15文字目 回想、カレンの生誕祭-1
当時、生誕祭は過去に類を見ないほどの規模で執り行われていった。
「えっとー…伯爵家に恥じない立ち振る舞いを父である伯爵殿から厳しく教育を受けてー…」
用意された舞台の壇上で挨拶を述べたり、
「まだまだ改善の余地がある思うんで、その辺りをもうちょっと煮詰めたりして~…」
今後の施策についての未来図をざっくりと説明したり、
「とりあえず、みんながちゃんと暮らせるように…えー…切磋琢磨?」
「試行錯誤、の方がよいかと」
「えと、試行錯誤を続けたりして…」
将来の安全を約束するよう努力する旨も伝えたり。
舞台挨拶なんて前世だと映画の先行上映会レベルに縁がないものだと思っていたカレンはどぎまぎしながら不慣れな挨拶や今後の対応などを(テル爺のアシストも含めて)伝え切り、一先ずは壇上での祝辞を述べ切った。
所々戸惑いを見せるカレンに対して民の一部は、言葉の詰まりがあれば応援し、不安そうな表情を見せれば激励し、晴れ晴れとした表情を見せれば歓喜に打ち震え、見上げる彼女に歓声を以て応えた。
それからは壇上を後にして民と同じ目線に立ち、芳醇な香りを漂わせる飲み物を嗜みながら入れ替わり立ち替わりする民たちの相手を努め、第五子ながら伯爵令嬢の立ち振る舞いを何とかこなして魅せる。
(キッツ~…!ホンマめんどっちーわぁ)
思っていても噯(おくび)にも出さないカレンの立ち振る舞いを、民の誰もが麗しいと称賛する。
ムズ痒い感覚を耐え忍び、代わる代わる民たちの感謝を一身に受ける様を、遠目から見ていた伯爵夫妻は微笑ましい表情を浮かべていた。
一頻り騒ぎ放題だったお祭り空気のまま、次の段階に移ろうと主催者がマイクを手にする。
この一瞬から、すべての歯車が大きく狂い始める。
突如聞こえた、耳を劈くほどの咆哮。
犬や猫、異世界的に言えばゴブリンやスライムなどのような、一匹では到底発しようのないけたたましい音量だった。
何が起こったのかわからない民衆たちは挙って逃げようとし、場は一気に混乱状態へと陥ってしまう。
都合の悪いことに、なんとこの伯爵領は定番の『ギルド』のような組合の設置がなされていなかった。
悪条件がいくつも重なった今、恐ろしく大きい被害が出ることは誰もが推察できたであろう。
この時の主催者はマイクを手にかけていたこともあって、この異常事態に非常勧告を出そうとしたが、隣にいたナイエルディア伯爵がそれを(状況が状況なだけに仕方ないとはいえ)奪い取るような乱雑な手つきで主催者の手から取り上げた。
「何をしている!マイクは持たんでいいから君も早く避難しなさい!!」
「し、しかし!この祭りはお嬢様の…」
「命あっての催しだろう!今はまず生き延びることだけを考えるんだ!!」
「はっ、はい!!」
主催者の立場を押してでもと考えていたのだろうが、何より自分の領土で起きたことだと責任を痛感し民の未来を案じたナイエルディア伯爵の言葉によって、彼も急ぎこの場を後にする。
一瞬だけ後ろを振り返ったが、当時の伯爵からは到底考えられない立ち振る舞いに感動さえ覚え、一筋の涙を流し走り去った。
「どないなっとんねんな、これェ!!」
突然鳴り響いた弩級の咆哮に面食らっていたカレンは直後、背後から女性の声を受ける。
「カレン!無事!?」
「おかん!! 何やあれ、どういうこっちゃ!?」
「落ち着いて聞くのよカレン!アレは―――【ネ・グンネ・シュラリオーゼ(群集襲来)】よ!」
ネ・グンネ・シュラリオーゼ―――
厳密には意味が違うのだが、敢えて日本人的に表現をすると『スタンピード』と称される軍勢の襲来のことを指す。
本来の『スタンピード』の意味は動物の集団暴走や人間の群集事故を言い表すものだが、このような異世界を舞台とした物語では魔物の大量襲来について示唆されることが多い。
本世界に於ける群集襲来については原因が多岐に渡るため根本的な解決策は然程意味を呈していない事が多い。
また上述した通り伯爵領には所謂『ギルド』のような組合を常設してはおらず、さらに言うと伯爵領の過去の悪政具合からその可能性を毛ほども想定してはいなかったであろう貴族生活、今回のような事変が発生したこの状況で対策をほとんど行っていなかったことも起因しているなど、数多の要因が絡み重なり合った結果として今のような避難勧告を出さざるを得ない上に急ごしらえの対策を講じなければならないといった、絶望的に厳しい状況に追い込まれた。
なぜ対策を行っていなかったのかについてだが、到底平和であるとは言い難き悪意に満ち満ちているこの世界に於いて、過去百数十年に渡りこのような事案が発生しなかったという、現状としては非常に珍しい一時の平和がこの時まで存在していたからに他ならない。
逆に言えば、その一時の平和が呼んだとも言える『大惨事』になってもおかしくない生態異常現象なのである。
以上から、ギルド組合の設置を怠っていたが故に対抗できる策が然程存在しない、極めて最悪の事例になりつつあった。
(昔、こっそり読んどった中にあった、俗にいう『スタンピード』っちゅうやつか……!!)
「あれらをあのままにしておけば、この領土は一瞬で灰燼と成されてもおかしくはないの!お前も早くお逃げ!!」
「せやかておかん!うちもその領土に積を置く一人の人間や!黙って背ェ見せて黙っとれんよ!」
カレンが言い終わると同時に、パシン―――という音が、咆哮の中にすぐ消えたとはいえ、ほんの一瞬カレンの脳裏に響いた。
「口答えするんじゃないの!!」
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