第4話 犯人は意外と身近に
行列に並ぶこと1時間。刺さるような軽蔑の視線に耐え、ようやく店内へと入る。
店内は白を基調としながら、淡いピンクやミントグリーンのアクセントカラーが取り入れられており、女性客に人気というのも頷ける。
店内にいる満員のお客さんは、みな美味しくご飯を食べたり、楽しく会話していたして楽しいひと時を過ごしていた。
店内に入った瞬間、その幸福なムードを邪魔した珍入者に抗議と不審の視線が向けられる。
「こちらの席にどうぞ」
申し訳なく案内された窓際の席に座ると、ひきつった顔の店員がお冷を置いた。
「ご注文はお決まりでしょうか?」
「メガ盛りパフェとアイスコーヒーをください」
犯人から指示された通りの注文を済ませると、店員さんは逃げるように去って行った。
お冷を一口飲みながら、考えてみる。
一体犯人の目的はなんなのか?一向に身代金の受け渡しに関する指示がない。
羞恥プレイの連続に、犯人はどこか近くから見ながらほくそ笑んでいるに違いないが、周りを見渡しても若い女性ばかりでそれらしき人物は見つからない。
「お待たせしました。メガ盛りパフェとアイスコーヒーです」
事務的にパフェとアイスコーヒーをテーブルに置くと、店員さんは視線を合わせることなく去って行った。
テーブルの真ん中に鎮座するメガ盛りパフェは、金魚鉢のような大きな器の一番下には、ふわふわのスポンジケーキが敷かれ、その上にはバニラアイスクリームがたっぷりと乗せられていた。
さらにアイスクリームの上には、新鮮な苺やキウイなどのフルーツに、ホイップクリームやチョコレートソースがたっぷりとかかっている。
トップにはカラフルなマカロンとポッキーが立体的に盛り付けられており、あきらかに5人前以上はありそうだ。
1時間ほど前に飲んだ缶コーヒー10本は、まだ胃の中に残っている。
その状態でこのメガ盛りパフェを平らげるのは厳しいが、娘を助けるためには食べきるしかない。
スプーンを手に取り、パフェの生クリームを豪快にすくった。
◇ ◇ ◇
必死でメガ盛りパフェを食べる聡志の姿を、美由紀は二つ後ろのテーブルから見つめていた。
「お母さん、どうしたの?」
愛美がパンケーキをほおばりながら話しかけてきた。
「いや、お父さん、頑張ってるなって」
「それにしても、お父さん私たちに気付かないね。鈍感~」
愛美は蔑む笑みを浮かべながら、パンケーキに添えられているアイスクリームを口に入れた。
だて眼鏡をかけて、髪型や服装をいつもとは変え変装しているとはいえ、聡志は朝から後ろを付けている私たちに気付く素振りをみせない。
目の前のクリームブリュレのカラメルをスプーンで割りながら、ため息交じりにつぶやく。
「だから、会社でも失敗続きで未だに主任どまりなのよね~」
同期はすでに係長や課長に出世していく中、典型的な行動力のある無能の聡志はミスを連発しており、5年前から主任のまま役職は変わらない。
若いころはガムシャラに頑張る姿に惚れて結婚までしてしまったが、今では単なる無鉄砲な馬鹿にしか見えない。
「で、次はどうするの?」
「そうだね、映画館でも行ってもらおうかな?」
「映画館?」
「そう、ここからちょっと歩いたところにあるミニシネマ館。ハッテン場になってるみたい」
「無事に出てこれるといいね~。中を見られないのが残念ね」
愛美と二人で笑いあった。
「それでそのあと、デパートの化粧品売り場でメイクしてもらって、それで歩いて帰宅してもらおうかな」
女性だらけの化粧品売り場で美容部員に声をかけて、衆人環視の中メイクされる聡志の姿を想像すると笑いが漏れた。
「足の痛みに耐えながら1時間以上歩くと思うと、ゾクゾクしちゃう」
愛華も慣れないハイヒールで歩く聡志の姿を想像して、光悦の表情を浮かべている。
サディスティックな趣味をもつ愛華に、わが娘ながら呆れてしまう。
―——1か月前
飲んで帰ってくるという聡志のいない愛華との二人での夕食。
学校での出来事を楽しそうに話している愛華に、申し訳ないと思いながら思い切って話を切り出した。
「ねぇ、お母さん、お父さんと離婚しようと思ってるの」
出世できず安月給なのは私が独身時代に貯めた貯金を原資とした資産運用でカバーできるので問題はなかったが、新入社員に手を出したと同期で聡志の上司でもある森下かおりから連絡があったときには、怒りより呆れの感情がわいてきた。
「いいんじゃない」
愛華は何でもないかのように同意してくれた。
実家に戻れば家賃はいらないし、母と娘二人での生活費ぐらいどうにかなるだろう。
愛華が何か良いことを思いついたような表情を浮かべ、トンカツを頬張りながら話し始めた。
「でもその前に、お父さん使って面白いことしない?」
「面白いこと?」
愛華が思いついたのは、狂言誘拐で犯人からの指示ということで聡志を女装させていろいろな試練を与えることだった。
◇ ◇ ◇
ヒールがこんなに歩きにくい物なんて知らなかった。
一歩歩くたびに激痛が走る。
結局、身代金の受け渡しはないまま、歩いて自宅に帰るように指示されて歩き始めたが、ハイヒールでの道のりは果てしなく遠かった。
1時間以上歩き続けて、ようやく自宅がみえるところまでたどり着いた。
すでに日が暮れてしまった。日が暮れたおかげで周囲からの不審な視線は感じにくくなって少し楽だ。
家の玄関の明かりが、いつもより優しく光っているように感じた。
「ただいま」
「おかえり」
ぼろぼろの体で玄関のドアを開けると、愛華の声が聞こえた。
「愛華、無事だったのか~」
娘の無事な姿に、涙があふれてきた。
「で、お父さん、何なの?その格好」
「あっ、いや、その、これは、犯人からの指示で……」
「そっか、お父さん、そういう趣味があったんだ。まあ、多様性の時代だもんね。奇麗にメイクまでして、似合ってるよ」
愛華が嬉しそうに微笑んだ。
娘にこの格好を見られたのはショックだが、まあ無事に戻ってきてくれてよかった。
安堵したことで、精神的にも肉体的にも限界を超えていた疲労が一気に襲ってきた。
リビングのソファに倒れこみ、眠りについた。
そのまま何時間眠ったのだろう、気づけば外は明るくなっていた。
ソファの上で目を覚ますと、家の中は静まりかえっていた。
「美由紀、愛華、いないのか?」
キョロキョロと家の中を見渡すと、リビングのテーブルに一枚緑色の紙が置かれていることに気付いた。
手に取ると、美由紀の字で書かれた付箋が貼られてあった。
「名前書いて、出しておいてね」
娘を誘拐された僕は、女装する 葉っぱふみフミ @humihumi1234
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます