7文字目 8才、五子の逆襲-1


執事の助けもあって屋根裏部屋に用いることが出来た本。

アルカレンスが偶然目にしたページの一文から、すべてが好転しようとしている日差しの強い朝。

ほぼ寝ずに本を繰り返し読み、感覚に慣れるためにいくつか練習を重ねていたため、猛烈な眠気が襲い掛かる。


「うーあ~ねむい゛~…」

当然ながら夜更かしどころか徹夜に至ってしまっている上、8才の身体習慣も相まっているため睡魔の誘惑はとてつもなく強烈である。


「う゛ー…仕方(しゃあ)ない、使うか……【覚醒】!」

手の動きや位置は特に意識はしていないのか、棒立ちのような姿勢のままで詠唱を行った。

昨晩のような淡い光が全身ではなく、両目から上の部分のみに表れる。うっすら透明がかった白が辛うじて見える程度。


光が収まってから瞳をゆっくり開くと、先ほどまで多く出ていた欠伸と共に強靭な睡魔が身体から消え去っていた。

しかし、これはアルカレンスが後述する理由から、乱用には強大なリスクが生じるため行使を控えたいものである。


「便利やからって連続で使ぅたりすると、人間的な成長を阻害する副作用があるて書いとったなぁ」


実例の記述が例の本にあった。

内容いわく―――


『連続行使した人間に起きた副作用として、最強睡魔に襲われていても眠ることが出来なくなった』

『睡眠の状態異常を受けているにもかかわらず意識は残っているが、身体駆動を一切行えない。麻痺と変わらないほどの副作用』

『これが恒常化した結果、対象者は廃人化。健常な意識はもはや見る影もなく植物状態に等しい、死以上に惨憺な最期を迎える』


ということだそうだ。

人として生きているとは到底思えないレベルの副作用を受けてしまうので、アルカレンスが行使するのを躊躇する理由も理解できる。


著者はその副作用を見てどう思ったのかはわからないが、研究という見識を考慮しても複雑な心境を抱いたのは察するに余りある。

それほどに、この特異的な能力の行使どころは考えなければならなかった。


元々アルカレンスは能力があるとわかっただけでも歓喜ものであり、悪用のために行使する予定はまるでないので、

実例の記述などを理解した上で現状の打破から今後の展開までをしっかり思案して程々に行使する計画を立てた。


魔力ではない特異的な能力、という部分のみを客観的に聞くと、では分類はどうなるのかと考察するものもいるだろうが、

あくまでも現時点では『特異能力』として定義しておく。



「さ、そろそろ煩い声が聞こえてくる頃合いやな」


それから一拍間を置いて、想定通り声が轟いてくる。


「アルカー!!大事な話があります!すぐに降りてらっしゃい!!」

「いやや~」


間髪入れずに拒絶の言葉を発した。

少しの沈黙が流れたが、程なくして罵声に近い声として再度響いてくる。


「生意気言ってないで早く降りてらっしゃい!!折檻されたいの!?」

「やです~~~」


今度は間髪入れずに入り口付近に爆発音が響いた。


「アルカーーー!!!」

「もうそんな義理ないわ義母はん。そんなんでうちをビビらせられると思うとるんやったらお門違いや」


8才が切る啖呵ではないが、恐れを欠片も抱いていない様子を見るに、状況を突破する計画の成功率は高いと踏んでいるのだろう。

ここまで拒絶の言葉をかけられ、もはや小馬鹿にされているとは思えなくなったのだろう、下の階から何やら長い詠唱が聞こえ出す。


「そろそろかなー。【魔反射】!」

掌を向けている先は下の階に続く屋根裏部屋の扉。

【魔反射】の対象を掌の先にある物質に絞ったようである。


間もなくして下階から詠唱が完了した義母らしき人物の魔術名称が大声で轟いた。


「【エン・ディオレ・ベラルーサ】!!!」


おそらく発射されたであろう対象魔術は、一拍早く行使されたアルカレンスの【魔反射】を受けた扉に向けて放たれたようで、

屋根裏部屋からは黙認できないがアルカレンスの思惑通り対象魔術は効果通り反射を受け、対象者に戻っていったようであった。


「ぃや゛あああああああああ!!!」


屋敷どころか周辺地区すら異変だと思わんばかりの大きな震動と共に断末魔のような悲鳴が1.5倍量の声量で聞こえてくる。

ぱちぱちと燃えているような効果音に加えて断続的に悲鳴を上げているところを鑑みるに、炎熱系または爆発系の魔術だったようだ。

それも相当の威力を誇っていたと推測され、【魔反射】の対象だった扉の周辺が炭化し、支えを失った扉もまた下階に落ちた。


あまりの展開の早さに、大勢の人物たちが下階に集まったようで、何の騒ぎかと喚きだす声が上がり始める。


「レナンディ!レナンディ!!何故お前が炎に身を包まれておるのだ!!?」

「奥様!少し我慢なさいませ!【ホン・サークレッシェ】!」


まるで消防隊員がホースから水を放出させているかのような強い水流の音を一瞬だけ耳にした。

義母らしき人物―――レナンディの身を焦がし始めていた炎を消火させ、すんでのところで重傷を免れさせたようだった。


(あっちゃ~…ものっそい邪険に扱われとったんは確かやけど、まさかでっかいの思っきしぶっ放すかぁ~)


心の中で、自分に愛は向けられることはないという思いを確実にしてしまったアルカレンスは、着の身着のまま姿を現した。


「アルカ!貴様…母親に向かって何をしたのだ!!」

「何もしとりゃーしませんわ親父はん。義母はんはちゃんと無事ですのん?」

「何という口の利き方を……忌々しい…!!伯爵家に恥じぬよう儂が直々に教育したことを忘れおったか!!」

「何に激昂しとるか知りまへんけど、早う快復させたった方がええんちゃいますのん?そのままやと義母はん―――」



「死にまっせ?」




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