17文字目 馳せる想い




「おかん!!!」

強く母を呼んだ瞬間、カレンは目を覚ました。


どうやら、今までの旅路の疲れが一気に押し寄せていたのが原因ですっかり眠りこけてしまっていたようだ。

寝床には寝汗がびっしょりと、彼女の顔は押し寄せる涙で濡れており、到底人の前に出られる状態ではなかった。


カレンが「いっちばんめんどっちかった出来事」だった生誕祭の【ネ・グンネ・シュラリオーゼ(群集襲来/スタンピード)】は、あの後どうなったかまで覚えていなかった。

それでも確かに覚えていることがあるとすれば、伯爵領に於ける甚大な被害と、その被害があったとは思えぬ犠牲者数ゼロという記録―――――




そして、ナイエルディア伯爵夫妻――――ホアムズ伯爵・レナンディ伯爵夫人、両名の行方が知れないこと。





モンスターが大勢逼り来る災害の一種である【ネ・グンネ・シュラリオーゼ】を受けたとはいえ、犠牲者がゼロだったこと自体がすでに奇跡を見ているようなものだったが、カレン本人の焦点はそこには置かれなかった。


(あの日、腹ン中にやっと宿ったとか言うとったけど、おかん……ちゃんと生きとるんか、アンタ…)


行方の知れぬ義母を気にかけ、寝床から体を起こしたカレンは神妙な面持ちのまま着の身着のままだった衣装を正し、持参していたウェットシートのような布巾で涙に濡れた顔を拭き取るついでに洗顔代わりとして念入りに顔全体を拭った。

そのまま曝け出している素肌に対してもそれを使い、満遍なく旅の汚れを含めて全て拭い取る。

ここまでしてやっと、カレン的に外に出られる態勢を整えられるようであった。


「そや、今どないなっとるんやろ? <状態確認>」

ふと自身のステータスが気になったカレンは、唯一魔力媒体を必要としない<状態確認>で改めて自分を振り返ってみる。



現在のカレンの状態は以下の通り。

【名称:アルカレンス・ウィル・ナイエルディア】

【年齢:17】

【レベル:23】

【体力値:2730/ 2730】

【魔力値:0/ 0】

【地位:伯爵家五女・【日本語】使い】

【職位:冒険者/中級ギルド所属 2年目】

【状態:焦燥/悲哀】

【物理系:張扇7・異世界流剣術3・異世界流槍術5】

【魔法系:(空欄)】

【常時発動:炊事7・疲労回復10・精神耐性15・物理耐性15】

【神の加護:日ノ本テンショウ25・創世ゼネシス18】



元々の表記は異世界言語でも日本語でもなくなぜか英語表記であったが、そこは【日本語】使いのカレン、自分なりに理解しやすいように【ステータスの表示を日本語で表して】と【日本語】を介することで、本来干渉し得ないステータスウィンドウに改良を加えたようである。

レベルの項目についてのみ『習熟値』と一度変換こそされたが、しばらく活用してみて「習熟度やと咄嗟に意味を把握でけん」とのことで、これについては例外として『レベル』表記で留めたようだ。


奇妙なことに異世界に身を置きながら『張扇』という物理技能が存在している。

これは彼女が元の世界で言う『関西出身者』であったことに起因するのだろうか。



「しっかしこれまたけったいやなぁ。地位は変わらんのに職位はちゃあんと変わりよる…んで神さんの加護はいつの間にか上がっとる気がするな?」

元々の『ゴッドブレス』の値は、日ノ本テンショウが20・創世ゼネシスが15であった。


彼女のように神の加護を授かる人物は転移者に限らずそこそこ存在するのだが、カレンは自身と同じくして神の加護レベルが向上したという話は終ぞなかった。

置かれていた環境が環境なだけに当然なのだが、カレン自身は神の加護関連の知識を持ち得ていない…どころか『魔力なし』という、呪われているとして烙印を押されていた関係上、魔法云々のことまで範囲を広げたとてこの方面の知識には総じてかなり疎い。


そのため、現在所属するギルド員らに(自分のこととは言わずそれとなく気になった体で)加護レベルの上昇について尋ねてみたところ、返ってきた答えはいずれも、



「そんな奇跡的な現象が発現することは有り得ない」



というものだった。

ほぼ全員が一字一句同じ答えをしたわけではないが、統計すると概ね上記の結論に行き着いたというべきだろうか。

一部はそれに加えて「生涯に一つでも数値が上がるかどうかで、上がったならそれだけで奇跡的」である認識のようだ。

いずれにせよ、彼女の加護レベルの上昇については謎のままであり、どのような経緯を経てそうなったのかすら本人の理解の枠にも収まってはいない。


(伯爵家なぁ……風の噂やと、今統治しとるんは家を出て間もない次男っちゅーことらしいんやけど―――あかん、記憶には残っとらんわ)

一応記憶を手繰り寄せはしたが、無駄骨だったようだ。



ともあれ、着替えや清拭を恙なく終えて準備を整えたカレンは、自身が借りていた宿の一室から出て行った。





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