No chaser 02 全くもって心臓に悪い


 リンドが<真名>を名乗らなくても、ワタシは魔子マミを感知して何となくの素性を察していた。しかし本来央都にいるはずの魔法使いきぞくがどうしてこんな辺境にいるのか? この寒村にバカンスでもあるまい。


「ちょっと待っていてくれないか。今向こうと繋げるから」

 そう言ってワタシの背中を下りたリンドは、何かを唱えながら目の前にある腰高の石に触れる。一瞬あたりがぐわんと震えたような気がした。これは結界だな?

「さあ行こう。僕ならもう歩けるから大丈夫」

 家人かじんに弱いところは見せられないのだろう。ワタシもリンドの後に続く。

 たどりついたのは居久根いぐねに囲まれた洋館ふうの屋敷だった。

 二階建ての木造で屋根も瓦葺きだが、それも含め全体が白く塗られ、それなりの雰囲気は出ている。庭にあるのがガゼボではなく草庵だったのはご愛敬だが。

 後で聞いてみると「茶を飲むのに<がぜーぼ>では味気ない」とそこは南郷殿が譲らなかったのだという。


 リンドが到着するとその南郷殿が駆け寄ってくる。

「ああ南郷、心配をかけたね」

「旦那様!」

 彼はリンドに仕える家令で南郷弥十郎なんごうやじゅうろう殿。元々は守護剣士だったとか。42歳。一見して堅物と分かる。なるほどリンドに聞いたとおりだな。


「ところでこちらの方は?」

 南郷殿がいぶかしげにワタシを見る。こいつは敵か味方か、彼の頭の中ではまずそれなのだろう。

『拙者はセイリュウ。森でケガをしたこちらの旦那殿を助けてここまで連れてきたのだ。そんなふうな目で見られる覚えはないな』

 ワタシはわざと強い言葉で言う。リンドの顔は「大丈夫か?」と言いたそうだったが、それを目で制する。ここは任せてもらいたい。見くびられてはこの後の話・・・・・が続かない。

「ケガだと? 旦那様、一体どういう事ですか!」

「ああ、ちょっと結界の外に出てみたら」

「結界の外ォ!」

「ちょうど獣獲りの罠にかかってしまって」

「け、獣獲りの罠にィィ!」

「宙吊りになっていたところをセイリュウ殿に助けてもらったんだ」

「ち、ち、宙吊りィィィ!」

「落ち着いてくれ、南郷。お前からもセイリュウ殿によくお礼を」

「は、はあ……それはお手数をお掛けして」

『いや、礼はすでに旦那殿から頂いた。それよりもおかげで拙者の晩飯がふいになってしまった。その代償を報酬がわりに頂戴したい』

「は? 晩飯? 報酬? 貴殿は何を言っておるのだ?」

『分からないか? リンドがひっかかって駄目にした罠を弁償してくれと言っているのだが?』

 ……おっと、うっかりリンドと呼んでしまったな(棒読み)。

「な、何だと! では旦那様にケガをさせたのは貴様という事ではないか、盗人猛々しい! それに旦那様を気安くリンドなどと呼びおって! 無礼にも程がある!」

『しち面倒な御仁だな。リンドはよくこんなの・・・・を雇っているな?』

「そう言わないでくれ。南郷にもいいところが沢山あるんだよ」

『だからと言って人の話を聞かなくていい事にはならないだろう。ああ、声が大きい方が偉いと思ってるような御仁とはこれ以上話しても無駄というものだな』

「こ、この無礼者が! 小僧のくせに、そこを動くなよ! その性根をたたき直してくれる!」

 激高した南郷殿は言い捨てると屋敷の中へ飛び込んでいく。

 それを見てあたしがリンドに、こんなものでどうだ? と目で問えば、リンドは「上出来」とばかりに軽くウインクしてワタシに笑って見せた。

 そ、そういうのは他所でやってくれ! ……ふう、全くもって心臓に悪い。

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