第6話 魔法が使える世界

 追っ手から逃れようと必死で走り続けたが、最初に限界を迎えたのはリソラだった。全身で息をするが上手く吸い込むことも出来ず、その場に倒れこんでしまう。

 リサラもゼェゼェと、荒い呼吸が治らず、リソラに声を掛けることも出来ないでいた。


 先頭を走っていたアークが立ち止まり振り返る。キョロキョロと辺りを見回したあと、少し先の方を指差した。


「あそこ…」


 そこには少し大きめの岩があり、その影に身を隠せそうな窪みがあったので、三人は一先ずその岩場の影に身を隠すことにした。


「リサ、ご、めん、も、むり……」

「いいって、私も、かなり限界だったし……」


 元々運動があまり得意ではないリソラは思った以上に疲弊しているようで、呼吸もなかなか整わず、額には大量の汗をかいていた。


「ね、ちょっと、大丈夫?」


 リサラは心配そうに声をかける。


「これ、水…」


 アークが小さな手のひらをリソラに差しだした。


「あ、ありが、とう」


 リソラはその小さな手のひらに注がれた水を飲み、乾きを潤す。


「この水、どこから……」


 リサラは怪訝な顔をする。


「…あそこ」


 アークの視線の先には小さな湧き水が流れているのがみえた。


「飲んでも大丈夫やつかな……? ソラ、その水なんともない?」

「う、うん、たぶん大丈夫だと思う」

「僕もさっき飲んでみたから…大丈夫だと思う」

「じゃあ、私も飲んどこ」


 乾いた喉を潤し、息を整えた三人は、ようやく危機を脱したことに安堵した。


「それにしても、さっきのあの爆発は何だったの? マジでビックリしたんだけど!」


 すっかり体力を回復したリサラは、先程の出来事を振り返る。


「僕も…あんなに威力出るって、思わなかったから、ビックリした…」

「いや、アンタ、全然普通だったじゃん!」


 表情変化の乏しいアークに、リサラはツッコミを入れずにはいられなかった。


「あれはどんな仕掛けなの? アーくん、もしかして爆弾とか隠し持ってたりする?」


 リソラの質問にアークは首をかしげる。


「ばくだん? …あれは、リサの魔法だよ?」

「え、リサって…いきなり呼び捨て? まぁ、別にいいけど。てか魔法って、私の? え、どういうこと?」

「リサ、すごーい」


 リソラはぱちぱちと手を叩いて、羨望の眼差しを向けた。


「なわけないでしよ! 魔法なんて、マンガじゃあるまいし! 私がそんなの使えるわけないじゃん!」

「なんで…? リサは炎の精霊の守護を纏っているから、炎の魔法が使えるんだ」

「ほ、炎の精霊ぃ~?」


 なんともファンタジックな単語にリサラは頬を痙攣らせる。


「…ちなみにソラは、何の守護も受けていなみたい」

「でええ!?」


 唐突な宣告にリソラはショックを受ける。


「じゃ、じゃあ、私には魔法がつかえないってこと?」


 リソラはアークに詰め寄る。アークは少したじろぎながらも頷いた。


「うん…」

「ど、どうして……」

「…普通はみんな、守護を受けて生まれてくる、はず…だけど…よく、わからない」

「そ、そんなぁ~……!」


 リソラはガックリと肩を落としうなだれた。


「待って待って! なに素直に受け入れてんの!? 魔法だよ、魔法!! 普通に使えるわけないじゃん!」


 リサラが二人の間に割って入る。


「…たしかに、普通の人に…魔法は使えない」

「そうなの?」


 リソラの質問にアークは頷く。


「…守護を受けただけでは、魔法は使えない。…魔法が使えるのは、精霊と契約を交わした者だけだから…」


 辿々しくも、丁寧に説明をするアーク。


「リサはいつ精霊と契約を交わしたの?」

「全く記憶にごさいません」


 リサラはブルブルと首を横に振った。


「…きっと、知らないうちに、契約を交わしたんだと思う…」

「知らないうちにってヤバイじゃん。契約破棄とか出来ないの?」

「契約、はき?」


 聞きなれない言葉にアークは首をかしげる。

 リソラは魔法の存在に否定的なリサラに詰め寄り力説する。


「魔法なんてすごいよ! 使えないより使えた方がいいよ、絶対!」

「やーだー! この歳で魔法少女とか恥ずいし、ありえない!」


 リサラは両手を顔の前で振り、拒絶の反応をみせる。


「えー! じゃあ、私にちょうだいよー」


 リソラはお菓子をねだる子供のようにリサラの腕を引っ張った。


「…精霊との契約は、本人にしか出来ないから…他人に与えるのは無理」

「あんたも真面目に答えなくていいから!」


 アークのキョトンとした顔が何だかおかしくなり、双子は顔を見合わせて笑った。


「……でも、魔法が使えるって事はやっぱりここは異世…」

「あー! あー! あー! 聴きたくなーい!」


 リサラはリソラの言葉を遮って、大声をあげる。両手で耳を塞いで、聞こえないふりをした。


「なんでよ」


 リソラは頬をプクーと膨らませた。リサラはその頬を両手で挟み込んで、顔を覗き込んだ。


「……まだちょっと、認めるのが怖い」


 少しトーンを落としたリサラに驚き、リソラは眉を下げる。


「リサ……」

「だから結論を出すのはもう少し、待って」

「……わかった」


 リソラは、大人しく引き下がった。リサラはそんなリソラに笑顔を見せると、また先ほどと同じテンションで話を戻した。


「まぁ、魔法の事は一旦置いとくとして! アーくんにはお礼言わないとね。ありがとう。私たち、あのままあそこにいたらどうなってたか……」


 リソラもアークに向き直り、笑顔でお礼を言う。


「ホントだね。君のおかげだよ~。ありがとうね、アーくん」

「…ん、」


 アークは静かに頷くと、くるりと双子に背を向けた。


「あれあれ~? アーくん、もしかして照れてるの~?」


 リサラがニヤ~と目を細めて悪戯っぽい笑みを浮かべる。


「…別に」


 アークはふいっとリサラから顔を背ける。


「照れてるじゃ~ん!」

「…照れてない」


 リサラはアークの頬をぷにぷにと突いて揶揄った。その光景がなんだかとても微笑ましく思えて、気がつけばリソラも一緒になって笑っていた。


 少しの休憩のはずが、すっかり長居してしまった三人はそのまま岩場の陰で朝まで過ごす事にした。月明かりで周囲も明るく、安全を確保出来たのは幸いだった。

 

「ねぇ、アーくんを捕まえた人って、……やっぱり、あのトリオンって人?」

「…名前はわからないけど、若い男の人だった」

「マジか……。許せんな、あのチャラ男」

「アーくんのお母さんとか、絶対心配してるよね」

「家の場所とかわかるの?」

「……親はいない」

「え?」

「僕、捨て子だったから」

「そんな……」

「でも、家は…あったよ」


 アークは特に何でもないと言った感じで話をした。


「…教会の前に捨てられてたのを、シスター達が拾って育ててくれた」

「そうなんだ……」


 表情の乏しい彼からは、どんな感情も読み取ることが出来ず、リソラ達は言葉を詰まらせた。


「……じゃあ、その教会まで一緒に行こうか? ね、ソラ」

「うん、そうだね。教会まで一緒に行こう」


 しかし、アークはフルフルと首を横に振る。


「帰りたいけど…ダメ、なんだ」

「え?」

「どうして?」


 リソラが聞き返す。


「…教会から逃げて来た、から…だから、あそこにはもう、帰れない」


 それまで淡々と語っていたアークは俯いて黙り込んでしまった。

 双子は顔を見合わせる。


「……じゃあ、私たちと一緒に来る?」

「といっても私たちも、まだどこに行くかとか決めてないんだけどね」


 二人の言葉に、アークは顔を上げた。


「…いいの?」

「え?」

「僕、二人と一緒にいて…いいの?」

「な、何言ってんの! そんなのいいに決まってんじゃん!」


 リサラが力強く答え、リソラも頷いて微笑みかける。


「…へへ」


 アークはフードの端を両手で引っ張り、初めて子供らしい笑顔を見せた。

 その笑顔に二人は顔を綻ばせる。


「よし! そうと決まれば、今日はもう寝よ!」


 リサラはそういうと、寝床にする場所の小石などを取り除き始めた。


「私、野宿とか初めてだけど、寝れるかな……」

「いや、私だって初めてだし!」

「リサは家でもよく床で寝てたよね? 私は布団じゃないと寝れなかったのに」

「あ、あれは部活で疲れ果てた時だけだし!」


 双子は冗談を言い合いながら、笑いあった。むしろ少し心に余裕が出来たのか、この状況を楽しめるようになっていた。


「…僕、追っ手が来ないか、見張ってるよ」


 アークは立ち上がり、双子に声をかけた。


「え、一人で?」

「…うん」

「それなら、交代で休む? 幸い、この気温なら野宿でも大丈夫だと思うし。月明かりだけでも充分明るいからなんとかなりそ」

「ぐうううう~!」


 リサラの話を遮る大きさでリソラの腹が鳴った。


「…すごい音した」


 アークが心配そうに大丈夫?と声をかけた。


「あっははははは! 何その音! やばい! メチャクチャびっくりした!」


 思わず笑い転げるリサラ。

 リソラは顔を真っ赤にして、涙目になって抗議した。


「だ、だってしょうがないじゃん! お腹空いたんだもん!! 我慢してたけど、もう限界だったの!!」

「…ソラ、お腹空いたの?」

「……うぅ」


 アークが心配そうにリソラの顔を覗き込んだ。リソラは年下のアークに気遣われる事が恥ずかしくて眼をそらす。


「はぁ、はぁ、ご、ごめんごめん! あまりにもタイミングよくて……ふー! ふー!」


 リサラが大げさに息を整えるがなかなか笑いが収まらず、プルプルと肩を震わせた。リソラは恨めしげな視線をリサラに向ける。


「リサァ……」

「ご、ごめんて」

「…ちょっと、待ってて」


 そう言ってアークは近くの茂みへ駆け出していった。しばらくキョロキョロと周りを見渡していたアークは一つの小さな木の前でしゃがみこんだ。


「あ、トイレかな?」


 リソラ達はあまり見てはいけないなと思い自然と目線をそらした。


「……ねぇ、これで本当に良かったのかな」


リサラが小さく呟やいた。


「……あの子を一人にはしておけないよ」

「それはそうだけどさー…私たち、家に帰るんだよね?」

「うん……」


 二人は、互いの手を握った。そうすれば、少しは不安が紛れる気がした。


「……はやく家に帰りたい」

「うん……」


 リサラは自分の頭をリソラの肩に乗せて目を閉じた。

 リソラも今は家に帰ることしか考えられなかった。その後のこと、アークのこと、色々と問題は尽きなかったが、今はそれを考える気力もなかった。

 二人はただ黙ってお互いの手を強く握り返した。


 双子の元へ戻ってきたアークは、両手のひらを差し出して言った。


「…はい、これ」

「ん? なに?」

「…木の実、取ってきた」

「え? これ、私たちのために?」

「…うん。ちゃんと食べられるやつだよ。僕もお腹空いたから、みんなで食べよ?」

「アーくん……!!」


 リソラは感激のあまりアークを抱きしめた。アークがリソラの胸に埋もれ苦しそうにもがいているのを見ながらリサラは木の実を口に放り込んだ。

 

「なにこれ、ウマ!」


 その後、三人は奪い合うようにして木の実を夢中で頬張った。

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