16文字目 回想、カレンの生誕祭-2


ナイエルディア伯爵夫人であるレナンディとは、過去に養母と養女の関係であったことを理由に夫のナイエルディア伯爵共々迫害を受けてきた内縁の一人。

過去に受けた悪意を彼女は完全に赦しているとは言い難いが、それでも8才だったカレンがあの出来事によってナイエルディア伯爵を改心させるまでに至ったあの胆力からは、

『今の彼女となら歩んでもいいような気がする』

として、一先ずは水に流すことを決めたようであり、それに呼応したかどうかまでは定かではないがレナンディも今までの辛辣な対応を悔い改めてはいたらしく、それまでの言動からは有り得ないとすら表現するほどに彼女のことを愛し始めようとしていた。

あれから8年の歳月を重ねたが、過去のような悪辣とも感じられた言動は形(なり)を顰(ひそ)め、カレンとの関係性は徐々に修復されていく。



今、その彼女から平手打ちを受けたカレンは、状況が状況であるこの瞬間に、今までの出来事を走馬灯のように一瞬で再度感じ取った。

ハッとして顔を向き直すと、レナンディの頬からは大粒の涙が数多の筋を作って流れ落ちていた。


「―――お前が悪いのではないのです。すべてはあたくしと……旦那である伯爵、ホアムズの罪―――その贖罪。あたくしのお腹から産まれたわけでもなかった、いくら努力を積んでも自らの子を成せなかったあたくしの、狂いに狂った醜い嫉妬の代償」


危険が差し迫っている中で、義母レナンディから吐露したまさかの思い。

自身の子を成せなかった焦りもあったのだろう、そこから出た行き場のない憤りの矛先は、家畜同然のように扱われていた当時のカレンに向けられてしまったというわけだ。


「おかん……っ、せやけどこないだ『自分がお腹を痛めて産んだ子共々』って、言うとったやないか!」

「……あれも、あたくしがまだ虚勢を張ろうとしてついて出た嘘」

「そ―――いや、3年前産まれたあ言うてたうちの弟を、今でも可愛がっとうはずやろ!?」


本当なら今このやり取りをしている余裕はないのだが、あまりの衝撃で意識のベクトルがほぼ完全にレナンディに向いてしまっていた。

そして更なる思いの吐露に、カレンの頭の中はぐっちゃぐちゃになっていた。


「…ホアムズは、ずっと気に病んでたわ。きっとあたくしは、過去の誰よりも愛するホアムズのことを想うあまり、彼の心も蝕んだのではないかと」

「そんな……そんな言い方って、ないやん……!」


カレンの瞳からも涙が頬を伝い始める。

危機が徐々に差し迫っている最中、カレンはその場を動くことが出来ずにいた。


しかし、そんな養女を前にして、レナンディは口角を上げて微笑んで見せた。



「実はね……今、あたくしのお腹の中には、やっと―――――やっと、彼との愛の結晶が宿ったの。過去、カレンに酷いことをした様々な出来事をなかったことには出来ないけれど、ホアムズに惚れたあの時からずっと―――願い、縋り、焦がれた想い、それらを満たす愛の形。一度危篤状態に陥ってから、過去の罪を償い、贖おうと地の底を這い続けたあの日々は、カレンの受けた辛さに比べれば微々たるものだった」


カレンは言葉を静かに聞くしかできなかった。



「カレンがあたくしを赦していないだろうと思ってきた。今この現象は、まさにあたくしたち伯爵夫婦に対する最大の断罪でしょう」

「―――まさか、おかん」



カレンが覚束ない手つきでレナンディの服を掴もうとするも、焦点があっていないのか距離が遠く空を切る。


「だから、あたくしは念願叶い実の子になるこの命を世に羽ばたかせるためにも―――」



両手を前に突き出し掴もうとするも、届かない。


「そして、今を生きるお前たちの生を護るためにも!」



一歩踏み出しながら両手を伸ばすも、届かない。


「おかん……待ってや―――待ってくれや!」




「お前たちの盾として、あたくしはホアムズと運命を共にする!!」




大きく歩を進めて掴みかかるも、その手がレナンディに届くことはなかった。


彼女はその言葉と同時に、カレンに背を向けて迫る群集に向かい合おうと地面を強く蹴り上げたのだった。





「ウソやろおかん…! ウソや言うてくれや!うちを置いていかんといてや!!」




おかん―――――!!!







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