自分の中にある偏見と向き合わされる物語

 イントロダクションに書いてある通り、非常にナイーブなテーマを扱う小説。自分も相応に身構えて読み始めた……つもりだったのだけれど「実はこの時点で筆者の術中に落ちていたのでは」と驚かされた。それが、本作終盤でカミングアウトされる、佐伯の「恋愛感情や性欲が持てない」という悩みだ。

 本作は一人称寄りの三人称視点だが、文章が滑らかで読みやすいため、読んでいて「佐伯の一人称」のようにも感じられる。また、佐伯はクラス内で比較的「陰キャ」に分類されるポジションだったり、自分の趣味を分かち合える友人がいなかったり、けれどそれなりに仲の良い友人はいたり……と、この絶妙な実在感もあって、自ずと佐伯に感情移入させられてしまう。しかし、その感情移入という「佐伯のことを分かったように感じる」ステップを経て明かされるのが上記の秘密。知らず佐伯を自分=異性愛者の視点に立たせてしまっていたことで、自分が作中で揶揄されていた「知らず誰かを傷付けている」者になってしまい、そのことが「いかに、人が普段 “想像力” を持てていないか」というメッセージとして痛烈に刺さる。

 LGBTQという言葉が認知度を高め、様々な方が「自分はLGBTQに理解がある」と公言するようになり、そのことを前面に押し出した創作物も急激に増えてきている。自分はそんな発言に、時折「LGBTQはお前たちの “格” を高める道具じゃない」と憤りを覚えてきたが、そんな自分もまた同じ穴の狢だと気付かされるのがこの小説。

 しかし、この小説は決して説教、ないし「異性愛者への批判」になっている訳ではなく、佐伯と遠近以外のキャラクターも生き生きと好感が持てる形で描写されている。(「悪い奴じゃなくても、何気なくこういう発言が出てしまう」という点はかえって非常にリアルだ)

 だからこそ、本作は単なるメッセージの主張ではなく「一つの物語」として纏まっているし、胸を抉られこそすれ、不快な思いになることはなかった。むしろ、佐伯と橋近は勿論、横谷や大輔たち他の面々も含めた彼らのその後を見てみたい……と素直に感じることができる。そのような点も含め、是非「様々な方に触れてほしい」傑作だと感じた。