20文字目 おでまし、<レイスクイーン>
ユプノ山脈を登り始めてから数時間。
やっとの思いで九合目近くまで歩みを進めてきたカレンだったが、表情を覗けばほぼ確実に酸欠しそうなほどに疲弊の色を見せていた。
山の号数は著者・読者世界に於ける標準知識として言うと、基本的には麓を0号目・頂上を10号目として10号に分かれてはいるが、各号数は登山者の長年の感覚によって習慣的に付けられていることが多い。
それでも実際に歩いて登る際に要する時間がおおよその基準になっており、各号の歩数や標高は概ね均等であるといってもいいだろう。
この世界でも登山者は各地に点在しており、暫定地点が所々誘致されているところを見る通りこのユプノ山脈についても各々の登山家によってつけられたと推測される。
山脈ながら危険地帯が多く存在するため、そういった場所が登山通過点にある場合は対象の号数の長さが短くなる傾向にあるようだ。
実際の上記標準知識内にも同じような記述が成されている。
それはそうと、登り始めた時にはまだ明るかった空も、気が付けば紅模様を映し出している。
実際に魔力が使えるものならおそらく十合目頂上まで八分の一以下にまで抑えられるだろう。
それが出来る類似能力を持ちながら、カレンは我が身一つで目的地まで昇り切ろうとしていた。
「はー、はー…あ、アカン、ちょっ…と、休け…」
彼女の近くには「あと一歩!」の看板と共に、その部分だけ身体が傾きを感じないように土と砂利の平地が整備されていた。
通常の山ではまず有り得ない光景だが、異世界で魔法を使えるともなればこういった気遣いで魔力を消費するものもいるらしい。
ご丁寧に屋根も完備され、テーブルも椅子も大所帯3グループまでなら優に足りそうなほど置いてあった。
逆に倒壊・崩落した時の二次災害などにならないか心配になるかもしれないが。
「っはー…山、こんなダルかったんか…これやったら使った方がマシやったかも…」
ポツリと一言呟いたカレンは疲れ切った顔にビンタ一発かまして、
「アホか!無駄な力使ぅて万一あったら死ぬンやぞウチ!」
と一息に気合いを入れ直した。
どうやら彼女の能力にも一長一短あるみたいだ。
一瞬使った方がと後悔しはしたものの、何だかんだ時間を大幅にかけてでも九合目へとたどり着くことは出来た。
実はこのユプノ山脈、登山道の起伏が他に比べて異常に激しいらしく、相当手慣れた登山家であっても日中でたどり着くのは五合目までが限界であるとされているほどである。
本当ならば七合目ほど進められてもおかしくはないのだが、忘れてはならない異世界事情、あちらこちらを徘徊して回っているモンスターたちがちらほらと散見する様に上記の件もある通り、一般の登山家が登れる高度にも限界があった。
つまり、登山を生業としている冒険者でも七合目が関の山というほどの難易度を誇る山脈である。
「あーしんど。せやけど工藤、ここにこんなモンがあるっちゅーことはここまで登ったヤツがおるんとちゃうんか?」
誰が工藤や。
「そやないとこんな立派なモン建っとれるわけないもんなあ」
一応ツッコミはしたが、もちろん語り部の声が聞こえているわけでもないので彼女は独り言を言っているに過ぎない。
それから十数分くらい経過した辺り。
カレンの体力(スタミナ値/疲労度の方)も順調に元に戻ってきたおかげで体も動くようになった。
万全であるとは言い難いが、十合目も目と鼻の先にあるため、その分の体力消耗を考慮すると十分だと判断したようである。
「おっしゃ!いっちょやったるか~」
カレンがすっくと立ちあがり歩みを再開しようとした刹那、黒い煙のようなモヤが辺り一面に漂い始めた。
どうやら対象のレイスクイーンとやらは近々お出ましになるつもりらしい。
「わざわざ待っとってくれるやなんて親切なやっちゃで」
言ってカレンは軽く体を動かしながら、目的の地まで進めてきた歩みを再開する。
この先の脅威をどう切り抜けるつもりなのか。
少し時間を経て、長きに渡る登山が終わりを告げる。十合目だ。
「やぁっと着いたでー!」
だが、モヤが漂い始めた時から今にかけて、対象はまるで現れる気配を見せなかった。
尋常でない量のモヤが周囲を覆い切ろうとしているのが不思議なほどに。
「さーってと、目標ちゃんはどこにおるんかなぁ~」
とカレンが辺りを見回し始めるのと同じタイミングで、何かが聞こえた。
<コ…ッチ…>
うっすらとだが、確かに女性のような声がカレンの耳に入った。
女人としての声というよりは、おぞましい何かがそれっぽい音程や周波でそう聞こえているだけなのかもしれない。
どちらにせよ、目的を果たすための第一歩は得られたようだ。
「そっちか!途中で真っ黒黒丞やるんやったら途中からちゃんと出ろや~!」
とカレンが一言投げかけると、思いもよらないことが起こる。
<あんたガ何カシラノ能力デわたしヲ縛ッタカラデショウガ!!>
突拍子もなく怒号が飛んでくる。
「はぇ??」
驚く素振りもなく、ただ聞こえてきた声のような怒号に対して口から出たのは、素っ頓狂な反応だった。
一体どういう状況なのか、いまいち説明しづらい。
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