6文字目 異世界で学ぶ【日本語】の特異能力



詠唱紋によって身体が光に覆われる。それが徐々に薄れていくのと同時に、奇妙な感覚を覚えたはずだ。

最初に言っておくと、それは『魔力』ではない。



「違うんかい!!」

思わずツッコんでしまった。期待外れにも程があらぁと少し心を荒めてしまったが、諦めずに読み進める。



その奇妙な感覚は『魔力』ではないので、魔力鑑定士に再鑑定を依頼したとしても以前と同じ結果になるのは明白だ。

じゃあ何なんだよとか、違うのかよとかツッコミを入れたのかもしれないが、期待外れと結論付けるのは待ってほしい。


実は私も初めは期待したんだが思わずツッコミを入れてしまった口でな…まぁ別の意味で期待異常だったから、

これを機にしっかりを教えたくて本に残した次第だ。しっかり読んで理解してくれ。


まず【真価解放】という詠唱文句は私たちの言葉で何語と呼んでいるのだろうか?

そして眼前の君はこの文字を何と発言したのか?


ここまで読んだならさすがに同郷の人間ならわかるだろう。

「しんかかいほう」なんて、それぞれ「真価を発揮する」とか「苦悩からの解放」とか、よく聞く単語を繋げたに過ぎないがね。


それでも、『意味を理解しているならば今後の能力行使は問題ではなくなる』。

例えば今とっっっっっっっっっても君が疲れに疲れて今にも死にそうなくらい疲労していたとしよう。


寝れば回復する。食事をとれば回復する。休息を取れば回復する。

しかし、手っ取り早く言葉を発するだけで回復できるのなら、そうしたくはならないか?


だったら【日本語】で能力を行使してみよう。

【日本語】を昔の自分以上に意識しながら、言葉を発してみるといい。


例えば――――





「【全快】っ!!」


アルカレンスは自分の胸に手を当て、これまで以上に【日本語】を強く意識し、本来の意味を深めながら発音した。

外見上の変化はほとんどないように見えるが、極微かにぼんやりとした緑色の光が身を包んでいる。


程なくして集中から解かれた時、アルカレンスは身体を動かしたり立ち上がったりして自身の身体の調子を再確認する。

腕をぶんぶん回したり、膝を交互に高く上げたり、Y字バランスを取ってみたりもした。


不思議という一言で片を付けるにはもったいないくらい、先ほどまで感じていた疲労感や痛みが全て消え去っている。



「まぁじでか!これはすごいで!!」


流石にここまでとは思っておらず、心底から歓びに打ち震えていた。

まさに期待以上の効力を発揮したと言えよう。



「期待以上も以上やでこれ!最初にこの本さえ見つけられたらこんな苦労せんでもよかったのに~人が悪いわぁ~!」


疲れも何もかも吹っ飛んでいったからか、この世界ではおろか元の世界ですら見せなかった歓喜の動きを一人行っていた。

さらなる続きを読もうと再度本を手に取って続きを目で追った。




まぁ、これで本当に全回復出来たのなら、私としては驚きを隠せないだろう。

何せ、今のは誰にでもできるようなものではない、ちょっとしたお遊びのような詠唱紋だったからな。


もしこれで「この本さえ見つけられたらこんな苦労はしなかった」と思えているのなら、敢えて一つだけ忠告しておく。

お遊びとは言え、発動できたのなら儲けものだと思うかもしれないが、使い方を間違えれば世界を滅ぼす諸刃の剣にも成り得る。


成功したのなら、次はこう詠唱してほしい。というか必ず詠唱するように。

でなければその体と魂は永久的に消滅してしまうからだ。実際にこの目でも見てきたから間違いはない。


いいか、念を押して記述しておくぞ。必ず詠唱せよ。永遠の死を迎えたくなければな。

では教える。その言葉は―――――




「【清浄輪廻】!」


うんともすんとも言わないような何でもない空気が漂う。

「何も起こらんやんけ!」


先程の期待はどこへやらといった感じだが、実は効果はすでに表れている。


「…ん?」


アルカレンスが右の手の甲を見ると、先ほどなぞった詠唱紋とは違った紋章がうっすらと浮かび上がってきた。

所謂これが【清浄輪廻】の効果らしい。

これについての解説を書物を通して見てみると―――




【清浄輪廻】とは、己に悪意を持った、あるいは己が持った悪意によって起こる事象を無効化することができる。

ON/OFFを自発的に切り替えることも出来るが、余程のことが起こらない限りONにしておくことをおススメする。


これによって正しい能力の行使のみを発現することが出来るようになるので、ここまで現実化出来たら安心していい。

一応説明するが、OFFにするとカウントダウンタイマーが作動し、8秒の内にONに切り替えないと体と魂は強制的に永久消滅だ。


【清浄輪廻】の発現前に悪用した人間を見るに、悪用するための能力行使に必要な時間は全て10秒を超過した。

つまり、意図的にOFFにして悪用しようとしても、この能力が発現した後ならそれを行使する前に GAME OVER だ。


余程の物好きか死にたがりでない限りはOFFにはしないと思うが、私は書物を通して忠告したからな。


ここまで実践して発現させられたなら、君はもう歴史に名を遺せるポテンシャルを持った一人の人間だ。

自由に旅をしてもいいし、慎ましく過ごすのもいいだろう。


手助けになるかはわからないが、次ページから4ページ先までの間に詠唱文句と実際の効果を例としていくつか挙げておく。

今後の君の人生が、とても幸福なものであるように心から願っている。




それから先の指定したページ数までは確かに実例と思われるいくつかの能力行使例が記述されていた。

ここまで読み進めた限りでは、書物の著者は同じ日本人であること、能力行使するために【日本語】を媒体とすることが明らかになった。

魔力なしとされたアルカレンスにとっては朗報以外の何物でもない、運命的な出会いとした書物と言える。



「来るかどうかわからん同郷の人間のことを想ってここまで書いてくれとるやなんてなぁ…感動モンやで」


まだ発現したてで実感は湧いていないのか、少し他人事のように考えてしまう。

しかし、実際に体感した以上は確かで有益なものであると理解った。


アルカレンスは明日からの行動について考えるため、本を手に取って繰り返し読み返した。

まるで脳髄まで彼の教えを刻み込まんとするように。




そして、長く感じた一夜は瞬く間に明けた。




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