第5話 笑顔の悪意

 リソラとリサラの二人は市場で出会った青年、トリオンに連れられ、街の外れまでやってきた。さっきから落ち着かない様子のリソラの手を引いて歩くリサラはトリオンに尋ねる。


「ねぇ、どこまで行くの?」


 年上だろうとなんだろうと、知り合ってすぐタメ口をきいてしまうのはリサラの性格だ。


「ああ、もうすぐだよ。この先に案内所があるんだ。そこなら色々と話を聞けるんじゃないかな」


 そう言いながら、トリオンはどんどん人気のない路地へと入っていく。リソラはリサラの手をぎゅっと握って不安げにささやいた。


「ねぇ、リサ。やっぱりなんか変だよ。ここ、人もいないし……。付いていくのやめよーよ」

「えー…?」


 リサラにもリソラの不安げな気持ちは痛いほど伝わっている。しかし、今はとにかく家に帰りたいという気持ちの方が強いリサラはそれを聞き入れなかった。


「あとちょっとだけ、もう少しだけ付いてってみよ? 最悪、ヤバくなったらダッシュで逃げよ?」

「リサ…」

「大丈夫、ソラは私が絶対に守るから!」


 不安げな表情のリソラを安心させようと、リサらは明るく笑って見せた。


「――さぁ、付いたよ」


 そう言ってトリオンが立ち止まったのは古い倉庫らしき建物の前だった。

まるで廃墟のような場所に案内所を示す看板などは見当たらず、周りを見渡しても人の気配はどこにもない。


「え、ここ?」


 トリオンは振り返り、双子の顔を交互に見た。二人はその男の爽やかすぎる笑顔を目の当たりにして、背筋に冷たいものが走るのを感じた。その貼り付けたかのような満面の笑みが、この状態ではとても異質なものに思えたからだ。


「あんた、なんの冗談…」

「リサ、逃げよう!」


 リサラの言葉を遮って、リソラが手を引く。リサラは頷き、来た道を戻ろうと振り返った。


「おっと、どこへ行くのかな? お嬢さん方」


 物陰から、大柄な男たちが現れ、双子の行く手を遮るように立ちはだかった。


「ひぅ…!!」


 男たちに囲まれたリソラが声にならない悲鳴をあげる。


「……だましたわね」


 リサラは背後で笑顔を浮かべるトリオンを睨みつける。トリオンは鼻で笑い、手下二人に指示を出した。


「ヤンサン、エゴッツ、逃すなよ。久しぶりの上物だ。売ればかなりの金になる」


 トリオンは持っていた袋から縄を取り出す。


「う、売るってなにを……」


 リソラが震えた声で問いかける。トリオンはその言葉により一層笑みを深め、楽しそうに答えた。


「決まってるだろ、お前たち自身だよ!」

「――ひっ!」


 リソラが小さな悲鳴をあげるのと同時に男たちは二人に襲いかかった。


「ソラ! 走って!」


 リサラは繋いでいた手を振りほどき、二人の男に向かって走り出した。一か八か、相手にタックルを食らわせて、男が怯んだ隙に逃げる作戦だ。

 二人同時に逃げるのは無理でも、リソラだけならまだ可能性があると踏んだリサラは自慢の脚力をフルに使い全力で体当たりをかました。

 しかし、ぶつかった相手はまったく怯む様子もなく、軽々とリサラの腕を掴んで引き上げた。


「いっ…! 痛い! は、離して!」

「自分から懐に飛び込んでくるなんて、なんて物分かりの良いお嬢さんだ」


 男はリサラを腕を掴み軽々と持ち上げながら、ゲラゲラと笑った。


「リ、リサ! お、お願い、リサを離して……!」

「ソラ、逃げて…、はやく!」


 腕を捻りあげられ、痛々しく叫ぶリサラの声に恐怖で動けなくなったリソラは、泣きながらリサラの解放を懇願した。だが、その願いが聞き入れられるはずもなく、そのまま背後に立つトリオンにあっさりと拘束されてしまうのだった。



 街はずれの廃墟となった建物の中でリソラの泣き声だけが響いている。


「うぅ…。ご、ごめんね、リサ。わたし、なにも…できなかった……」

「大丈夫、大丈夫だから」


 どう考えても大丈夫じゃない状況なのだが、ほかに慰める言葉も見つからず、リサラは曖昧に大丈夫と繰り返した。


「腕、痛い?」


 先程、大男に捻り上げられた腕がズキズキと痛みを訴えてくるが、これもまた今の状況ではどうする事も出来ない。

 

「ううん、これくらい平気」


 男たちに縄で手首を縛られた二人は、薄暗い部屋の中に閉じ込められていた。部屋の外には見張りもいるようで、逃げ出す事は困難な状況だった。


「もー、ソラぁ、なんで逃げなかったの?」

「無理だよ…! リサを置いていける訳ない! もう二度とあんな危険なことしないで!」


 リソラはぐしゃぐしゃの泣き顔で怒ったが、全然怖くなくて思わず笑い出しそうになるのをリサラは必死で堪えた。


「うん、ごめん。もう二度としない」


 リサラは素直に謝る。もし自分が逆の立場であっても、リソラを置いて逃げるなんて出来ないことをわかっていたから。


(ソラの泣いた顔、久しぶりに見たな……)


 リソラがこんなにも泣いたり怒ったりするのを見るのは久しぶりだった。普段の二人はどこにでもいる普通の女子高生で、昨日までこんな危険世界とは無縁の生活を送っていたのだ。


「ソラ、私たちこれからどうなっちゃうのかな……」


 リサラはリソラの太ももの上に頭を預けて横になると、天井を見上げて呟いた。


「大丈夫だよ。何があっても、二人一緒だから……」

「うん、そうだね」

「――お姉さんたち、どこからきたの?」


 不意に耳馴れぬ声が聞こえて、二人は目を合わせた。『今のリサ?』『違う、違う!』二人は目線で会話しながら、注意深く部屋の中を見渡した。


 薄暗い部屋の隅に黒い小さな影があることに気づいた二人は息を飲んで身構えた。


「……そこに誰かいるの?」


 リソラが影に向かって声をかける。

 その声に応えるように、影はゆっくりと立ち上がり、二人に近づいてきた。


「さっきから、ずっといたよ…」


 それはフードを目深に被った幼い少年だった。少年もリソラ達と同じように両手をロープで縛られていた。


「もしかして、君も捕まってるの?」

「うん…」

「嘘でしょ……こんな小さな子供まで誘拐するなんて……」


 二人は絶句する。少年はじっと二人を見つめて、問いかける。


「お姉さんたち…双子、なの?」

「え? あ、うん。そうだよ。私がリソラで」

「私がリサラ。君の名前は?」

「…アーク」

「アークかぁ、じゃあ、アーくんはどこからきたの? お母さんは?」


 リサラはアークに勝手に愛称をつけて呼んだ。

 

「……」


 アークと名乗った少年はリサラの質問には答えず、部屋の唯一の出入り口である扉に顔を近づけた。


「え、無視? ……てか何やってんの?」

「静かに…」


 アークはじっと扉に耳を当て、外の様子を伺っているようだった。そして突然立ち上がり、二人に近づいて囁いた。


「ここから出たい…。お姉さんたち、手伝って」

「え、出られるの?」

「うん、今なら。廊下からイビキ、聞こえる…。たぶん見張りの人、寝てる」

「マジか」

「今が絶好のチャンスってことね」


 リソラの言葉にアークは頷く。そして、突然リサラの手首に噛み付いた。


「ひゃ! な、なに……!?」


 思わず大声をあげそうになったリサラは慌てて口をつぐむ。アークは自分の歯でリサラ縄を噛みちぎって、縛られていた腕を解放した。


「おおー、やるじゃんアーくん」


 リサラは解放された手で、リソラとアークの縄を解いた。


「それで? どうするの?」

「お姉さんの魔法で…あの壁、壊して、」

「へ?」


 双子は顔を見合わせ困惑する。


「えーと、ごめんねぇ。お姉さんたち、普通の女子高校生だから、魔法とかは、ちょっと使えないんだ~」

「とりあえず、穴掘る? 壁の向こう側まで掘れば抜け出せるかも」

「……嘘つかないで。僕にはわかるよ」

「え? もしかしてアニメのヒーロー的なやつを期待してる? いや、ホントごめん。少年の夢を壊すようで悪いんだけど……」

「……」


 アークはおもむろにリサラの腕を掴んで壁へと向かう。


「わ、ちょっと、急になに?」

「ここに手を当てて、念じて…」

「え? 念じるって何を」

「壁が壊れるように…」

「えぇ? 意味わかんないんですけど……」

「……」


 アークはジッとリサラを見上げた。


「わ、わかったから。そんなに睨まないでよ。えーと、壁を壊すイメージね、うん、うん、うん……。えーと、こんな感じ、かな?」


 リサラがなんとなくイメージを掴んだと感じたその瞬間、手のひらが赤く光り出した。


「え? なにこれ?」


 次の瞬間、猛烈な爆発音とともに真っ赤な炎が石の壁を突き破った。


「……うそ、でしょ?」

「行こう…」


 アークは、さして驚いた様子もなく壊れた瓦礫を乗り越えて行く。


「な、なんだぁ! 今の爆発音は!」


 部屋の外から聞こえた男達の声に、リサラは我に返った。ふりかえるとリソラが地べたにへたり込んでいる。その顔は顔面蒼白と言った感じた。


「ソラ!」


 リサラはリソラを手を掴むと、思いっきり引き上げそのまま走り出した。


 壁の外は急な下り坂になっていて、陽も落ちてかなり暗くなっていたが、三人は夢中で坂を駆け下りた。後ろから男達の叫ぶ声が聞こえたが、ふりかえる余裕などない。ただ闇雲に暗い森の中を走り続けた。

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