第二章

第4話 双子は目を覚ます

 薄っすらと開いた瞳に映ったのは、見たこともないような綺麗な青空だった。

 陽の光が眩しくて、左手で光を遮る。指の隙間から、白い雲がゆっくりと流れて行くのを、彼女はぼんやりと眺めていた。


「リソラ……」


 隣でささやく声がして、リソラはゆっくりと首だけを右に傾けた。

 そこにいたのは彼女と同じ顔をした少女だった。少女はうつ伏せの状態で、顔だけをリソラの方に向けて眠たげに「おはよー」と言葉を発した。


「……リサラ?」


 リサラと呼ばれた少女は、眠たげな目で互いに繋いだ右手を見て小さく笑った。


「やっぱり、ソラの手だった」

「え?」


 繋いでいた手を離して、リサラが起き上がる。そしてキョロキョロと周りを見渡し、呟いた。


「ここ、どこ?」


 リソラも地面から身体を起こした。その瞬間、強い風が二人の間を吹き抜けた。


 風が止み、ゆっくりと開けた目に飛び込んで来たのは広い広い草原だった。

 他には青く澄んだ空と周囲を囲む山々の連なりがみえる。まるで外国の風景写真の様な美しい景色に思わず息を呑むほどだった。

 二人は無言で手を取り合い、身を寄せ合った。


「私たち、こんな所で何してたんだっけ」

「……昼寝かな?」

「なわけないでしょ!」


 リサラは勢いよく立ち上がると、だだっ広い草原の遠くを確認しようと、つま先立ちになって身体を伸ばしたり、ジャンプしたりしていた。風に揺れた短めのスカートなど全く気にしていない様子だ。


「……ここ、遺跡かな?」


 リソラは自分達が寝転がっていた場所を見てつぶやいた。

 草原の中にポツンと建てられた建造物。だが、そのほとんどが砕け、風化し、野ざらしとなっていた。石を敷き詰めた床には朽ちた柱が四方に一本づつ立っているが、それを支える天井などはなく、まるで頭上に広がる空を支えている様だった。柱には細かい彫刻や細工が施されていたが、長年放置されていたのか、至る所がひび割れ、彫刻も無残に欠けてしまっている。


「観光に来て、そのまま寝ちゃったのかな」


 リソラは何も思い出せなかった。ここに来る前の出来事も、理由も。

 必死で記憶を手繰り寄せようとするが、なぜか意識がそこまで辿り着かず、思考が停止してしまう。


「あ!」


 遺跡の中央にある階段を登ったリサラが遠くの方を指差しながら叫んだ。


「あっちに街があるっぽい! 行ってみようよ!」


 そう言って、五、六段はありそうな階段をひょいっと飛び降りる。

 リサラはとても身軽な少女だった。反対にリソラは運動があまり得意ではない。

 双子なのに、似ている様で似ていない。そんな二人だった。


「ほら、いこ。荷物持った?」

「……え」


 リサラに荷物と言われて、足元に落ちていたカバンを拾い上げた。カバンには『SORA』と書かれたネームタグがマスコット人形と一緒にゆらゆらと揺れている。


「……」


 リソラはネームタグを見ながらぼんやりと考える。自分の名前も自分の荷物もきちんと覚えている。それなのに、なぜかここに来た理由だけが思い出せない。


「ソラ、何してんの! 置いてくよ~!」

「あ、うん。いま行く!」


 モヤモヤとした気持ちを残したまま、とりあえずリサラの後を追って、彼女はこの未知の世界へと足を踏み出した。



「もー! 何ここ、全然電波入らないんだけど!」


 スマートフォンを高く掲げ、ブンブンとふりまわしながらリサラは怒りを露わにした。持っていたスマートフォンの電波が入らず、使い物にならないらしい。

 リソラも自分のスマホを確認するが、表示は圏外だった。


「ねぇ、リサ」

「なぁに、ソラ?」


 先頭を歩くリサラに声をかける。二人はお互いをソラとリサの愛称で呼び合っていた。


「私、思ったんだけどね」

「あ、それ、多分私もおんなじ事思ってる!」


 リサラは振り返り、人差し指を立ててニヤリを笑みを浮かべる。リソラは、言わなくても考えてることは同じだった事が嬉しくて目を輝かせた。


「ここって、すっごい田舎だよね!?」

「……へっ!?」


 予想外に回答にリソラは素っ頓狂な声を上げた。


「だって、スマホの電波は全然入らないし、もうずっと歩き続けてんのに、コンビニすらないだもん」

「あ、うん。そだね。……人の姿も見えないね」


 双子といえど、違う考えの時もある。そう思い直し、リソラは再び歩みを進めた。


 リサラは疲れたシンドイ帰りたいと嘆きながらもずんずんと草木を分けて先へ進んでいく。リソラただ置いてかれないように後をついて行くので精一杯だった。


「や、やっと着いた…」


 二人は永遠に続きそうなだだっ広い草原を何時間も歩き続け、ようやく草原の中にそびえ立つ白い壁へとたどり着いた。沢山の白いレンガを積んで作った石垣を見上げ、二人は息を飲んだ。10メートル以上はありそうな高さだった。


「これ、どっから入るんだろ?」

「あ、あそこから入れそうだよ!」


 白い外壁の周りを少し歩いた先に、中へと入るための階段を発見した二人は一気ににその階段を駆け上がる。階段を登りきった先には鉄の柵があり、鍵はかかっていない様子だったので、すんなりと中へ入る事が出来た。


「……ここって、外国なのかな?」


 リサラは壁を手で触りながらつぶやいた。二人は人の声のする方へと歩みを進めて行った。そして、細い路地を抜けた先に見えた町の様子に二人は驚くことしか出来なかった。それは活気溢れる市場の様子だった。

 露天に並べられた品はどれも日本では見かけないようなものばかりで、行き交う人々の風貌も到底、日本人には見えなかった。


「どうしよう、リサ……私、英語わかんない!」

「ソラがわかんないなら、私はもっとわかんないよ!」


 混乱した二人は路地の奥へと引っ込み、互いの手を握りあいながら相談をすることにした。迷った時や困った時はいつも二人で考えて答えを出す。それが双子である彼女たちの処世術だった。


「とりあえず、家に帰る方法だよね」

「ここが海外だとしたら……、大使館とかに行けばいいのかな?」

「そっか、じゃあ……、交番? お巡りさんなら道教えてくれるよね?」

「言葉わかんないけど、とりあえず交番を探そ」


 意見をまとめた二人は目的の交番を探すため、再び市場へ足を向けた。

 ふと、リソラが立ち止まり、市場へと意識を向ける。


「どうしたの、ソラ?」

「言葉が……」

「え?」

「言葉が分かる気がする……」


 リソラの言葉にリサラが慌てて市場の方へ耳を傾けた。


「……ほんとだ、わかる! てかこれ日本語じゃ~ん!」

「なぁんだ~、外国じゃなかったんだ~! よかった~」

「え、じゃあなに? みんなハロウィンの仮装でもしてんのかな?」


 街を行き交う人々の言葉は確かに聞き慣れた言葉ではあったが、服装などは歴史の教科書で見るような古めかしいデザインをしていた。


「映画の撮影とかかな?」

「ええっ!? だとしたら、勝手に入ってったら怒られる?」

「とりあえず、見つからないように行こう」

「うん」


 二人はコソコソと人目を避けるように歩いた。


(あのお金、日本のじゃないよね……。それに、売ってるものも見たことないものばかりだし……)


 リソラは街を歩きながら人々の行動を観察していた。露天で受け渡している金や銀のコイン。色とりどりの綺麗な小石たち。それに店先に並べられた品物や人々の服装。

 どこかで見覚えがあるような気もしたが、現実とはかけ離れすぎている気もする。

 まるで本やゲームで見た世界の様な――…。


「リサ、やっぱり私たち、とんでもないところにいるのかも」

「え、とんでもないって……。一体、どこに居るっていうのよ?」

「多分だけど、ここ……」


 リソラが真剣な表情でリサラの顔を覗き込みゴクリと喉を鳴らす。リサラも同時に唾を飲み込む。


「いせか…」

「あ! もしかしてテーマパーク!?」


 リソラが言い終わるより先に、リサラが声を上げた。

 

「……え!?」

「だって、よく見て! この世界観を壊さない完璧な芝居とあの服装!」

「え、ええ…?」

「ほら、この街の作りとかも去年一緒に行ったU●Jのアトラクションに似てない?」

「い、言われてみれば確かに……」

「そうだよ~、なぁんだ、そういう事かぁ!」


 一人で納得しているリサラを見て、リソラも自分の考えを改めた。


(そうだよ、冷静に考えればリサの言い分の方が私のより遥かに現実的だ)


「あ! だとしたらヤバくない!?」

「え、なにが?」

「私達、裏口から入った事になるじゃん!」

「あ!!」


 確かにそうだった。ここがテーマパークであったとすれば、二人は園の裏側から進入してきたことになる。園のスタッフにバレたら、出入り禁止になるかもしれない。

 事の重大さに青ざめながら、必死に解決策を探し始める。


「あやまろう! 知らなかったって正直に言えば許してもらえるよ! ちょっとは怒られるかもだけど!」

「そ、そうだね! お金も後でちゃんと払えば大丈夫だよね!」


 二人は自分たちの慌てふためく様子を、周囲の人々が怪訝そうに見ている事に気がつく。


「ヤバ…。私たち制服だから余計に目立ってる感じ?」

「あわわわわ、ど、どうしよう…!!」

「とりあえず、逃げよ…きゃあっ!」


 慌てていた二人は、ろくに前も見ずに走り出したせいで、目の前の人にぶつかり尻餅をついた。


「痛ててて…」

「痛ったぁ…」


 ぶつかった相手は若い男性で、慌てて二人に手を差し伸べた。

 

「す、すまない! 二人とも大丈夫かい?」

「だ、大丈夫です、こちらこそ前をちゃんと見てなくて……ごめんなさい」

「そう、怪我がないなら良かった」


 男性は二人の顔を交互に見ながら、不思議そうな顔した。


「……二人とも、ここの人じゃないよね?」

「えっ!?」

「えっと……」


 男性の視線にリソラは思わず俯いてしまう。


「あ~、実は私たち、道に迷っちゃって……」


 リサラが代わりに答える。


「そうなんだ、じゃあ俺が案内所まで連れて行ってあげるよ」

「え、ホントですか!」

「ああ、これも何かの縁だし、困ってる女の子を放ってはおけないからね。俺はトリオン。トリオン・リーバー、よろしくね」

「あ、私はリサラです。こっちは双子のリソラ」

「……へー、君たち双子なんだ」


トリオンと名乗った青年は、とても爽やかな笑顔でこう言った。


「それはとても珍しいね」

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