No chaser 04 油断も隙もあったもんじゃない

「では真剣勝負、両者とも後に恨みは残さないこと。いいね?」

『ああ、拙者はもとより』

「収納魔法には驚かされたが愛剣を手にした剣士は別格、そのことを教えてくれる!」

 そう言うからには南郷殿は何か策があるのだろう。リンドがお祈りポーズの子犬の目でワタシを見る。大丈夫だ、命までは取る気はない。

(でもケガしちゃうんでしょ? たくさん血が出ちゃうんでしょ?)

 ……ああもぉ、気が散るからそのお祈りを止めろ! だったら怪我もさせん!

「さあ掛かってこい!」

『いざ……参る!』


 攻防の展開は一緒、南郷殿が守りに徹しワタシが攻める。南郷殿の愛剣は重ねも厚く、木剣より手のひらひとつ分は長い。そしてその差があと一歩の踏み込みをためらわせる。ならばと低く構え膝を狙うが、ここで南郷殿の構えが変わる。

「攻めに何の工夫もしていないと思ったか? 簡単に崩せはせんぞ」

 南郷殿の両腕が顔の横で交差し、剣が前に突き出される。一見して霞の構えに似ているが、長い剣の先が柳のように垂れ下がっている。これがくふうか。ワタシの剣が南郷殿の剣に撃ち込めば、その勢いを利用し剣をしゃにして、体の伸びきったところにカウンターを見舞う。それ以外の場所への攻撃は体が崩れて隙だらけになるため、ワタシは真っ向から打ち合うしかない。なるほど、よく考えられている。


 ワタシは刀を鞘に収めた。それを南郷殿は不思議そうに見る。

「どうした? まさか降参ではあるまい」

 そう言いながらも構えは解いていない。

『ああ勿論だ。折角だから南郷殿の技に応えて拙者もひとつ隠し技を披露しようと思ってな。……ついてはひとつ賭けをしないか? 拙者のこの技をしのげれば南郷殿の勝ち、防がれれば拙者の負けというのでは?』

「隠し技だと? 大きく出たな。いいだろう、その勝負受けて立つ!」

 南郷殿はカウンターの構えのまま、ワタシは納刀したままで、両手をだらりと下げ間合いを詰めていく。南郷殿の焦れに期待するのは無駄だろう。……ならば仕掛ける!


 制空権への踏み込みにすかさず南郷殿が反応する。しかしワタシは次の瞬間後ろに跳んで手を叩く。ぱん! と鋭く鳴る猫だましと同時に南郷殿の左へと回り込んだ。

「こしゃくな真似を! そこか!」

 南郷殿は死角・・からの攻撃に対して一拍の遅れがある。そして無意識なのだろうが、必ず同じ軌道で剣を振ってくる。これを待っていた!

 刀が一瞬青白い光を帯びる。刃に【気】を纏わせる付与術だ。

 抜刀一閃! きぃんと鋼の打ち合う音がする。

「セイリュウ殿!」

 リンドの位置から見ればワタシが斬られたように見えただろう。しかしその悲劇を、地面に突き刺さる半分になった・・・・・・南郷殿の長剣が否定する。

「そんな……わが愛剣が折れ、いやこれは……剣を斬った、だと?」

 残りの半分を手にした南郷殿ががっくりと崩れ落ちる。芯を巻いた重ね厚の剛剣といえど、鍛錬して造った刀には敵わない。そこに更に【気】を流して切れ味と強度を倍加しているからな。抜刀居合の隠し技、名付けて【烈斬】。

『悪いが付け入らせてもらったぞ。見えていない・・・・・・のは知っていたからな』

 そう言って刀を納めると、リンドがワタシの側に立つ。

「南郷、僕からも詫びを言わせてくれ。こういう事でしかお前を止められなかった」


 この立ち合い、実はリンドが来る道すがらワタシにこぼした愚痴がきっかけだった。南郷殿が一線を退いた後も守護剣士の過去を捨てられないでいる事、そのせいで衰えを押して体を壊すのではないか、左目が悪いのを隠して無茶をするのではないかと。

「……いえ、ワシも分かっていたのです。ようやく踏ん切りが着きました。これからは真に家令としてお仕えさせていただきます」

「ありがとう、頼りにしているよ」

 これで円満解決だな、よき哉。さて報酬を貰って帰るとするか。

「それにこれほどの腕前ならば、守護剣士の役目も立派に務まりましょう。重畳重畳」

 は?

「南郷もそう思うかい? まさか話に聞くサムライとは思わなかったけど、引き合わせてくれた神様には感謝しかないよ」

 はぁぁ?

「ではよろしく頼むぞ、セイリュウ殿。いや実を言えばワシももう一人ぐらい雇ってもらった方が有難いとは思っておったのでな」

 リンドと南郷殿がそろってワタシを期待の目で見つめる。

 はぁぁぁぁ! ど、どういう事なのだァッ、説明しろリンドォォォォ!


「えっ? だから報酬・・に君を召し抱えて、この屋敷に奉公してもらおうかと思って」

 何でだ! どこで間違えばそんな話になるのだ! たしかに仕事を探しているとは言ったが……。

「不服か、セイリュウ殿。丁度よいではないか? 貴族に奉公できるなぞ滅多にないことなのだぞ」

「南郷でなくても守護剣士は必要だからね。それに辺境このあたりで衣食住が保証されている仕事場なんて他にないよ?」

 わ、ワタシは流れ剣士だぞ? 家名にも傷がつくだろう! 貴族の礼儀など何も知らないし……。

「そんな事は気にしなくていいよ。僕は<真名>無しの【下洛貴族】だからね。それに承知してくれないと僕も困るんだ」

 えっ? それはどういう……。

「実は南郷のあの剣、報奨で下賜された家宝でね。直したらいくらかかるのかなぁー、報酬と相殺というわけにはいかないし……どうすれば帳消しにできるかなぁ……」

 こここの策士めがぁぁぁ! 貴様、わざとだな? これを最初から狙っていたんだな!

「ん? 何かまだ不満があるなら聞くよ?」

 リンドがワタシにまたキラキラした笑顔を見せる。ここでそのぶきはずるいぞ! まったくこれだから貴族というやつは……油断も隙もあったもんじゃない!

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