25文字目 相棒
「何や忙しそうに騒いどる様見たらウチ安心してきたわ」
胸のサイズは本当に考慮していなかったらしく、悪びれる様子もなく言い放つカレン。
それに対して、人体が再生された元・レイスクイーンはというと―――
「ふっざけんじゃないわよこの胸のサイズの違いで優位性を得たつもりなの第一説明付かないことだらけじゃないどういうことなのかどうしたからこうできたのかどうやったらこんなこと出来るのか一から十までいや零から百まで全部教えなさいよこのオッパイマウント女!!」
元々の性格はこうではなかったはずなのだが、彼女本人も独白した通り裏切りに強い怨嗟を持って以降口調が強く荒くなってしまっている。
身体は元通りに近いくらいの再生を受けたはずなのに、一度変貌した人格までは変えられないということか。
「第一アンタ呪いトリガー引いといて傷一つないとか何なの!? アンデッドバカにしてんの!? デッドハラスメントよデッドハラスメント!!」
「デッドハラスメントってなんじゃい!何でもかんでもハラスメントつけたらええんとちゃうぞ!ったくどいつもこいつも何かあ~ったらす~~ぐ ハラスメント~ ハラスメント~~ って言いよる!お前ら語彙力ないんか!!」
「お前ら」が元・レイスクイーン以外に誰を指しているかはこの際置いておくとして。
「まぁええわ。一からも何も姉ちゃん言うとったんとちゃうんか? <一瞬懐かしい感じがした>とかなんとか」
「あ…まあ、確かに言ったけど…」
「これウチの勘違いやったら『はぁぁあぁ???』って顔しいよ。そうやないとウチが恥ずいだけやから」
「知らんわよそんなこと」
耳聡いようで、あの一瞬の言葉を確(しっか)と聞いていたカレン。
思い当たる節が一つだけあるようだが、これが小説とか漫画とかならすでに察しの付いた読者も少なからずいることだろう。
「姉ちゃん、実は――」
一呼吸置いて、カレンは言った。
「――――日本人やろ」
言の葉を向けられた彼女の動きが刹那だが完全に止まった。
その単語は、この世界に生きるものであれば素っ頓狂な反応が飛んでくるのが当然のもので、彼女の反応はこの世界の誰もが出来ないようなそれを正に表現する。
カレンの眼差しに吸い込まれるような奇妙な感覚を覚えながら、同時にこの世界で生きていた記憶『以外』の覚えが、走馬灯のように走った。
「にほん―――じん……」
「うちの発言が懐かしい思うたんやったら、理由はこれしかない。こない世界でそないな感覚得られるモンは存在し得んのよ」
元が日本人だったという彼女を以てして、元の記憶が走ったのは8才の頃の話。
今この場に至るまで、この世界ではない記憶が走らなかったのはおそらく理由があるのだろう、カレンはある程度察している。
「ほんで、これ多分ウチの勘なんやけど、姉ちゃん当時『呪われた』とかなんとか、言われとった覚えないか?」
「ん"ッ……あ"あぁ~~~………」
「『魔力なし』っちゅうんは、こん世界やと『呪われた血』やとか何かで呼ばれとるんやと」
「言ってたわ、そういえば。当時の村人に、魔力判定士の資格を持ちながらこんな辺境の地に住むことを好んだ男がいた」
彼女はカレンの前にすとんと正座するように腰を下ろし、カレンと向き合う形で言葉を紡ぐ。
「そいつは『魔力なし』とわたしを判定した後、ボソッと一言言ってたのを思い出したわ…『の…われ…』とか言うのが聞こえたから、多分それだと思う」
「やっぱしかー」
女人に似つかわしくない乱暴な手ぶりで自身の頭をぐしゃぐしゃと搔き乱しながらカレンは一息大きなため息を吐く。
前世界の記憶が蘇ってからというもの、カレンの察しの良さはこの世界の人物の中でも群を抜いていた。
しかも肉体を含めた実年齢が逆行しただけの、謂わば『記憶を持った状態で別の世界の幼女から人生を再開』している、実例一つ証明できない不可思議な現象から来ているため、前世界の肉体が持っていた記憶や体験がそのまま今の肉体にも引き継がれており、さらに言えば最終的に転生という形でこちらの世界に生まれ変わり実年齢も0からのスタートであるため、過去の記憶および体験を経験値として所有しているというアドバンテージを加味すると、元からあった察しの良さなどの人物性能にさらなる磨きがかかった上で今を生きているが故のものである。
敢えて好ましくない部分を挙げるとするならば、今の肉体の寿命が前世界を基準にしていた場合、総じて二人分の人生を生きているかというとそうでもない。
元々20代という若さで交通事故に遭い早逝している身だった彼女だが、本人からすれば8才の時に出会った『例の本』からが自分の人生の本番と考えているようであるので、大して深く考えている様相は無かった。
「なあ、ウチと一緒に来ぉへんか?」
「何でよ?」
「や、ほら、姉ちゃんをそない体にしたんはウチやし」
「だから?」
「ほっとかれへんやんか、せっかく肉体も返ってきたんやし」
「で?」
「復讐は長続きせえへんもんやよ。そんなんより楽しい思い出作るンが有意義なんちゃうかな…」
「ふーん。」
「それにウチと同(おんな)し魔力なしの呪われた血の日本人やったら、ウチの能力も使えるはずやよ」
「へー。」
「せやからさ~」
「なるほどね~」
しばらく押し問答が繰り広げられたが、カレンが声を大きめに顔を近づけて言う。
「バディ組もうや!ウチと姉ちゃんやったら怖いモン何もないで!!」
「う~ん……そういうことなら…」
元・レイスクイーンの彼女はふんぞり返ってあけすけに返す。
「大手を振って断るわ」
瞬間、彼女の頭がスパーン!!という大音量と共に何かによって強くはたかれた。
「なんッッッッッッッッッッッッでやねん!!!」
いつの間にかカレンは張扇を手に、派手にツッコミを入れたようである。
中々豪快な絵面だ。
「いッッたあーーー!! 何すんのよこのオッパイマウント女!クソデカボイス関西人!デッドハラスメントボリュームツー!!」
「じゃかっしゃあ!下手に出とりゃあええ気になりおってからにホンマ!関西人がクソデカボイスでなんか悪いんか!胸みたいに器も小っちゃいんかい!それにボリュームツーってなんじゃさっきも言うたやろが語彙力ないんかこのドアホ女(アマ)ァ!!」
「胸みたいに器が小さいってどういうことじゃーーー!!!」
「そのまんまの意味やろがボケェェェ!!!」
ここまで来るともはや一種のコントのようにすら思えてしまう。
しかしピンポイントで彼女の怒りのツボを押すのは彼女の持つ日本人としての語彙力の多さに起因しているのだろうか、何気にこの部分でもマウントを取りつつある。
「ハンッ、随分と自信満々なことで!経緯は話した通りだと思うけども!?わたしの悲しみと憎しみと恨み辛みを全部ひっくり返してくれる出来事をアンタが提供してくれるとでも言うの!!?」
「自信無うて関西人が務まるかい!!姉ちゃんの経緯は聞いたし知ったし痛い程よーわかる!せやからこそ――――」
「そんなんどうでもええと思えるくらいにウチが全部ひっくり返してくれたろぉやないか!!」
どどーん、と擬音が出ているのではないかと思うくらいにこれ以上なくふんぞり返って自信を見せつけるカレン。
すると、皮肉から嫌味までたっぷり込めたと言わんばかりの表情だった彼女の顔色が、肉体を取り戻した時のように生気を見る見るうちに取り戻していった。
表情こそ変えなかったが、しかし彼女の瞳から、一筋の涙が伝い落ちる。
「その言葉―――嘘偽りないんでしょうね」
「心配せんでも生涯貫き通したるわ!」
ふと彼女は、一人の女の言葉を思い出す。
『心配しなくても、私が生きていられる限り、****を生涯守り導いてあげるわ』
「―――いいわ。そこまで言うなら付いていってあげる」
「ホンマか!よっしゃあ!同郷のよしみでめっちゃ可愛がったんねん!!」
ガッツポーズを取り大喜びするカレンを横目に、彼女は流れ落ちそうな涙を掬い、人差し指に乗って煌めく涙の中にほんの僅か残っていた暖かい心を懐かしんだ。
「莫迦ね……このオッパイ女も、お母さまも―――」
途中、ハッと我に返ったカレンは背を向けていた彼女に対して、
「そういや、姉ちゃんホンマの名前何て言うのん??」
と振り返りながら聞いてきた。
「名前ね……生前の名を名乗ってもいいのだけれど……」
彼女は言葉を紡ぎ、永く忘れていた感情と共に笑みを浮かべた。
「レイン――――こう、呼んでちょうだい」
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