Count 34.1 狼と虎、そして獅子
その男は背負い袋ひとつで道場にふらりとやってきた。
「お主、生きておったのか。死に場所を探しに行ったのかと思っとったが」
長伝寺陽堂がそう憎まれ口をたたくと、【拳狼】ボルティスがにやりと笑う。
「缶詰に飽きてこっちの魚が食いたくなってな。食うまで死ねるか」
道場の磨いた床に寿司桶と一升瓶が置かれ、胡座で向かい合って手酌がすすむ。
「そんなにがっつかんでも逃げんぞ? お互い年なんじゃから」
「食えるときに食うのが戦場の
「わっはっは。そんなに織江さんの飯は口に合わんか?」
「皆鼻をつまんで食う有様だ。肉も何であんなに薬臭くしちまうのか。青緑のソースも食う気が失せる」
「スパイスとミントじゃろう? 戦場で敵の矢より食中毒に当たって死んだなんて笑えんからな。……っと、酒がもう無いか? ちょっと待っとれ」
「グラスと氷も頼む。土産に置いていくつもりだったが
立とうとする陽堂にボルティスが紙に何重にもくるんだ酒瓶を出して見せる。
「ウイスキーか。かなりの年代ものじゃな?」
「この前に
「包んだその紙からも
グラスを手に陽堂が戻って来る。一緒に盆に乗せてきたつまみにボルティスが興味を示す。
「から煎りのくるみとアーモンド。それと、たくあんというやつか?」
「それを囲炉裏の煙で燻したいぶりがっこじゃよ。スモーキーな酒には合うと思ってのう」
座り直して互いのグラスを合わせる。
「……ほう、悪くないな」「じゃろう?」
「……ところで、あいつはどうだ?」
「どう、とは? さすがに気になるか」
にやりとからかうように笑って、陽堂がボルティスのグラスに酒を注ぐ。
「オリエベルがやれ野生児だガサツだ何のと悪態ばかりつくからよ。死んでなければ俺は一向にかまわん」
「織江さんのは愛情の裏返しじゃろう? 安里もそれは十分わかっとるわい。今は要くんもおるしのう」
グラスを口に運ぶボルティスの手が止まる。
「要だと? ……そいつは男の名前だな」
「なんじゃ? 一向にかまわんのじゃろう?」
「ふん。……俺はそいつが強いのか知りたいだけよ」
「殴り合いとは縁がないが、まあ
「加護女?
「その息子じゃよ。……ああ、お主には加護女より紅桃孤舟の娘といったほうが通りがいいか?」
「紅蓮の獅子か? また懐かしい名を……ならば獅子の血統か。それなら道理か。まあいい、
「親バカも大概にせい! 嫌われてどうする。お主も安里の花嫁姿を見たいじゃろ? ちゃんと遠くからでなく」
「む……」
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