第2話

 町へ帰ったミーシャたちは冒険者ギルドを訪れていた。受けていたクエストの報告をするためだ。

 

「カゼキリオオカミのクエストですね。証明部位の尻尾が4体分と――あら? 魔昌石が2つしかありませんよ」

「ああ、それはなくしてしまって……」


 ヨロイグマと戦った場所が狼の死骸と近かったせいで、ユイの魔法による爆発で魔昌石がどこかへ飛ばされてしまったのだ。結局探しても2つしか見つけられなかった。


「そうですか……。では残念ですが、2体分の報酬は減額とさせていただきます」

「はい……」


 ギルド職員の申し訳なさそうな声を聞いてミーシャは肩を落とした。高値のつく毛皮が燃えてしまい、持ち帰ることができなかったのも痛い。クエストの報酬はたかが知れているので、むしろ毛皮がメインと言ってもよかったのに。

 そういえば、とミーシャは顔を上げた。


「実は、途中でヨロイグマに遭遇して倒したんですけど」

「ヨロイグマですか? それはすごいですね。三ツ星指定の魔物ですので評価も上がりますよ」

「本当ですか?」

 

 ユイとパーティーを組んで以来、ミーシャの冒険者としての評価は停滞していた。それが久しぶりに上がると聞いて、落ち込んだ気分も吹き飛んだ。

 ミーシャの嬉しそうな顔を見て、ギルド職員も声を弾ませた。

 

「はい! では魔昌石と、指定の部位は……こちらも尻尾ですね。拝見させていただきます」

「あ……。実は、尻尾が取れなくて魔昌石と足の爪しかないんですが……」


 ミーシャの喜びは再び地に落ちた。

 

「そ、そうですか。それだけですと討伐証明はちょっと……難しいですね……。で、でもヨロイグマでしたら甲皮を高額で買い取らせていただきますよ!」


 ギルド職員がミーシャを落ち込ませまいと、素材の買い取りに話をすり替えた。

 だが、ヨロイグマの有用な素材はすべて消し飛んでしまったのだ。ユイの魔法によって。

 

「すみません。魔昌石だけで買い取りをお願いします……」

「あっ、はい」



 ヨロイグマは体内の魔力の殆どを甲皮の成長に費やしてしまうため、その魔昌石は非常に小さい。買い取り価格も苦労に見合う額ではなかった。

 ため息をつきながら受付カウンターを離れるミーシャに、朗らかな声が呼び掛けた。

 

「ミーシャ~! どうだった!? 報酬もらえた?」

「……まあね。はい、これ。ユイの分」

「わーい。やったあ」


 大した額でもないのにはしゃいでいるユイを見て、ミーシャは自分が冒険者を始めたばかりの頃を思い出していた。

 そうだ。また一から始めたつもりで頑張ろう。いまはユイがそばにいてくれるし。

 ミーシャは、ふぅと肩の力を抜いた。

 

「あのね、ユイが素材を燃やさなければもっともらえたんだからね」

「えー? そうなのー? ごめんね、ミーシャ」

「え? いや、まあいいわよ、べつに」


 上目使いで殊勝なことを言うユイに、ミーシャの心はほだされていく。

 そこへ――


「あれ? やっぱり。ミーシャじゃないか」


 振り向くと、見知った顔があった。ミーシャは顔をしかめる。

 男は同行者に先へ行くよう促してミーシャに話しかけてきた。

 

「まだあのちびっこと組んでるのか。なあ、また俺のパーティーに入らないか?」

「その話は前にも断ったでしょ」

「そうだけどさ、なんだか苦労してるみたいだし」


 そう言って、男がミーシャの全身を眺める。泥に汚れた姿はみすぼらしく、装備品も以前一緒にパーティーを組んでいたときのままだった。

 修理して使うのも限界が近い。だが、新しい装備を揃える金銭的余裕がないのだ。

 それに比べて男は金回りが良さそうだった。装備品は新しく、ミーシャの目から見ても良いものであることがわかる。

 男が冒険者手帳を自慢げに見せた。

 

「俺たち、三ツ星ランクになったんだ」

「そう」

 

 ミーシャの心が冷えていく。

 

「ちびっ子のことが心配なら一緒に引き取ってやってもいいんだぜ? だから俺と――」

「やめて」

 

 男の言葉を、ミーシャが強い口調で遮った。

 

「あなたの期待するような関係になるつもりはないって言ったでしょ。もうわたしに声をかけてこないで。いくよ、ユイ!」

 

 これ以上みじめな姿をユイに晒したくはなかった。

 冒険者ギルドから出たあとで、ユイが聞いてきた。

 

「よかったの?」

「なにが?」

「だって、あのひとたち三ツ星なんでしょ? せっかくパーティーに誘ってくれたのに」


 能天気な口調でユイがつぶやく。


「いいのよ。わたし、あのひと嫌いなの」

「ふーん。いいなあミーシャは。いろんなパーティーに声かけてもらえて」

「あんたは追い出される側だもんね」


 じくじくとうずく心が、意地悪な言葉を吐き出した。

 

「うー。そうだけどぉー」


 口を尖らせるユイを見て、言う必要のない言葉を言ってしまったとミーシャは悔やむ。


「ごめん……」

「あーあ。ユイも早くミーシャみたいに強くなって、素敵なひとからパーティーに誘われたいなー」


 恋に憧れる乙女のように、ユイが空を見上げて言った。

 胸が痛い。

 ユイの望みは、ミーシャからの巣立ちなのだ。

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