ただふざけているわけではないということですわね。

わー!!と、声を上げながら、ベンチまで戻ると、途端に真面目な顔つきになる。



「設備の管理班の方はいます?ちょっと来て下さい」


そう言うと、エスコートキッズが捌けていった出入り口で、人づてに俺の言葉が繋がり、まさに球場設備管理班というパスを首からされた白シャツのおじさんが現れた。


俺はそのおじさんの側に寄りながら、1塁側スタンドの上の方を指差す。


「あそこのLED照明1回消えてから点いていないんで、確認した方がいいかもしれませんね」


そう指摘すると、おじさんは顔を引きつらせた。


「本当だ!申し訳ありません!すぐに直します!!」


おじさんは慌てた手つきでケータイを取り出し、どこかへ電話をしながら、ダッグアウトへと消えていった。



オランダの選手達やスタンドのお客さん達も、どうした?どうした?という雰囲気になっていたので、俺はごめんなさいねと、謝るようにしながら列に戻った。




そして、高らかに日本国歌を斉唱する。誰にも負けない美声で。



ただ、清らかに。



「さて、試合が始まるところですがメンバー表を交換。両指揮官がホームベース付近に集まり、1塁側スタンドの高いところを見ています」



「こちらベンチリポートです。よろしいでしょうか」



「はい、どうぞ」




「先ほど、国歌斉唱の前に、新井選手が1塁ベンチに戻って、何やら訴えていた場面があったんですが、1塁側スタンドの高い場所にある照明の一部が点灯していないことに気付いたようでして、専門のスタッフに確認を取っていたみたいですね。


その一応経過報告という形で、両チームの指揮官にも、審判団を通じて共有がなされているようです」



「なるほど。そういうわけでしたか。ようやく疑問が解決されましたね」


「しかし、この新井という選手の、なんでしょう。視野の広さといいますか、すごいですね。いつまでふざけているんだと思わせたところでこれですから」


「彼はルーキーの時からそういうところはありましたね。人とはちょっと、思考の角度が違うんですよ。いつのにか彼のペースにされてしまっているという。


監督室でこっちが叱っているのに、おにぎりを食べたり、お菓子を盗んだりしてましたけど、ちょっと叱れなくなりますからね」



「その新井の指摘のおかげで無事照明は正常に戻りました。試合が始まります。日本の選手がまずは守備位置に散っていきますが………新井が今度は持ちきれないぐらいのサインボールを抱えて現れました!ポトポトとボールを落としながらレフトの守備位置へと向かいます」





グラブがぐにゅーんとなるくらいにボールを持ってきてしまいました。それをスタンドのお客様に向かって投げる。


落としたボールも、平柳君や棚橋君達が回収し、問題なし。おかげでキャッチボールする時間もなし!



そして、決められたかのように、先頭バッターの打球が俺の頭上に上がったのだった。






「空振り三振!最後は得意のスライダーでした!先発の添田!レフトフライにファーストゴロ、そして三振!!初回オランダ打線に対し見事な立ち上がりを見せています!」




「オッケーイ!ナイスボール、ナイスボール!」


「ソエちゃん、いいよ!」


「ナイスピッチャー!いいボール、いいボール!」



去年の西日本リーグの最多勝投手がテンポよくワン、ツー、スリーでベンチが活気づいた。


俺は急いで準備をして平柳君と共に、グラウンドに出る。



「新井さん。やっぱり代表戦となるとちょっと違いますね!」


「ああ、久しぶりの日本のファンの前だからね。2者連続ホームランくらいはやらないと満足してもらえないかも」


「あははは!じゃあ、狙ってきますわ!右中間にある、保険の新井さんの看板にね!」




そう宣言して出ていった平柳君のファーストスイング。1度対戦したことのあるピッチャー相手に初球のインコースをコンパクトなスイングだった。



打球は1、2塁間を真っ二つに破るヒット。いきなりスタンドが盛り上がる。


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