5文字目 【日本語】で綴られた『異世界』の本



屋根裏部屋に戻ってきたアルカレンスは、節々の痛みなどどこ吹く風といった感じで眼前の本にのみ興味を注いだ。

まず気になったのは先ほどの一文が描かれたページ。



『このページは呪われている。読むかどうかはそこのお前次第だ』



「もう呪われてるようなもんやしなあ。今更呪いが二つ三つ増えたってどうってことあらへんやろ」


そう思ってページを一枚捲ると、この世界ではとても奇妙と思われる内容がそこにはあった。

アルカレンスにとって――――いや、「彼女にとって」とても馴染み深い言葉で描かれている。


内容はこう記されている。



ハーシバル歴の古くから伝わる魔力。

多くの者はこの魔力の多さによって数ある歴史や冒険譚など、数多の事象に名を遺してきた。


しかし、その全ての人物の魔力が桁違いに多かったというわけではない。

中には魔力が少ない者、あるいは魔力自体が存在しない者の名も刻まれている。


ではなぜ、この世界に於ける重要なファクターである魔力無き者が名を遺すことが出来たのか。

それは偏に、それらの人物すべてが『特異的』であったからに他ならない。


仮にこれを読んでいる者が『呪われし者』と呼称されていたとしよう。

何故『呪われている』と呼称されているのか。そして何故前ページに『呪われている』と記述したのか。


結論から述べると、『呪われていない者にこの書物を読むことは出来ない』。

そしてそれを正しく言い換えて述べ直すと――――




『この世界の言語を正しく理解している者に、この書物を読むことは出来ない』。




これを記述している私自身、この世界の元々の人間ではないからである。

そしてそれを読めないということは即ち、異界の言葉を知らない純粋なこの世界の人であるということだ。


逆に言えば、これを読めている時点で、眼前の君は『異世界に転移あるいは転生した人間』である何よりの証明である。

一目、前ページの一文を目にしただけで『馴染み深い』と感じなかっただろうか。


それもそのはず、著者である私の出自もまた元の世界『地球』における日本人だったのだ。

おそらく、ここからしばらくのページを読むことは出来るだろう。


しかし、それ以外の部分は転移歴あるいは転生歴が浅ければ浅い程、見慣れないとかわけがわからないとか思うはずだ。

一応、私にも少なからず魔力はあったようなので、この部分はこの世界の人間にとって余談ですらない、

文字通りの『呪われた言語で描いた文章や絵や記号』を使用しているだけに過ぎないのだが。


それはともかく、眼前の君が本当にこれを読めているというのであれば、まずはこの詠唱紋を描き、唱えてほしい。

紙やペンを用意してもいいし、掌に指でそれとなくなぞるだけでもいい。


然程複雑ではないよう書いたつもりだが、そこそこ工程があるのでなぞる場合は注意してもらいたい。

と言っても、書き順を記した絵記号を次ページに記述しておくので、わざと間違えない限り大丈夫なはずだ。


書き終わったら、あるいはなぞり終わったら、こう発言するんだ。





アルカレンスは読める内容の通りに、掌に人差し指で書き順を示した通りに詠唱紋をなぞり終え、口にした。


「【真価解放】!」



刹那、掌になぞった詠唱紋が記述通りの絵記号となって光を帯び、目映い光で身体を覆う。

突然の事象に驚きを隠せないアルカレンスはあわあわと慌てた。


身体を覆った光が徐々に薄れていくにつれ、アルカレンスは不思議な感覚を明確に認識し始める。

思えば『彼女』がまだ器に収まっていない、アルカレンス本体としての記憶である5才の時、

アルカレンスは魔力鑑定士から4回のやり直しを含め『魔力なし』と全て判定されてしまっていた。


その本人が抱いた不思議な感覚とはもしや、魔力のことではないのか?

アルカレンスが期待に胸を膨らませて本の続きを目で追い始める。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る