19文字目 『魔力』と【日本語】

カレンが出発した後のユプルークの村は、ちょっとした恐慌状態にあった。


夜な夜な聞こえる人間のような怪異のような、声のような音のような、はっきりせず何とも表現し得ない周波から始まる。

人によってはそれが聞こえた途端意識不明になったり、意識が途切れてしまったり、錯乱状態になったり。

聞いても何も起こらない人物もいたようだが、真意のほどは未だ定かにはなっていない。


それが始まったのが、今から一月ほど前の話だという。


この現象が始まって以降、ユプルークの村の住人はいつ何が起こってもおかしくないと考え始める。

いつ隣人から襲い掛かられるか堪ったものではないし、必ずしも隣人がそのような状態に陥るとも限らない。

比較的平和であった一つの村が、たった一つの現象によって人々の心に疑心暗鬼を生み出してしまったのだ。


いつしか、人的大氾濫を生みかねない本現象にまつわる表現として―――

     『ナ・ベルリオ・ドナトーレ』


そう伝わり始めた。

異世界に於ける言語であり理解に及ばないため、改めて現世の日本語に訳して表記すると、下記のように言い表せられる。




―――――【悪霊死霊の意図人形】。




何が起こっているかの原因そのものをまったく断定できないまま、この話は遠方のギルドにまで依頼が回るようになった。

よく一月の間も死者が出ず済んでいると感心するものが続出したが、我先にと依頼を受ける者は残念ながら誰一人としていなかった。


報酬額は働きに見合わない。


数多の冒険者は自身の欲目から、そんな判断を下していたのだった。

それにしても、「糸」と「意図」を同音異義語として表現しているのだろう、まるで日本語のような言い回しである。




その依頼書をもう一度手に取ってまじまじと見る冒険者・カレンの姿は、ユプノ山脈の二合目付近その場所にあった。

彼女は依頼書の裏に、もう一枚何かを持っているようだ。


「『レイスクイーン』が原因やのはわかったとして、わからんなりに勘で山ぁ登ってはみたけど…」


魔力なしの彼女が情報を知り得ていることは客観的に見ると極めて稀な事象と捉えられるほどに有り得ない光景だという。

本来、眼前におらずとも対象のことを認知、あるいは認識するには必ず魔力の消耗を余儀なくされるとのことらしいのだ。


しかし、彼女に魔力はなくとも、生前から付き合ってきた【日本語】が存在する。

不思議なことにこの国における彼女の【日本語】は、魔力の消耗自体が存在しないのに魔力所有者と同等以上の能力を行使できる。

それだけでは能力の行使に於いて何を消耗としているかがわからないし、何の消費もなく能力を行使し続けられるとも限らない。


実は彼女は必要な時以外では【日本語】の行使を最小限に留めるよう努めており、滅多なことでは行使しない人物である。

ありったけ能力を行使すれば8才からの8年弱を、かなりメタなこととして言ってしまえば『俺TUEEEEEEEEEEEE』出来てしまうものを、彼女はそれ自体を嫌ってかやはり自力でどうにかしようとその年数を過ごし切っている。

それを出来る能力があるはずなのに、どういうわけか彼女はそれをしようとしないまま日々を過ごしていた。




本来、人間には過ぎたる能力ではあるが『魔法』というものは当然カレンの前世となる元の世界では使うことができないのは知っての通りである。

むしろ使えてしまう人物がいたら教えて欲しいくらいの、失われた以前に手にすら出来ない代物なのである。


異世界的に言えば、人間の身体の中にある血管のような導線から各部位へと巡回しているものがある。

一説では『生まれつき所有しているはずの人間という存在に対した神秘性を齎している、何物にも捉われない自然の一部』と言われており、人間が一定の手順を踏みその一部を介することで具現化させるものを『魔法』と呼ぶそうである。

別の世界では魔法陣を介したり何らかの媒体を用いたりすることで、自身の才覚に応じた能力を発現させているといった手法も見られるし、現に本世界に於いても同様に媒体や魔法陣を介することで『魔法』として射出・放出あるいは拡散させたり指向性を持たせたりしている。




カレンの使う『呪われた力』というのが、既に何度も出てきている通り【日本語】という特異能力である。

実際に何かの動きに則る必要もなく、(言葉を例外として)何かを介して行使する必要もなく、もっと簡潔に言えば【日本語】として口ずさむ以外の動きも必要ないため、『魔法』を使用する人物らには魔法学の限りを以てしても解明できようのない、文字通りの『特異』性を有していると言える。

尤も現時点では何を消費しているのがが明確にされていないため、【日本語】を使うだけで大抵のことは出来ると、大体の人物は想起していること請け合いであり、今これを知るのはカレンを置いて他にはいない。


それほどの能力。

ただ、カレン本人はこの特異性を、曰く「それだけの能力」と評していた。




「あ~ぁ、魔法なんて夢のようなモンがウチでも使えたらこんな苦悩せんですんどるんやけどなぁ……かといって軽々にコレに頼ろうモンなら、後々めんどっちーことになんのは目に見えとんのよな…」

あんな能力を持っておいて何を言っているんだ、と思うことだろう。


「ま、ウジウジ悩んどってもしゃあないか。それにウチの女の勘は『こっちやで』て言うとるわけやし」



ユプノ山脈の三合目に差し掛かるところまで来たが、カレンは未だ歩みを止めようとはしない。

『女の勘』に頼って向かっている先に、もしかしたらいるかもしれない―――カレンは不思議と、それを疑うことはしなかった。


めんどっちー依頼というからには、それほどのものが先にはあるのだろう。




「さーって、待っとってくれとるかな~、『レイスクイーン』ちゃんは~」





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