4文字目 ある本との出会い

「彼女」が転生してこの世界にやってきてから早10日。

この日は朝から当主のナイエルディア伯爵の旧書斎の片付けを申し付けられていた。


あれやこれやと書籍を運んでは出し運んでは出しを繰り返し、積もりに積もった埃を集めて廃棄しながら今日も溜息をつく。


「あ~~~本多いなぁ~~~」


周囲には誰もいない。

状況から考えてアルカレンス一人がこの重作業を任されているようである。

他に執事や使用人は存在するものの、彼ら彼女らは伯爵家人らに手を貸すことを禁じているようであった。


故にアルカレンスはこの旧書斎をたった一人で全て行わなければならなかった。

この作業を指示されてからすでに4日は経過している。


(重度の本好きやとは聞いとったけど、いったい何百冊あんねん…ほとんどが数センチレベルの分厚さやし…)


時刻は夕方に差し掛かろうとしていたので、腕だけでなく足腰にもそれなりに疲労が蓄積している。

それ以前にアルカレンスはまだ幼気な8才の子供であるため、本の運び出しが一番難儀するところであろう。

何せ相当鍛錬を積みでもしていない限り、子供の腕力では分厚い本を十数冊持って往復することは出来ない。


それなのに本人が心で憔悴する通り、旧書斎には少なくとも千冊間近ではないかと思うほどの大量な書物が置かれており、

4日かけて運び出してもざっと見てまだ半数残っている。


そんな重労働をしているアルカレンスに向けられる言葉の中に労いや心配を表す言葉は出てこない。

ブラック企業も真っ青の精神搾取である。


最初から数えたら何十回目ーーーいやさ百何十回目であろう運び出しのために本を持ち上げようとした時、

圧倒的疲労量からか足が縺れて本と共に重力に逆らえず床へ倒れ込む。

どさどさ、ばさばさ、と散る本が身体を打ったり床に落ちたりする音を聞き、誰かが部屋前まで駆けつけてきた。


「ああ、アルカ様、ご無事ですか!?」


痛みを感じ取りながら視線を声のする方へ向けると、そこに立っていたのは伯爵家の筆頭執事と思われる老人がいた。

彼は伯爵家人たちにこの仕打ちを一度は抗議したものの、返ってきた答えは彼の家人を盾にするというものだった。

彼自身はアルカレンスの手伝いどころか作業自体を引き継ぎたい思いが今もあるのだが、肝心の雇い主がそれを許さない。

故にここで声をかけるのが彼の精いっぱいの行動であった。


「あー、うん、本が重くて所々打ったけどな。まあ、大丈夫だとは、思う」

「その状態で作業をするのは大変危険でございます。本当ならば我々が行わなければならぬものを、お一人で…」

「いや、テル爺の家族のこともあるやろし、別に構んで」

「………本当に不甲斐ない。本日は切り上げさせていただくよう旦那様に進言させていただこうと思います」


その時、遅れて落ちてきた本が額に直撃する。

流石にその痛みは強靭だったか、「い゛っ…!?」と声を上げ咄嗟に額を押さえ悶絶した。


「ああっ、アルカ様!?」

「うぉぉぁぁあ…たたた…」


額を直撃させた本に怒りの籠った視線を向けると、本は無造作にページをぱらぱらを開かせていた。

はらりと動きが止んだ時、アルカレンスは奇妙な内容を目にする。


「ん…? 『このページは呪われている。読むかどうかはそこのお前次第だ』……何やこれ」


この一文に興味を引かれたアルカレンスは起き上がりざまにその本を手に取り、執事へこう言った。


「テル爺、この本少し借りてってもええかな?」

「は……私めの一存では何とも申し上げられません……」


ばつの悪そうな顔をしながら、執事は続ける。


「……しかしアルカ様がご興味を抱いたのでしたら、私めはそれを尊重いたします。

  責任はお取りいたしますので、今のうちにお部屋へお持ちになってください」

「ありがとうな、テル爺」


執事が急ぎアルカレンスを屋根裏部屋に誘導する。

道中、彼は一人の使用人に屋根裏部屋に面する部屋の掃除をなるべく時間をかけてやるよう指示をし、

家人らがアルカレンスにかける時間を減らそうと便宜を図ってくれた。


それから旧書斎の落ちた本を一旦何事もないように積み上げることで事は過ぎ去ってくれたらしかった。





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