11文字目 アルカレンス・ウィル・ナイエルディア伯爵令嬢


「ご来場の皆様、お待たせいたしました!」


第一声と共に盛大な歓声が巻き起こる。

伯爵領の住人たちが挙って、第五子の伯爵令嬢であるカレンの生誕祭を祝いに訪れていた。


伯爵家の領地は以前の伯爵のような狭量な性格とは一線を画した、今の伯爵くらいに寛大な性格に相応しい広さを有する。

それ故に住人の数は6桁に迫るほど人口が増加しており、その傾向は未だ衰えを知らない。

伯爵本人の政策が180度代わり実行されてきたことで、他領地から移住するものも多くなったからだ。


それほどまでの人口を誇るようになった伯爵の、第五子でありながら伯爵令嬢として施策の補佐を務めてきたカレンの生誕を祝うのは当然の帰結とも言えよう。

過去の傍若無人たる悪政を布いていたとは思えない盛況ぶりはいっそ清々しさすら漂わせる。


「ここ伯爵家の領土が荒れ果てていたのも今は昔、荒れた地の面影も思わせぬほどますます盛んになっていくこの領土に、伯爵家が誇る第五子の令嬢が齢16を迎え、腫れて成人者の仲間入りを果たす晴れ舞台!」


「いいぞー!」

「ありがとーカレン様ー!」

「素敵~~!!」


広場に集まる領土民たちの声も入り混じり、様々な喧騒が飛び交う中、カレンの16才の生誕祭が幕を開けようとしている。

屈託のない笑顔を浮かべる民たちも騒々しくしながらその時を待った。



その頃、舞台裏では――――


「兄ちゃんや姉ちゃんの時も同(おんな)し催しはやっとったんかな?」

「私めの覚えの限りでは、いずれも今のように民が高揚するような場ではありませんでしたな」


上の兄弟の時をさりげなく尋ねる彼女の表情は心なしか強張っているようにも見える。

それもそのはず、彼女が施策補佐を務めている間は今のようなイベントを行ってはおらず、人前に姿を現す時と言えば専ら仕事関係に限られていた。

相手取っても精々周囲数十人がいいとこだったため、領土に住まうほぼ全ての民衆の前に改まって姿を見せることに対し、無意識ながらやや畏怖しているようにも見て取れる。


「いえ、第四子の伯爵令息様の時くらいですかな? しかしそれも領土繁栄の善政化が叶ってすぐのお話でしたので、今ほど催しは大きくはありませんでしたが」

(そらまた不憫な…)


日本人としての記憶も8才の時に取り戻し―――いや、この場合は入り込んだというべきだろうか?

何はともあれ、悪政時代の問題点を洗い浚い浮き彫りにさせ、日本で言う鎖国状態だった領土の改善を長期にわたり施策し続け、時には前世の記憶を遡りながら活用できる知識もさり気無く放り込んだり、領土民の暮らしの助けや支えになるような提案にも織り込んだりとあれやこれや行動範囲を広げ施策を続けた結果が今ということを考えれば、前世の事故死にあったであろう後悔なども報われよう。


ただ、自分(と曲がりなりにも一応は盛況があったらしい第四子)の時にだけ領土民の多くから支持を受けていることにややばつが悪そうな表情を垣間見せる。


(トップ3の兄弟はんらには悪い気ぃもするけど…)


厳密にいえば、すべてが全てカレンの力だけでは成し得てはいない。

前世の記憶からもわかるように、その世界ではありふれた科学の賜物が通常の生活においても散見されており、その中で今活用できる環境や物モノを参考にしたに過ぎない施策も決して少なくなかった。

補佐程度の立ち位置だったとはいえ、画期的な提案の数々を見せた彼女はもはや主導する側にいたと言っても過言ではない。


「ま、民さんらが幸せに過ごせとるんはええこっちゃ」

「同感ですな」


前世から今この時までの記憶が、カレンの脳裏を駆ける。

思えば現世界8才までは辛い日々だった。


前世は社畜。

今世8才まで屋根裏部屋に幽閉されていた奴隷同然の立場。


ストレスに苛まれていた前世と何も変わらないと半ば諦めていた彼女が、タイミングを計ったように引き寄せられ出会った『呪われた書籍』。

今の自分があるのは、あの書籍あってのものだ。




「それでは登場していただきましょう! 今この伯爵領土を支える立役者――――」


舞台側ではいよいよ、カレンの登壇を促す声が響き始める。


「カレンお嬢様、参りますぞ」

「へぇ~、心臓が口から飛びそうやわ」

「御冗談を。口から臓物が出る仕組みは人体に備わっておりませんぞ」

「…あれっ、もしかして理解(つたわ)ってない?」




この物語は、彼女が今後【日本語】使いとして光り輝くお話である。


「理解」の読みは、場面に応じて変動することだろう。




「アルカレンス・ウィル・ナイエルディア伯爵令嬢の、入場です!!」



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