第7話 二つの月

 木の実を食べ終えたリサラは、早々に眠ってしまいスヤスヤと寝息を立てている。一番元気そうに見えたが、彼女も相当に疲弊していたようで、慣れない野宿だと言うのに、気持ちよさそうに眠っていた。


 リソラはアークの隣に座り夜空を眺めていた。空には二つの月が浮かんでいる。


「月が二つも出てる。なんか不思議……」

「…月は、いつも二つだよ?」


 リソラの言葉にアークは首を傾げる。


「……ねえ、アーくん」


 リソラは隣に座ったアークに声をかける。


「…なに?」

「あのね、これはまだ誰にも秘密なんだけど、アーくんにだけは教えておくね」

「…うん」

「……実は私とリサラは、この世界の人間じゃないの」

「…どういうこと?」


 アークはキョトンとした顔で首を傾げる。リソラは小さな笑みをこぼした。


「わかんないか。……わかんないよね。私もこの世界のこと何もわんないしな~」

「…?」

「何にも分からないって、怖いね」

「ソラ?」


 アークはどうしたらいいか分からず、リソラの肩に手を添える。その肩が小さく震えている事に気づいてアークはポンポンと赤子をあやすように優しく叩いた。


「大丈夫…?」

「……えへへ、ごめん。大丈夫だよ」


 リソラは涙を拭って、笑顔を見せた。


「ねぇ、よかったら、私にこの世界のことを教えてくれないかな?」

「…僕、教えられるようなこと、何も知らない」


 アークは少し戸惑った様子で視線をそらす。


「そんなに難しいことじゃなくていいの。……ほら、あの月が二つ出るのが普通だとか、そういう簡単なことでいいから」

「…それなら、うん」


 アークは小さくうなずき、リソラの頼みを受け入れた。


「ありがとう、アーくん」


 こうして、双子が初めてこの世界で迎えた夜は静かにふけていった。 



一方その頃、ミレイユの家ではアスティが用意された食事を夢中で頬張っていた。


「ごめんね、大したもの作れなくて……」

「そんな事ない! ……すごいご馳走だ、これは!」


 食卓に並べられた食事にアスティは感動の声を上げた。アスティが村を出てからまともな物を口にしたのはこれが初めてだった。


「ふふ、ありがとう。お世辞でも嬉しいわ。あ、サイハさんにもらったパンもあるからたくさん食べてね」


 野菜やハーブなどを使った料理が並ぶ食卓は確かに派手さはないが、それでも暖かいスープやパンはアスティにとって最高の食事だった。


「あ、これは毒消しのハーブ?」

「え? アスティ、それが何かわかるの?」


 サラダに盛られたハーブをフォークですくい上げ、ミレイユに問いかけた。


「いや、さっきちょうど部屋で見た本に挿絵があったから、似てるなって思って」

「そうなのね、でもちょっと違うかな。それは症状を和らげる効果があるだけで、毒消しにはならなの。主に食用のハーブね」

「へー、さすがだな。あの部屋の本は全部君のもの?」

「……ううん。あれは全て父の物よ」

「お父さん? じゃあ、あの部屋は……」

「元々父の書斎だったんだけど、今はもう使う人がいないから、客間として使っているの。……と言ってもお客さんなんて来たことないから、アスティが初めてなんだけどね」

「そうだったんだ」


(じゃあ、あの瓶の中身は…)


 ミレイユの口ぶりからしても、彼女に両親がいない事はなんとなくわかったので、さっき部屋で見た瓶の事が気になったが、あまり踏み込んでもいけないだろうと思い、アスティは黙っておくことにした。


「この家に一人で住んで、どのくらい?」

「そうねぇ、10年くらいかしら?」

「10年……」

「母は私が6歳の時に亡くなったの……。小さかったからもうあまり覚えてはいないんだけど……。その後、父はずっとあの部屋にこもりっきりになって、花の研究に没頭していたわ」


 そう語るミレイユの瞳には思い出を懐かんでいる様子はなく、ただ淡々とした表情で目の前の食事を見つめていた。


「でもある日突然、行くところがあると言って出て行ったきり帰ってこなくなったの」

「え? それじゃあ、まだどこかで生きて……」


 ミレイユはゆっくりと頭をふった。


「しばらくしてから、父から手紙が届いたの。手紙には、"必要なものは揃えた、後は頼む"って……。ただそれだけ」

「必要なもの?」

「私にも意味が分からなくて……。それから、しばらくして、父は魔物に襲われて死んだって王都からの知らせが届いたわ」

「………」


 ミレイユは一息ついて、パンを頬張った。アスティも彼女にかける言葉が見つからず、同じようにパンを口にした。


「昔からそうなの。私には父の考えてる事がちっとも理解できなくて……。母さんが死んだ時だって、あの花だって、なんで……」

「あの花?」

「あ……。ご、ごめんなさい。父とはあまりいい思い出がなくて……。こんな話を会ったばかりのあなたにするなんて。ちょっと疲れてるのかも。今日は早めに寝ようかな」


 その後、ミレイユはいつも通りの明るさを取り戻し、二人は他愛もない話に花を咲かせた。


 食事を終えたアスティは部屋に戻り、しばらくベットに横になって考え事をしていたが、久々のベッドはとても暖かく柔らかで、すぐに深い眠りへと落ちて行った。

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