No chaser 01 一目惚れ? いや、無い無い

 春とはいえまだ寒い日だった。その静かな森の中でワタシたちは出会った。ワタシが7歳、麒麟人は9歳だったと思う……。



「僕のことはリンドと呼んでほしい。『様』とかもいらないから。その方がうれしい」

 この辺境あたりの人間がみんな和装なのに、彼だけはワイシャツに半ズボン、革靴という洋装だった。彼が名乗った名前が<真名>ではないことに違和感を感じたが、ワタシはあえて聞き流した。気を使わせまいとしたのだろうからな。

 名乗ったときリンドはふわっとした笑顔を見せた。今思えばその笑顔に魅せられて、ワタシもつい一目惚れ……なんてことはなかった。その最大の理由は、リンドがワタシの仕掛けたくくり罠に足を引っかけて宙吊りになっていたからだ。

 こんちきしょう、ワタシの晩飯の当てをどうしてくれる!


『拙者はセイリュウ、流れ剣士の息子・・だ』

 リンドに名前を訊かれ、ワタシは作った男声でいつもの嘘をついた。女だと知れると後々面倒くさいというのもある。

「良い名前だね。早速で悪いんだが人を呼んできてくれないか。そろそろこの景色にも飽きてしまってね」

 逆さまになったままなのに、笑みを絶やさずリンドはそう言ってのけた。これが貴族の矜持、ノブレス・オブリージュというやつなのだろうか。だったらどこまでいけるのか、もう少し見ていたい気もするが。

『その必要は無い。今下ろしてやるが、そのまま動くなよ。手元が狂うからな』

 そう言ってワタシは近くの笹の葉を一枚取り、【気】を込めて投げる。ぴんと張った縄がぶつりと切れた。小さく声を漏らして落ちてきたリンドを下で受け止める。軽すぎるだろう。ちゃんと飯を食ったほうがいい。


「すごいな、君は! その年でもう一人前の剣士なんだね」

 リンドはワタシの腕の中でキラキラとした笑顔を見せる。いいからそれをやめろ! か、顔が近すぎるぅ!

『と、兎に角送ろう。足を痛めては歩くのもきついだろうから背負ってやろう』

「えっ? それはちょっと人目が……いちおう僕は貴族だし」

『やせ我慢も大概にしろ。ここに拙者とリンドの他に誰がいる?』

「それに、女の子に背負われるのは男として……」

 はっ? 何を言って、わワタシは……いかん女声になってしまった。

「えっ、分かるよ? だって体がごつごつしてないし匂いが違……ご、ごめん! 君が臭いって意味じゃないんだ」

 匂い? くっ、これだから貴族おんなたらしの鼻は侮れん! だがここはとぼけてやりすごそう。そうじゃないと恥ずかしいじゃないか、その……色々と!

『な、何の事でござるかな? ささ、遠慮はいらん! ……は、早くしろ!』


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