No chaser 05 口出し無用に願いたい
「あれ? セイはどうしてメイド服を着てないんだい?」
掃除をするワタシの後ろからリンドが声をかけてくる。セイというのは
いや、袖口や襟元が窮屈だし、あんなピラピラした格好では仕事にならん。人前に出るわけではないし、小袖に野袴で何も問題はないだろう、旦那様?
そしてリンドのことを旦那様と呼ぶのは、中仕事の時はそうするようにと南郷殿に言われているからだ。
「そう言わないで着てごらんよ。せっかく取り寄せたんだから」
ああ、分かった分かった。狩りから帰ったら着替えるから。
「そういうわけにはいかんぞ、セイ。守護剣士のときはセイリュウ、側仕えはセイ。しっかり分けてこなして貰いたい」
そこに南郷殿が口をはさむ。ワタシは回り舞台で一人二役を演じる役者か?
「
ヤジ殿よ、そうは言うが「その呼び方も! ワシのことは屋敷の中では南郷と呼ぶように」はいはい、南郷南郷。
「くっ! 本当ならその言葉づかいも……」
「まあまあヤジさんも。セイもそんなにいっぺんにはできないよ」
「だ、旦那様まで! そんなことではいけませんぞ!」
ワタシは屋敷の中仕事と結界の外にでるときとで、セイとセイリュウの名前を使い分けている。ワタシだけでは不公平なので南郷殿にもヤジさんという愛称をつけてあげたのだが、怒るときのカイゼル髭の震え方が可笑しい。だが怒る前にいい加減に人を増やしたらどうなんだ?
「セイにも迷惑をかけるね。僕が不甲斐ないばっかりに」
「旦那様、それは言わない約束でしょう!」
どこかで聞いたような台詞だな。この家がどん底なのはよく分かった。仕方ない、貸しにしておいてやるか。
「ではヤジさん、セイさん、よろしく頼みますよ」
お前は楽隠居の身分じゃないだろう!
『では南郷殿、拙者は狩りに行ってくる』
言われたように言葉を改めてみる。それを見て南郷殿が満足そうにうなづく。
手が空いたときには結界の外へ狩りに出る。たまに懇意の物売りが来てくれるが、日持ちする食料ばかりでは飽きてしまうし栄養も偏る。
「済まんが頼む。さすがにここを留守にするわけにはいかんのでな。まあ、たまにはワシも愛刀を存分にふるってみたいがな」
本当は狩りも交代でするつもりだったのだが、南郷殿は性分のせいか大物を狙って仕留め損なったり、刀でやたらに斬るので素材の質が落ちてしまう。丁重にお断りしてワタシがやることにした。試し切りは庭木の枝払いぐらいで我慢してほしい。
あの立ち合いのあと、ワタシが10歳にも満たない事、しかも女だと知って南郷殿はひどく落ち込んだ。しかし折れた愛剣のかわりに刀を一振り進呈するとたちまち機嫌が直った。刀は父が持っていたうちの一振りで、影打ちで銘はないが決して安物ではない。しかし単、いや分かりやすい御仁でよかった、本当に……。
「しかしメイド服のことだが、そこまで嫌がることもあるまいに」
それをまた蒸し返すか。そんなに和装が気に入らないか? まあやたらとうるさく言われてワタシが意固地になっているのもあるのだろうが。
「それに昔から言うではないか。馬子にも衣装、と」
『……ほう? ではその言葉と一緒に、料理当番の
「なっ、それはひどいぞ! ほんの冗談……いや、失言だった。勘弁してくれ」
夕刻、狩りを終えて屋敷に戻った。猟果は野鳥が3羽。上々だな。それと罠に兎が掛かっていたのでそちらは野菜と交換した。洋装ではこういう気安い買い物ができない。
外で鳥の羽根をむしって調理場に入ると、リンドが顔を覗かせた。
「お帰り。今日も良かったみたいだね。ありがとう」
ああ、久しぶりにひとり一羽ずつだ。期待していいぞ。
「でもその格好のまま料理するのかい? コックコートもあるよ」
その度に洗濯物が増えるのもな。メイド服は給仕の時に着替えよう。
「そんなに嫌なのかい? ならこっちにする? 女給の服だけどこれもかわいいよ」
そう言ってリンドは持っていた広告の紙をワタシに見せる。央都に開店した洋食レストランらし……なっ! さらにスカートが短いじゃないか! これじゃあ屈めないし掃除をするにも身が入らない。それになんでこんなに胸を強調した作りになっているのだ? この女給は仕事そっちのけで媚を売ってるとしか思えない。この店はそういう場所なのではあるまいな? まさかリンドも?
「それはないよ。でもセイのそれは焼き餅なのかい? ふふっ、うれしいなぁ」
ちっ、違! だからそのキラキラ顔はやめろといってるだろう!
「駄目。さあどっちを着てくれるのかな? 日替わりでもいいよ」
ああもぉ! 着ればいいんだろう? ただし屋敷のなかだけだからな!
「それで構わないよ、ふふっ……それとセイはもう少し笑うといいよ。元々かわいいんだから」
ちょっ、リンドぉぉぉ! ……わ、分かった。ここはあたしの負けでいい。だからもう
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