10文字目 生誕祭の控室で
カレン、16才。
今日は彼女の生誕祭という式典を伯爵家の敷地であるメラジーニェ聖殿で執り行う日である。
すでに周知の事実として挙げられているカレンの魔力なし結果は、今や愛される所以であるとして認知されていた。
カレン本人としては過去のことが明確に記憶に残っている以上全てをそのまま受け入れるには抵抗があるが。
何はともあれ、あの日の出来事から実に8年の時を無事に過ごすことが出来た。
あの日を体験してから、カレンはあることをやりたいとかねてより決めていた。
それを今日、この式典で言い放つことにしている。
「カレンお嬢様―――あの日の出来事から8年、よくぞここまで成長なされた」
「テル爺!」
聖殿の一室で式典の開催を一人待つカレンの元に、現在は執事長として伯爵家を裏から支える立役者となったテル爺がやってくる。
彼は伯爵令嬢であるカレンの晴れ姿を瞳に認めると、感激の涙を一筋流した。
「そない泣かんでもええやん~テル爺~」
「そう仰られましても、お嬢様…当時の伯爵家の立ち振る舞いを考えれば、お辛い日々だったでしょうに」
思えば、陰ながら彼女をも裏で支え続けた彼こそ伯爵家にとっての立役者である。
家人の誰もが迫害し、彼を除いた使用人たちは命に逆らえず関係性を拒絶し、外に助けを求めることすら許されなかった環境。
その状況下に置かれていたカレンを、他者に勘付かれないようたった一人で立ち回り、時には大胆に手助けもした。
ようやく日の目を浴び始めた伯爵令嬢の記念すべき生誕祭。
この日を長く待ち侘びたのは誰あろう、現・執事長であるテル爺であった。
「テル爺がずっと味方でいてくれたおかげやで」
「お嬢様のそのお言葉、大変嬉しゅうございます。このテル爺一生の誉れです」
感動の念が絶えないようで、一筋だけだった涙が彼の目に堪らず溜まっていく。
「泣くなや~テル爺~。うちも涙ぐんでまうやろ」
「…っ、申し訳ございませんお嬢様。この執事長たる私、ラウゼン・マーテル・オーディニックがこれでは締まりませんな」
「そやそや笑わんかいテル爺」
背中をポンポンと優しく当てられたテル爺こと「ラウゼン・マーテル・オーディニック」は彼女の気持ちを受け、
即座に顔の状態と胸のタイを整え、涙を拭って少し濡れた袖を胸ポケットのハンカチーフで素早く水分を抜き、
一言詠唱文句を誰にも聞こえないレベルの声量で唱え、自身の身形を瞬時に完璧な状態にし、いつものテル爺へ戻った。
「しかしながらお嬢様、例の書籍を内密に貸し与えてからというもの、旦那様や奥様とはまた違った変遷ぶりを見せてございますな」
昔はこの言い回しに首を傾げていたカレンだったが、それがこの異世界に於ける基本的な言葉の使い方であると理解を深めている。
「呪われたぁ言うても言い方一つやなぁってこっちゃな。実際、うち以外誰も読まれへんかったやろ」
「確かに、一度拝見させてございましたが私めには何が何やらと言った記述でしたな」
言った後、カレンは密かに、
(【日本語】使いやとは書いとったけど……これどっちか言うたら【熟語】使いやあらへんか?)
と思ってはみたものの、過去幾度となく抱いた疑問だったので今更かと一笑に付した。
あれこれとやり取りをしていると、式典開催の号が上がったのか、一室の向こうから歓声のような声がうっすらと聞こえ始める。
それを受け、執事長ラウゼンは伯爵令嬢アルカレンスへ手を差し出した。
「お時間のようです、お嬢様。ここからは私めが護衛を兼ねて同行しますぞ」
「お硬いやっちゃな~、むず痒ぅなるわ」
頬を少し紅く染めつつもにこやかな顔でカレンは言葉を向け、ラウゼンの手を取って立ち上がり、会場へと赴くのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます