大好きな幼馴染を殺しかける話
ささみし
第1話
ここは山深い森の中。
一人の少女が狼の群れを相手に戦っていた。
その動きは流麗だった。手にした短剣を逆手に持ち直し、向かってくる狼を紙一重でかわしながらすれ違い様に切り裂いていく。
4頭いた狼も、残りは1頭のみ。体勢を建て直して少女がナイフをかまえた。
と、そこへ――
「うわーん! ミーシャたすけてー!」
森の静寂を突き破って、甲高い声が響き渡る。
走ってくるのは子供みたいに小さな少女。手に持っている長い杖は魔法使いの証だが、少女の背丈には見合わない。まるで杖に振り回されているようだ。
その少女の後ろから、巨大なクマが追いかけてくる。
「ユイのばかっ……! じっとしててって言ったのに!」
愚痴をこぼしながら、ミーシャは襲いかかってきた狼を顔も向けずに斬り伏せた。
「まったくもう!」
ミーシャはクマに追いかけられているユイのもとへ走った。
「ちょっと! これヨロイグマじゃない!?」
走りながら、ミーシャはベルトから簡素な作りのナイフを取り出して、クマに向かって立て続けに投擲した。
最初の2本が甲羅のような皮膚に弾かれ、1本は辛うじて甲羅の隙間に突き刺さった。クマがナイフを嫌がってミーシャに顔を向ける。その顔に最後の1本を投げつけた。
ナイフが右目に突き刺さる。クマが怒りの咆哮をあげた。空気がビリビリと震える。
クマの怒りを買ったミーシャはもはや逃れることはできなくなった。やるかやられるかの戦いが始まった。
「ユイ! こんなのわたし一人じゃ無理だからね! あんた責任取って倒しなさいよ!」
「まかせてミーシャ。愛してるっ」
「無駄口叩いてないで、さっさと詠唱!」
「はーい」
ミーシャはクマの突進をかわしながら、すらりと抜いた短剣で切りつけた。皮膚の柔らかそうな部分を狙ってみたが、傷は浅く致命傷にはほど遠い。
「やっぱり、これだけ大きいと急所でも狙わないときついわね……!」
クマは後ろ足で立ち上がって威嚇の姿勢をとった。
ミーシャの身長は平均的なものだが、立ち上がったクマの前では幼子のように小さく見える。
クマは振り上げた前足を、ミーシャの首もとを狙って振り下ろした。
間一髪で回避する。ミーシャの背後にあった大木の幹がざくりと裂けて倒れていく。ミーシャはひやりとした。当たったら、革の鎧なんて体ごと真っ二つだ。
「早くしてよね、ユイ……!」
襲いくる猛攻をぎりぎりでかわしながらミーシャが言い捨てる。少しのミスが命取りだ。いつまでも避け続けていられる自信はない。
「せーの、ふぁいやーぼーる!」
「わっ、ちょっと!」
ミーシャは慌てて逃げ出した。
クマも後を追って動き出したが、ミーシャの姿を遮るように巨大な火の玉がすぐ目の前にまで迫っていた。
ユイの放った大火球がクマに命中した。その瞬間、周囲の景色がぐにゃりと歪む。
すさまじい爆発が起こり、周囲に熱と炎が吹き荒れる。クマの上半身は跡形もなく消し飛んでいた。
「やったぁー!」
飛び上がって喜ぶユイを見ながら、ミーシャは立ち上がった。
地面に伏せたおかげで吹き飛ばされることはなかったが、愛用の革鎧は泥まみれになっていた。
「ユイっ! わたしを殺す気!?」
「てへっ」
ユイはぺろりと舌を出しておどけて見せた。ミーシャの怒りのボルテージが上がる。
「魔法を撃つ前には合図してって、いつも言ってるでしょ! 避けられたからいいけど、もし当たってたら、わたしもああなってたんだからね!?」
ミーシャが指差した先には、かつてクマだった肉片が転がっている。辛うじて原型を留めているのは後ろ足くらいなもので、そこから上の部分は破片と化して飛び散ってしまい、遠くから見ると地面についた赤い染みくらいにしか認識できない。
「だって、ミーシャなら避けてくれるって信じてたからねっ。さすがあたしたち。絶妙な連携だよね!」
「なーにが連携よ! ユイが無計画に撃った魔法をわたしが避けてるだけじゃない。そんな調子じゃ、いつまで経ってもどこのパーティーにも入れてもらえないわよっ」
「そんなこと言われても。ユイはミーシャ以外と組むつもりないし」
「えっ? ど、どうして……?」
いたずらっぽく笑いながら話すユイの言葉を聞いて、ミーシャの怒気が一瞬にしてしぼんでいく。
なにかを期待するような眼差しを向けて、ミーシャはユイの答えを待った。
「だって……」
「だって?」
「ミーシャは絶対に避けてくれるから、遠慮なく魔法が撃てるんだもん」
「ああ、そうね。そんなことだろうと思ったわ」
期待に輝いていたミーシャの目から光が消えていく。
「前のパーティーのひとなんて酷いんだよ? ちゃんと撃つまえに知らせたのに全然逃げてくれないの。ユイのせいで素材がなくなったとか怪我したとか言われて追い出されちゃったんだから」
「それは……あんたが悪いんじゃない?」
「ぶー。ミーシャまでそんなこと言うの? もうきらいっ」
ぷいっとふてくされたようにユイがそっぽを向いて、ミーシャは慌てて謝った。
「ご、ごめん……! そんなつもりじゃ」
「うそだよっ。ミーシャははっきり言ってくれるから好きだなあ」
「好きとか簡単に言うんじゃないわよ」
「でも、ミーシャはどうしてユイとパーティー組んでくれるの? 誘ってくれるひといっぱいいるのに」
「あんなの――」
ミーシャはユイから顔をそむけて、一瞬悔しそうに歯噛みした。
顔を上げてユイに向き直ったときには、もう普段の表情に戻っている。
「わたしは信用できない人と組みたくないの。それに、ユイを放っておくわけにもいかないでしょ。野垂れ死んだら後味悪いし」
「ミーシャ……。やっぱり持つべきものは幼馴染みだね! 待っててねミーシャ、いつか五ツ星冒険者になって楽させてあげるから!」
「はいはい。期待せずに待ってるわ」
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