23文字目 回想、<レイスクイーン>-2


「あの穀潰しなら向こうの山の入口手前にある家でのうのうと生活してやがるよ!!」



その言葉に反応したのか、詠唱を中断して言葉を発した人物へと視線を向ける。


「それは真か?」

「ああ本当さ。大して役にも立たねえ『魔力なし』のくせに、口先だけ一丁前でいい加減辟易していたとこさ!隠し立て?とんでもない!どうでも良すぎて忘れかけてただけだ!!」


表情は恐怖と憤怒が入り混じる苦痛を帯びており、何なら今の惨状を生み出した要因だと言わんばかりの内情も籠り始めている。

最初は庇い立てしていた村人たちだったが、一人が手のひらを返すがごとき発言をしたことを受け、ここぞとばかりに追い討ちをかけ始める。


「そうよ!あんな容姿がいいだけの無能者、近くにいるだけでも鬱陶しいのにわざわざ囃し立てなきゃならないなんて、もううんざり!!」

「顔がいいからってあれこれ介入してきやがって、迷惑にも程があったんだ!」

「でなけりゃこんな惨状を見ることもなかったんだよ!あの疫病神!!」



これが醜い人の性。

自分の命欲しさに、誰かを叩き台にしないと収まらない状況から無理やりにでも逃れようとする村人。

片や自分の欲求を満たそうと、一人の少女を欲しながら障害となり得るものを無理矢理な手法で排除する高貴な人物ら。


まるで、12年後ここを訪れたカレンが以前いた世界をも表していそうな風刺。

権力を持つものと、持たざるもの。

少なくとも彼らが等しく持っているのは、種族故の類似した姿と、自らに対する欲望だけであった。



「はっはっはっ。一人また一人と地に臥せっていく様を眺めて我が身を護ろうとするか。重畳、重畳」


前に構えていた両手を降ろし、満足そうな表情で馬車に乗り込もうと身を翻す。

それを受けて騎士は高貴な人物の背後に立ち、今も醜く騒ぎ立てる村人たちに瞳を向ける格好を崩さない。


「行くぞ。出せ」


受けて引馬の手綱を引き、馬車の動きに合わせるように引馬に並んで歩みを再開する騎士。

村人たちが彼らの歩みを邪魔せぬよう道を空ける。

各々の表情は絶望に駆られたように重く、かと思えば八つ当たりでもしかねないほど震え、もはや正常に考えを下す状態ではないのが見て取れる。


村人らが集まっていた地点からかなり歩いた後、馬車はなぜか歩みを止める。

すると、馬車の内にいるはずの高貴な人物の声が、馬車の裏から響く。



「忘れておったが―――教えてもらったことには一応の礼は言っておくが、我らを謀ろうとしたことも真実。故に――――」


突如、地響きが起こった。

今このタイミングで起こる地殻変動に偶然性はない。


一塊になっていた村人たちの足元から、裂け目の入った地面から強烈な光が天に向かって放出されていく。

これを受ける村人たちは、苦痛の叫びを各々上げて倒れていった。




「天罰を下す。生涯、誰に慈愛を求める間もなくここで衰退せよ」




騎士たちが手にかけた村人たちは残らず散っていったが、今の光に当てられた村人たちは全員生きていた。


「い…ったい、何…が……」

一人の村人は最後まで意識を残そうと足搔いたが、その甲斐もなく意識は途切れ地面に頭を突っ伏した。





(ただ事ではない阿鼻叫喚……まさか…)


山脈手前の一軒家。

何も変わり映えのしない、長き時を経て人の手により組み立てられた丸太の木造小屋。

山から流れてくる天然水の川が小屋の水車をカラカラと鳴らす。


家の中に居ながら、村の方より聞こえる阿鼻叫喚のような悲鳴のような、そんな騒ぎを耳にした一人の男はその場を立ち上がる。


「お父さん、村の方で何かあったみたいだけど…」

傍で横になり休んでいた一人の女が、事情を知らないまま騒ぎを耳にしたようで、父と呼んだ一人の男に声をかける。


「お前は休んでいなさい。 ……なぜ娘が熱を出している時に、こんな…」

体を起こそうとした娘を制し、布団を掛け直す。

知ってか知らずか、村で起きた騒ぎの要因に覚えがあるようで娘を制するついでに釘を刺す。



「いいか、お前は何も心配しなくていい。ワシがここを出ても、飛び出してきてはならんよ」


一言掛けると父は、突如家の中にあった装備をかき集めて武装の準備に入る。

娘は言葉の内に秘める何かを感じ取ったようで、どうもただ事では済まない予感がしていた。


「お父さん…」

「大丈夫だ。お前一人置いてゆくわけではない。少し、話を聞かない無法者が訪れるだけだ」

「でも…!」

「安心せい!……お前一人残してここを離れられるものか。少しの辛抱だ」


そういうと、父はゆっくりと扉を開け、そのまま飛び出していった。

娘は万が一の時のための地下防護室へと身を隠す。



暗闇の中。



静寂の時間。



何も見えない。



何も聞こえない。



何もわからない。



そんな状況にしばらく身を置いた娘は、ふと頭上にある扉から声が聞こえるような気がした。

動かすことのないように耳を近づけると、誰かと誰かが会話しているような感じがした。



真っ暗で見えない。



でも何か聞こえる。





「―――――つまり、教え通りここに身を隠している、と?」


「そのはずです。ワシの教えを誰よりも守り通した娘なもんで」


「それは好都合。して、貴様は何が望みだ?」


「ワシはこんな辺境の地で一生を終えとうないのですよ。コイツの母親―――つまりワシの元嫁が、てんで役に立たない穀潰しでね。一時の間違いでこさえた娘をワシに押し付けた挙句、勝手に天に召されやがったんですよ」


「せめて我の領地で天寿を全うしたい。そう聞こえるが、そんなことでよいのか?」


「娯楽も快楽もないこんな使い物にならん山の守り人を続けるくらいなら、餓鬼一人犠牲になろうとワシには関係ねえです」


「ははははは、我を愉快にさせよう者が斯様なところで燻っていようとは。よい、便宜を図ってやろう。我の―――エナフィオン子爵の領で、働いてもらおうか」


「さすがご子爵様、右に並ぶものなしとされた高貴な御仁です。ではここは完全に封鎖して、隠滅という話でよいですな?」


「うむ、苦しゅうない。魔力なしなぞ我の地に一人と要らぬ。処分の手間も省けようというものぞ。それに発熱を起こしているらしいようだが、密閉して感染を予防出来て一石二鳥の功績であるな」


「はっはっは、確かに」





うそだ。



いつも笑顔で大事そうに色々教えてくれた父が。



いつも笑顔でいるように教えてくれた父が。



いつも周りを笑顔にさせて偉いと褒めてくれた父が。



いつも立派に育ってくれて嬉しいと褒めてくれた父が。



そんな。



そんな。






そんナ、バカな――――――









その日から、ユプルーク村一番の看板娘を称された一人の少女の姿が、忽然と姿を消した。


魔力なしとの判断を受けていた少女は、地下防護室からの脱出を幾度となく試みてはみたものの、当時からの発熱状態に加え地下の密閉空間という心身と状況の悪さから、見る見るうちに衰弱していった。

どうやら上方に置かれていた扉の上に、とてつもない重さで押さえつけられているというべきか、それともとてつもない物量に阻まれているというべきか、どういった状況にせよびくともしない状態に置かれているのは確かであり、地下防護室の性質上から脱出口はその扉を介した一ヶ所のみとなっており、ここが完全に封鎖状態にある以上、彼女の脱出はおろか生命の維持は絶望的である。


外では7日くらい経過したのだろうか、気になった村人たちが挙って彼女の救出に向かうも、封鎖に使われたのは尋常ではないレベルの巨岩であり、なんと地下防護室の扉の大きさが小さく見えてしまうほどのものであったため、削って掘り返すしか道はなかった。

十数時間は経過しただろう、交代交代で削って掘り返し続けて、ようやく地下防護室の扉と思しき鉄の板を発見し開扉するも、これまた尋常ではない異臭が一気に周りに立ち籠めた。

魔力なしと判断されし村一番の看板娘の姿は、見るも無残に半白骨化した状態で発見された。


後で村人たちも知る由となったのだが、元々山脈の入口ということもあって魔術に要する土石が豊富であったことが運の尽きとも言えた。

さらに言うと、元々ここで守り人を努めていた娘の父のような人物の姿も、彼女と同様に忽然を姿を消していることに今更ながら気付いた。


村人のうちの一人がこの場所を漏洩しさえしなければ、彼女の命は地下の中で埋もれ落とすことはなかっただろう。

当の本人は事の凄惨さから自身を含めた村の危機に瀕したことで彼女を売ってしまったことを心から悔い、後日山脈のとある地点から身を投げたという。





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