No chaser 03 武士のたしなみというやつだ

「さあ、お前も剣士ならそれを取れ! 老いたとはいえもと守護剣士、ワシが直々に稽古をつけてくれる!」

 南郷殿は持って来た木剣の2本のうち、1本をワタシの足元に放り投げる。諸刃の直刀だ。

『しかし木剣とは言えもう少し大事に扱うほうがいいと思うがな。学校で習わなかったか? もしか寺子屋だったか』

「そんな昔なわけがあるか! 小僧がワシに説教とは片腹痛い。さあ剣を取れ!」

『そうしてしゃがんだところを「隙あり!」と狙うんだろう? 寺子屋仕込みのその手はちと古いぞ』

「貴様、どこまでワシを愚弄する気だ! そんな真似は剣士の恥だ!」

『声が大きいと言ってるだろう。しかしどうせならそっちの剣を貸してもらおうか。そのくらいはしてもらって構わんだろう?』

「何をたくらんでおる? フン、まあよいわ……ほれ!」

 南郷殿が木剣を放る。その瞬間にワタシは手前の木剣を拾い、一気に詰め寄り無手の南郷殿の喉元に剣を突きつける。ワタシの後ろで投げた木剣がからんと落ちる音がする。

「な、何を! 卑怯だぞ、こんな……」

『目は覚めたか、南郷殿? 卑怯? それこそ片腹痛い。拙者が刺客ならここで終わり。しかしあくまで稽古と言われるならそれでも結構。……では2本目といこうか。剣を拾われるがいい』

 ワタシが剣を引くと、南郷殿は後ずさりながら投げた剣を拾いにいく。ワタシの目を見たままで。ようやく隙が無くなったな。


 お互いが場所を入れ替わって、南郷殿が剣を中段に構える。対してワタシは剣を寝かせて右に構えた。その動きに反応して南郷殿は剣先をずらし、わずかに体を変えた。なるほど・・・・、やはりリンドの言ったとおりだな。

『では拙者からいくぞ』

 ワタシは構えを八双に変え間合いを詰めた。

 守護剣士の本分は守りだ。身を挺して主君を守る。剣もそのために重厚な物を選ぶ。そしてそのためには強靱な足腰と膂力が要る。つまり老いては務められない。

 それを実感してもらうために、ワタシは意図して手数を増やして打ち合った。流石はもと守護剣士、それに慌てた様子はない。それでも10合、20合と打ち合うと、立て直しが遅れて対応できなくなる。そして体が流れたときに剣を巻き落とす。南郷殿は再び無手となった。


「勝負あったな。それまで」

 成り行きを見守っていたリンドが声を掛ける。しかし南郷殿は引かなかった。

「し、真剣ならば! 我が愛剣ならこのような不覚は取りませなんだ。今一度!」

「よさないか、南郷。セイリュウ殿もここまでに」

『拙者は構わんぞ。それで南郷殿の気が済むならお相手しよう』

「セイリュウ殿?」

 これはリンドとの打ち合わせ・・・・・には無かったことだ。しかし剣に生きる人種というのはこうなってしまっては退けないものなのだよ。……くっ、そんな泣きそうな顔をするんじゃない。捨てられた子犬か!


「感謝する。では、貴殿にも剣を……」

『それには及ばん。ここにある・・・・・からな』

 そう言ってワタシは【七つ道具】から刀を取り出し、腰帯に差す。

「「えっ? はぁ?」」

 何を驚いているのだ? 寸鉄も帯びずに外に出る訳があるまい。武士のたしなみというやつだ。 

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