第3話
夕食を食べて部屋で一人になると、さっきの不愉快な誘いを思い出した。
あの男は、冒険者としてのミーシャを誘ったわけではないのだ。
まだミーシャがパーティーにいたころ「好きだ」と告白された。ミーシャは失望し、パーティーを抜けた。
これまでも何度か経験してきたことだった。
初めて実力のあるパーティーに誘われたとき、ミーシャは自分の力が認められたのだと喜んだ。
自分よりも強いパーティーメンバーに認められたくて、追い付こうと必死に努力して、そんなミーシャにかけられた言葉は「恋人になってくれ」だった。
相手のことは嫌いではなかったが、恋愛対象として見ることはできなかった。戸惑いながら断ると、次の日から自分の居場所はなくなっていた。
そんなことが3度も続けば嫌でも理解する。
冒険者としての自分は求められていないのだということを。
彼らは格上の力を見せつけて、ミーシャを自分のものにしたかっただけなのだ。
それからミーシャは勧誘を断り、実力に見合うパーティーに自分から加入した。
だが、そこでもミーシャの扱いは変わらなかった。
意味もなくちやほやされ、危険な仕事はさせてもらえず、メンバーの誰もがミーシャに甘い言葉をかけた。
ミーシャは我慢していたが、そのうちの一人に告白されたことが崩壊の合図となった。
パーティーの連携は取れなくなり、どうでもいいことで喧嘩が始まり、一人、二人とパーティーメンバーは減っていった。
結局ここにも居場所はないのだと悟り、ミーシャは一人になった。
ユイと再会したのはそんなときのことだ。
子供の頃にやたらとなついてきたユイ。冒険者になると言って村を出たミーシャのことを憧れの眼差しで見つめていたあのユイは、大きくなっても何も変わっていなかった。いや、大きくはならなかったのだが。
ユイだけがわたしを本当に必要としてくれる。
優越感からくる可愛さが、泥のような欲望へ変わるのにそれほど時間はかからなかった。
あれほど嫌悪していた性愛の感情は、ミーシャの乾いた心のひび割れに粘りつくように入り込んでいった。
「ユイ……………………」
こっそり持ち出したユイの下着を使って自分を慰めることも、いつしか後ろめたさがなくなっていた。
敵味方を問わず警戒することが日常だったミーシャにとって、ユイはあまりにも無防備すぎる。
毎日あられもない姿を見せてくるユイが悪いのだ。
こんなことでもしない限り、ユイへの欲望が抑えられなくなってしまう。こうして己を発散させることでユイを守っているのだ。だから、これは必要なことだ。そう自分に言い聞かせる。
「ユイっ…………ユぃああっ! …………あぁっ………………」
想像の中のユイの笑顔に向けて、どろどろとした性欲の塊を吐き出した。
ある日、いつものように冒険者ギルドに報告を済ませた帰りにミーシャは声をかけられた。
「こんにちは。ミーシャさんですよね」
「そうですけど、何か……」
ミーシャは声の主を足の先から頭まで、無遠慮に眺めた。
冒険者。それもよく使い込まれた上等な装備品を身に付けている。声から感じる余裕もある。間違いなく高位の冒険者だ。
またこのパターンか。ミーシャは相手の発言を待たずに断りの言葉を告げようとした。
「悪いけどわたし――」
「ユイさんはご一緒ではないのでしょうか?」
「え?」
どうしてここでユイの名前が……?
ミーシャは戸惑った。
目の前の男が続ける。
「以前、ぼくが駆け出しだったころ、ユイさんの魔法に命を救われたことがあったんです。とても強大で、激しい魔法でした。一緒に戦っていたパーティーメンバーからは散々な言われようでしたけどね」
そう言って、さわやかに笑って見せる。
何が言いたいんだろう。ミーシャは言葉を挟むこともできずに聞き続けた。
「そのときのことが忘れられなかったんです。あの魔法が……。それで、実は先日こっそり見せてもらったんです。やはりぼくの目に狂いはなかった。ユイさんの魔法は確実に強くなっている。あの威力は素晴らしい」
「それって……」
「はい。ぼくはユイさんを自分のパーティーに加えたいと思っています。もちろん、お二人の同意が得られればですが」
ミーシャの握りしめた手に、じっとりと汗が滲んだ。
「ミーシャ~、遅くなってごめんね~。おトイレ壊れてて大変だったんだよ~」
ユイがやってきた。
「あっ、ユイさん! またお会いできてうれしいです。覚えてませんか? 以前ユイさんに命を助けてもらった――」
男の名前を聞いて、ユイがぱっと顔を輝かせた。簡単な作戦も覚えられないくせに、あの男の名前は覚えていたらしい。
彼は「ぼくたちの実力を見て決めてほしい」と申し出た。
見事なものだった。前衛と後衛が噛み合い、まったく危うさを感じない。上位のパーティーとはこういうものかと感動すら覚えてしまう。
「ここにユイが入り込む隙間なんてあるの?」
ミーシャは本心からそう思って、男にたずねた。
連携が完璧であればあるほど、ユイの魔法は全てをぶち壊してしまうだろう。
「それはこれからお見せします。ユイさん! 次の魔物はユイさんにも手伝ってもらえませんか?」
「えっ、ユイが?」
いきなりそう言われて、ユイはびっくりしているようだった。
「はい。是非ともユイさんに魔法を撃ってほしいんです」
「で、でも、ユイの魔法、危ないってよく言われるから……」
「問題ありません。ユイさんは好きなときに撃ってください」
自信ありげに男はそう言った。
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