8文字目 8才、五子の逆襲-2


アルカレンスの左目がうっすらと水色の光を帯びていた。

先に言っておくと、アルカレンスが直前に行使したこの能力は【状態可視】というもの。

この光を通して視認した相手の状態を確認することができるという能力の一つである。


ただし、ステータスそのものを全て可視化できるわけではなく、あくまでも『状態を確認する』だけであり、

実際にアルカレンスに見えているのは生命力および現在の状態のみとされている。

視認した結果、レナンディの生命力はほぼ0に近く、さらに『全身火傷/危篤』という状態に侵されていた。

先の魔術は炎熱系の魔術としてほぼ確定できそうである。


「…!……!!…何やってる使用人共ォ!レナンディを早く貴族病院に運び入れんか!!!」

「「「は…はっ!直ちに!」」」


ナイエルディア伯爵が速やかに指示を出すが、アルカレンスが待ったをかける。


「ちょい待ち」

「待てるか愚か者が!誰のせいでこんなことに…!!」

「うちが回復させたる。そん代わり、条件を2個だけ掲示したいんやけど」

「こ…この………この期に及んで大法螺を吹きおって!信用できるわけがなかろうが!!」

「ほーか。義母はんが召されてもええっちゅうわけやな?」

「!!? …ど、どういうことだ……!」


アルカレンスの一挙手一投足何もかもが癇に障るとでも言いたげな表情で、伯爵は嫌悪をむき出しにアルカレンスへ視線を向ける。

疑心暗鬼のそれはもはや、配偶者であるレナンディ伯爵夫人の無事と天秤にかけるような複雑極まりないものだろう。


二の句を継いだアルカレンスによっては、彼の器量が試されるのだろう。



「今ここにうちを迫害し続けた最初から最後までを記録しとる証拠品がある。条件はこっからや」


アルカレンスの条件はこうである。



一つ、一人の子供を長期間迫害し続けた記録を公にしない代わりに、今後の自分への悪意を持った干渉一切を禁止すること。

二つ、自分に対する使用人全員の対応を伯爵夫妻また家人全員と同列として取り扱い、使用人に対する態度を改めること。

期間は年齢が今の倍となる16才になるまで。

但し、自身や使用人全員への一切の不干渉はこの条件に抵触しないものとし、アルカレンス自身はこれに該当しないものとする。



「たったこれだけや。約束してくれるんなら、親父はんも含めて健常になるように便宜図ったる。どやろか?」


アルカレンスはにっかと微笑んで見せる。

伯爵はこれを侮蔑か何かと勘違いし、顔を紅潮させ憤る。


「ふざけるな!!! たかが一介の餓鬼が伯爵たる儂に条件を叩きつける不義理、不敬、暴挙!

  そのような本なぞこうやって燃やして……!!」

「【完全防護】。」


無詠唱で飛び込んできた大きい焔の玉は、対象と指定されたであろうアルカレンスと証拠品となる本を前に霧消した。

ちなみに対象の本はアルカレンスの左手に抱えられている。


「んな…儂の焔魔法はどうなったのだ…!?」

「(…ホンマに理解ってないんか)条件は呑まれへん…いうことでええんやろか?」


伯爵は不意に背筋が凍るような感覚を覚える。

一介の餓鬼が、魔力なしと断定された出来損ないが、儂の魔法に対して無傷とはどういうことだ。

謎が混乱を呼び、不可解な現実が不気味な雰囲気を作り出す。

自然と伯爵は状態異常に罹ってしまう。


「……ま、魔力なしの貴様が、レナンディを元に戻す確証など……!!」

「『ある』言うてるやろ確証は。ほんで条件呑むんか?呑まんのか?」


明らかに通常の状態ではなくなっているナイエルディア伯爵に対して、一押しずつ圧力をかける。


「呑まんねやったら、共々天に召されるとええわ」

「…!……!!………!!! ま…待たんか……」


アルカレンスはしびれを切らしてカウンティングを始めた。


「さーん……にーい……」

「ま、待……て…」

「いーち……」


あと一歩のところまでカウントを進めた時、ナイエルディア伯爵が涙を流しながら声を張り上げる。



「待ってくれ!!!! 妻を…レナンディを助けられるのが本当なら、魔力があろうがなかろうがどうでもいい!!

  不敬だの暴挙だの、下らんプライドなどもうどうでもいい!! もう儂の目の前で、仲間を、家族を失うのだけは二度とご免だ!!!

  条件を呑む!どんな天罰も受ける!儂自身がどうなろうと構うものか!!レナンディは大事な妻なのだ!!!」



アルカレンスは心の底からにっこりと笑った。

「嘘偽りはあらへんな?親父はん」

「神に誓う!天に誓う!全ての聖霊に血の誓約を交わしてもいい!!だから頼む!!」


今のこの発言が嘘かどうかはアルカレンスには理解っていた。

何故ならアルカレンスは初めから【偽証看破】を予め行使していたから。


【偽証看破】は、偽りの証言や宣誓を行った場合に限り行使者に鮮烈な悪寒を走らせ、身の危険を感じ取ることでそれを看破するもの。

ナイエルディア伯爵の言葉を受けて一切の悪寒を感じない限り、彼の言葉は真意であることを能力は告げている。

ここまでのことが起きなければ改心に至らなかったのだろうかと危惧する点は尽きないが、一先ず偽証でないことを喜んだ。



「もう一度言うとくけど、うちは義母はんに危害は加えとらん。うちは昔から、何をするんにしてもやられた側やで」

「それもこれも全て儂が悪いのだ!民を護るべきだった立場にあった儂はいつしか、立場を守るためだけに動くようになってしまった!

  それがそもそもの間違いの発端だったんだ!大事な妻一人護れずして民を護ることなど誰が出来る!

  お前は愚か者でないことは薄々わかっていたのに、目に見えることだけを信用し始めた儂がどうかしておったのだ!!」

「…………【全快】。」



アルカレンスの掌の先は、レナンディに向けられた。

掌から伸びる薄く光る緑色の光が、緩やかな弧線を描きながら、しかし真っ直ぐにレナンディへと伸びていく。

彼女の身体へ到達した光は、全身を余すことなく包み込み、やがて命を蝕み始めた火傷やその他の疾患をゆっくりと霧消させる。

彼女の状態表示から『全身火傷/危篤』の文字がじんわりと消え、代わりに『安眠/快活』の文字がじんわりと浮かんだ。


状態表示の変化と同時に彼女の身体疾患も変化していった。

苦悶の表情を浮かべたままだったレナンディの顔色はみるみるうちに生気を取り戻し、安心したような表情へと戻っていく。


回復が終わった瞬間、緑色だった光が一瞬だけ蒼色に変化したが、誰の目にも視認されることなく大気へと姿を消していく。



「親父はんの心の内は痛い程よぉわかった。これからはちゃんと愛したってな」

「……ほ、本当に完治したのか…レナンディ……!!」


ナイエルディア伯爵が勢いよくアルカレンスへ涙に濡れた顔を向けると、間髪入れずに膝を付き手をつき頭を垂れた。


「アルカレンス!礼を言う!! 大事な妻の命を、使用人の想いを、民の心を完全に失うところだった!!

  此れからは心を入れ替え、確かなる待遇を果たす……ありがとう…本当にありがとう!!!」


それはまるで日本の『土下座』だった。

最後まで【偽証看破】による悪寒を一かけらも感じなかったことから、伯爵はここでようやく自らを改心することに成功する。


アルカレンスは身に危険が及ぶことが無くなったとして、上階である屋根裏部屋から飛び降り、下階の全員と同じ床へ立つ。

周囲の使用人もようやく、安堵の表情を浮かべることが出来たようだ。



「親父はん。世界にはまだ親父はんのように自分の心に気付けんアホゥがようけおる。

  せやから、今ここで自分の心に向き直せたんは、とっても誇らしぃ思うよ。これからもよろしゅう頼んでもええかな?」

「……約束しよう! アルカレンス・ウィル・ナイエルディア、お前が儂の子であることを今誇りに思う!!」




二人の確執が無くなったことを機に、アルカレンスの生活水準は同等以上まで引き上げられた。

後日、レナンディ伯爵夫人が無事目を覚ますと、ナイエルディア伯爵は妻の快癒を喜ぶと、体を自身へ引き寄せ安堵の涙を流した。


アルカレンスが伯爵家を立て直す切っ掛けを起こした、8才の出来事であった。




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