前? さっきからよく見かけるんだけど……」
「あ、それは……」
「小さくて可愛い花だね」
「……」
「ん、どうかした?」
急に黙ってしまったミレイユに、アスティは振り返った。
「ミレイユ・フラワー」
「え?」
「その花の名前……」
「ミレイユって、君と同じ名前?」
「ふふ、そうなの! おかしいでしょ! この花、私の父が品種改良して作ったものなの」
ミレイユは目を細ながら、その小さな花を指で撫でる。
「この花はこの街の気候ととても相性が良くて、育てるのも簡単だから、街の人にも気に入ってもらえたみたいで……。ありがたいことに、今では街中の人が育ててくれてるのよ」
ミレイユ・フラワーと名付けられたその花は、とても可憐で、まるで彼女の分身の様だった。
「……でも」
「?」
「父と母がどうしてこの花を作ったのか、私には最後まで理解出来なかったんだけどね」
可憐なその花の様な女性はどこか悲しそうな笑みを浮かべながらそう呟いた。
「……じゃあ、次はアスティの番ね」
「え?」
ミレイユは「次は私が質問する番!」と言って笑った。
「アスティはどうして旅をしているの?」
「旅?」
「旅人にしては、やけに軽装だし、そんな遠くから来たようには見えないなって思って。……あ、言いたくないなら言わなくてもいいんだけど」
「うーん、旅に出たつもりは無かったんだけど、人を探していたら、いつのまにか遠くまで来てしまったって感じかな?」
「それじゃあ、人探しをしているの?」
「うん。探してるのはこの剣の持ち主なんだけど、手がかりがあまりなくて……。とりあえず、神都のパレードを見に行ったって話を聞いたから、俺もそこへ行こうかと考えてて…―」
「神都のパレードへ? それはいつ頃の話?」
「えーと、確か二、三年くらい前かな?」
「二、三年前……」
手を口に当て、何か深刻そうな顔で考え込むミレイユ。
「……私、神都で占い師をやっていた人を知っているの。よかったら、その人に話を聞いてみる?」
「え、本当に? それは是非話してみたいな」
「それじゃあ、明日その人の所へ案内するわね」
「ありがとう、助かるよ」
ミレイユの思わぬ提案に、アスティは胸を躍らせた。ほとんど手がかりが無かった探し人の行方が分かるかもしれない。そう思うと居ても立ってもいられなかった。
「それじゃあ、そろそろマルタさんのお店に行きましょうか……」
「あらー! ミレイユちゃん、ステキなお連れさんねぇ」
突然、道を歩いていた親子がミレイユに声をかけてきた。母親と一緒にいた少年がアスティを睨みつける。
「もしかして新しい恋人かい?」
「……なっ!? それホントか、ミレイユ姉ちゃん!」
母親の冗談に驚いた少年は、驚愕した表情でミレイユを見上げる。
「あら、いい男だねぇ! こりゃ、街の男たちに勝ち目はないかしらねぇ」
「ええっ!? いきなり何を言うんですか、サイハさん!」
「……ミレイユ姉ちゃんは渡さないからな!」
少年が母親の後ろに隠れながら、アスティを悪態をついた。
「も、もう、サイナ君まで何言ってるの!」
「あっはっは! 冗談だよ、ごめんねぇ! 若い男女を見るとからかいたくなる性分なもんで」
「さ、サイハさんったら……!」
「お詫びと言っちゃなんだけど、これウチで焼いたパン。よかったら持って行きなよ」
「え、いいんですか?」
「ああ、古い粉で作ったパンだからね。さっきマルタさんが小麦を沢山仕入れて来てくれたから、古いのは早めに使い切っちゃいたくてね。今丁度、ご近所に配り歩いてる所だったんだ。よかったらもらっとくれ」
「ありがとうございます。私、サイハさんの所のパン大好きなんで嬉しいです」
「あれま! なんていい子なんだ! ねぇ、お兄さんそう思うだろ?」
「え? あ、はい」
「もう、サイハさん!」
顔を赤くして怒るミレイユに、サイハは可笑しそうに笑った。
「そんなに照れなくてもいいのにねぇ。あ、そうだ! ミレイユちゃん、花の配達をまた頼めるかい? 店に飾る用のやつをお願いしたいんだけど」
「あ、いつものやつですね。わかりました、明日お届けします」
「ありがとう、助かるよ。じゃあ、私達はそろそろ行くね。お兄さん、邪魔してごめんねぇ。よかったら今度ウチのパン屋にも寄っててよ、サービスするからさ」
「あ、ありがとうございます!」
「それじゃあね、ミレイユちゃん」
「ミレイユ姉ちゃん、バイバーイ!」
少年が去り際に、あ!っと声を上げ振り返った。
「今度の花祭り、一緒に行く約束ちゃんと守ってね! マイルズも来るって言ってたからさ!」
「うん、大丈夫、ちゃんと覚えてるよ」
少年は嬉しそうにミレイユに手を振って、母親と共に帰って行った。
「ごめんね、驚いたでしょ? この街の人達ってとても気さくだから、旅の人にも平気で話しかけたりして……。よく驚かれるのよ」
「確かに驚いたけど……でも、すごく暖かくていい街だと思う」
「そうでしょ! 私、この街もこの街の人たちもみんな大好きなの」
そう言って、少し照れ臭そうに彼女は笑った。
「俺がいた村はほとんど人も住んでなくて……。人と触れ合う事も滅多に無かったから、驚くことばかりだ」
「そうなの?」
「そう、すごい田舎なんだ。俺の故郷」
アスティは自称気味な笑みを浮かべながら、肩を竦めた。
カーン、カーンと日の落ちかけた街に、夕刻を知らせる鐘が鳴り響く。
「……いけない! 早くマルタさんの所へ行って夕飯の買い物をしないと!」
「そういえば、宿も探さないといけなかった」
観光に夢中で宿のことなど頭になかったアスティは今更ながら、どうしようかと思案する。
「だったら私の家に泊まるといいわ」
「え?」
「ほら、早く。私の家は丘の上だからここからだと少し遠いのよ。早く買い物して帰らないと日が暮れちゃうわ!」
そう言いながら、足早に歩き出すミレイユの後を、アスティは急かされるままついていくのだった。
マルタの店に顔を出し、一通りの歓迎を受けた後、二人は街外れの丘の上にあるミレイユの家へと帰ってきた。こじんまりとした家には立派な温室が併設されており、ここにも色とりどりの花や草木が所狭しと並んでいた。
「荷物、運んでくれてありがとう。色々歩き回って疲れたでしょう?」
「これくらい大したことないよ。俺の方こそ、街を案内してもらった上に宿まで提供してもらって……。なんてお礼を言っていいか」
アスティは抱えた荷物を机の上に置いて、ミレイユに再度礼を言う。
「気にしないで、私は一人暮らしだから部屋はたくさん余ってるのよ。気なんて使わず、ゆっくりくつろいでね」
「ありがとう。何かお礼が出来ればいいんだけど、実は俺、金もそんなに持って無くて……」
「ふふふ、そんなの気にしなくていいってば。……あ、そうだ! 明日、花を届に行くのを手伝ってくれない?」
「俺が出来るのは力仕事くらいしか無いけど、それでよければ喜んで手伝わせてもらうよ」
「よかった! とても助かるわ! それじゃあ、私は夕飯の支度をするから、アスティは準備が出来るまで部屋でのんびりしててね」
ミレイユに案内された部屋はとても綺麗に片付けられていて、まるで民宿のようだった。窓際に置かれた植木もしっかり手入れが行き届いている。
アスティは部屋の壁一面設けられた本棚に目をやった。その一冊を手に取りパラパラと開いてみる。
「難しすぎて読めないな……」
あまり文字に自信のないアスティは本を読むのを諦め元の位置へと本を戻した。
他に何もやることがないので、部屋の中を色々と見て回っていると、机の横に備え付けられた棚が目に入った。黒塗りのその棚は、何故かきれいに掃除された部屋の中で不自然に埃をかぶっていた。
「掃除し忘れたのかな?」
何となく中に何か入っているのか気になり、扉に手をかける。
棚に鍵はかかっておらず、扉は難なく開いた。中は薬品棚になっていて、様々な種類の薬が並べられていた。その中の一つに透明の液体の入った瓶があった。その瓶の中には花や草木が入っていて、まるで水中花のように美しかった。
「これは…」
もっとよく見ようと瓶に手をのばす。
瓶に詰められた花のなかに、別のものが入っている気がした。
それは、とても白く、しなやかで……まるで、人の指のような…――
「アスティ、ご飯できたよ」
部屋の外でミレイユの呼ぶ声がした。
「あ、うん、ありがとう。すぐ行くよ」
アスティは瓶の中身を確かめるのを諦めそっと扉を閉めた。
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