第10話 市場にて
アークが匂いを頼りに街へ戻る道を探すと言い出したので、双子は半信半疑ながらもアークの後をついていくことにした。
「アーくんって何者?」
周囲の匂いを嗅ぎながら進むアークを見て、リサラは不思議そうな顔をする。
「……小さいのに、しっかりした子だよね」
リソラは彼の小さな背中を追いかけながらそう、口にした。まだ出会って一日しか立っていないが、アークには助けられてばかりだ。
右も左もわからない世界で、もし彼に出会わなかったら、今頃自分達はどうなっていただろう……。それを思うと、彼には感謝の気持ちしか浮かばなかった。
一方、リサラは純粋に彼の野性味じみた能力にただただ驚いていた。
「いや、もはや、犬じゃん! なに、匂いって! そんなので本当に街にたどり着けるわけ……」
「…ついたよ」
リサラが言い終わる前に、アークが立ち止まり振り返った。
「うそ!?」
「ほら、あそこ…」
リサラが驚きの声を上げた。アークは正面に目線を向け、指をさす。その先に見えたのは、三人が監禁されていた古い倉庫だった。倉庫の外壁は崩れ、脱出時にリサラが魔法で開けた大穴はそのままの状態で放置されていた。
「って、あれ私たちが捕まってた場所じゃん!」
「か、隠れなきゃ! 見つかったらまた捕まっちゃう!」
リソラは慌てて、アークの腕を引き、木の影に身を潜めた。
「…2人の匂いを辿ったら、ここに戻って来た」
「え、私たちの匂いをたどってたの!?」
「…うん」
「に、匂いって……私、そんなに匂う?」
「昨日、お風呂入ってないしね……」
双子は乙女心に傷を負い、深い溜息をついた。アークは不思議そうな顔で首をかしげる。
「…2人はいい匂いだよ。今まで嗅いだ事のない匂い」
「それフォローになってないから!」
リサラはつい大声を上げてしまい、慌てて口を押さえた。
「…大丈夫、今は人の気配がないから。このまま裏から抜けて市場へ行こう」
「え、そんな事どうしてわかるの?」
「…アイツらの匂いは覚えたから。近くにいたら、匂いと足音でわかる」
「匂いと足音って……アーくんってだんだんと人間味が薄れていくよね……」
「あはは……」
リサラはもはや驚く事をやめ、可愛い弟分から消えていく人間性を儚んだ。
アークの先導で、倉庫の裏手に回った3人は、あたりを警戒しながら少しづつ前に進んで行った。しばらく無言でいた三人だが、最初に我慢できず口を開いたのはリサラだった。
「ねぇ、なんかこれスパイ映画みたいでドキドキしない?」
「……わかる」
リソラも同じことを思っていたらしく、リサラの言葉に、大きく頷いた。
「だよねー! でも見つかったらリアルでお終いってのは、映画より断然緊張感あるけど……」
「私、走るの苦手だから、このまま見つからない事を祈るよ」
リソラは苦笑いをして、不安げに眉を下げた。
「……ん?」
「なに?」
「ね、アレ! 私たちの鞄じゃない?」
リサラが指差したその先にはゴミ捨て場のような場所があった。大量に廃棄されたゴミの山の中に二人の奪われた鞄が投げ捨てられていた。
リソラ達はゴミ山に近づいて、荷物の中身を確認する。
「ラッキー! 中身もちゃんと入ってる。……お、スマホまだ生きてた!」
リサラがスマホの画面を確認して、嬉しそうに呟いた。
アークは不思議そうな顔でその様子を見ていた。
「ねねね、ソラ! 三人で写真とろ?」
「ええ? ここで?」
「いーじゃん、いーじゃん! 記念にさ、思い出残したいじゃん?」
「思い出って……今この状況でそんなことしてる場合じゃ……」
「こんな時だからそこ、あえて、だよ! アーくん、こっち来て」
「…え?」
強引に手を引かれ、二人の間に立たされたアークは訳がわからないと言った表情で二人を見上げた。
アークの肩に手を置いて、リサラはスマホを掲げて、カメラのピントを調節する。
「じゃあ、いくよ~……はい、チーズ!」
「…!?」
スマホのシャッター音と共にフラッシュが光り、アークは驚き固まってしまう。
「どう? いい感じに撮れた?」
「あはは、アーくんめっちゃ目線ズレてるっ!」
撮った写真を確認しながら、リソラとリサラは楽しそうに笑った。
「とりあえず荷物は取り返せたし、次はどうする?」
「とりあえず、僕の隠れ家に行って…」
「あ、待って。その前に私、寄りたいところあるの」
「寄りたいところ?」
「うん、質屋さん!」
「質屋?」
「質屋で要らないものを売って、お金にしようと思って……」
「なるほど!」
「…じゃあ、質屋まで案内する。付いてきて」
・
・
・
三人は路地を抜け、無事に市場までたどり着いた。アークが店の前で立ち止まって、指を指す。
「…質屋、ここ」
「……よし、行こう!」
リソラは少し緊張しながら、恐る恐る店の扉を開いた。
「いらっしゃいませ~」
「今日は、なかなかいい薬草が手にはいりましたよ!」
「それじゃあ、それをもらおうか」
「ありがとうございます!」
店の中は広々としていて、店員の明るい声や客の話し声でとても賑わっていた。リソラは手の空いてそうな店員に声をかける。
「あ、あの! 売りたいものがあるんですが……!」
「はいはい、いらっしゃいませ~」
「えっと、これなんですが……」
リソラはカバンの中から、小さな熊のぬいぐるみの付いたストラップを取り出して見せた。店員は片眼鏡に手をかけ珍しそうにそのストラップを手に取る。
「ほう、これは?」
「これは、TDランドで買ったストラップなんですけど……」
「TDランド?」
「あっ、えっと。一応、限定もので……!」
「うーん、そうですねぇ……。見たところ特に魔術的な効果もなさそうだし、300ルキィでいかがでしょうか?」
「300ルキィ? えっと……じゃあ、それでお願いします」
果たして、300ルキィがどれくらいの金額なのか見当もつかなかったが、リソラはその値段で売ることにした。その隣では、リサラが別の店員と話をしていた。
「お、これはなかなかの細工だね! それに鏡の質も凄くいい! お嬢さん、これを売ってくれないか。値段はそうだなぁ……2500ルキィ出そう!」
リサラは手鏡を査定してもらっていた。
「その鏡、ショップのポイント交換で貰った非売品なんだけど……」
「非売品!? そりゃすごい! 一体どこの職人が掘ったものなんだい?」
若い男性店員が、食い気味にリサラに詰め寄る。
「いや、多分、機械だろうけど……えー、それちょっと気に入ってるんだよなぁ。うーん、ちょっと待って、他のにする」
リサラは渋い顔をして、他に売れるものがないか鞄を漁った。
「あ、あの、そこにある本っていくらですか?」
リソラが、店の棚に置かれた本を指差した。
「ん、本って……? ああ、この百科事典ですか? お嬢さん、若いのにお目が高い。これは古い百科事典ですが、今じゃなかなか手に入らないものですから……800ルキィでいかがでしょう?」
「800……!」
リソラは驚きの声を上げた。さっきのストラップは300ルキィにしかならなかったので、あと500ルキィ足りない事になる。
「ソラ、その本欲しいの?」
隣で店員とのやり取りを見ていたリサラが声をかけた。
「あ、うん……。でも全然お金が足りなくて……どうしようかな。他にも何か……筆記用具とか売れるかな……」
「……」
ゴソゴソと鞄の中を漁るリソラ。そんなリソラを見て、リサラは店員に声をかけた。
「ねぇ、おじさん、この鏡売るわ。それであの本を頂戴」
「え?」
リソラは驚いて顔を上げ、リサラを見た。
「まいどあり! お嬢さん方、なかなかいい買い物をしたね!」
店員は棚から重そうな本を取り出すと、代金と一緒にリサラに差し出した。
「はいよ、本代を差し引いて、1700ルキィだね」
「ありがとう。……じゃあ、ソラ」
リサラは本を受け取ると、そのままリソラへ手渡した。
「はい、これ」
「リサ……」
本を渡され戸惑いの表情を見せるリソラに向かって、リサラはにっこりと笑って見せた。
質屋を後にした3人は再び市場へ向かう事にした。
「初めての質屋体験! なかなか楽しかったね!」
リサラはとても満足そうな顔をして言った。
「あんな大量生産されてる鏡に職人技って、ウケる!」
「…あれが1番高く売れたね」
アークも嬉しそうに呟いた。
リソラは青い表紙の本を大事そうに胸に抱えて立ち止まる。リサラとアークもつられて立ち止まった。
「リサ、ありがとう。私、この本大事にする」
「……別に欲しかったならいいじゃん?」
「…よかったね、ソラ」
「うん!」
リソラは笑顔で頷いた。
「あーあ! それにしてもお腹減ったなー、ねぇ、何か食べよう?」
なんだか気恥ずかしくなったリサラは大声を出して、無理矢理に話題を変えた。
「そういえば、まだ何も食べてないね」
「…お腹すいた」
周りを見渡すと、沢山の屋台が出ている事に改めて気づいた3人は、目を輝かせる。
「あ、見て見て! あれ美味しそう!」
リソラが、屋台を指差す。
「……嘘! 何あれ? すっごい気になる!」
リサラも何かを見つけて興奮したように声を弾ませた。
「あ~、色々あって迷っちゃうな~! アーくんは何か食べたいものある? ……あれ?」
リソラが振り返ると、そこにリサラとアークの姿はなかった。
「……え、嘘? はぐれた?」
リソラは慌てて2人の姿を探したが、人混みに遮られ、見つけることが出来なかった。
「どうしよう、2人ともどこに……」
「お嬢さん、果物はいらないかい?」
「え?」
突然、露天のお婆さんに声を掛けられ立ち止まるリソラ。見ると、お婆さんの目の前に置かれた箱にはオレンジ色の果物がたくさん入っていた。
「あの、すみません。ここら辺で、小さい男の子を連れた、私と似た顔の女の子を見ませんでしたか?」
リソラはお婆さんに尋ねる。
「ああ、それならさっき目の前を通って、あっちの方へ歩いて行ったよ」
この場所を二人が通っていったらしく、お婆さんは二人が向かった方向を指で指して教えてくれた。
「ほんとうですか!」
「ああ、本当だよ。それで、この果物を買っていかないかい?」
「あ、えっと……」
お婆さんが美味しそうなオレンジ色の果物を手に取り、リソラに差し出した。
「じゃあ、3つください……」
リソラはお婆さんの押しに負け、果物を購入した。
「ありがとねぇ、300ルキィになるよ」
「あ、はい……」
リソラは果物の入った袋を受け取ると、二人の後を追って走り出した。
「うう……。二人ともどこなのぉ~」
不安で泣きそうになりながらもリソラは、慣れない人混みの中で懸命に二人の姿を探すのだった。
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