夏-5 パン

 三日後、昼休みに俊の席に集まって、横谷と大輔とランチをしていると、「待ってそれアフロディテの塩ロールパンじゃね!」と、池田の大声があがった。関係のない話題だろうと思いつつ本能的にそちらを見やると、池田はこちらを指差している。俊の隣で、ロールパンを食べている横谷が固まっていた。よく見ると机には確かに「アフロディテ」と読める英字が書かれた袋が置かれている。

「俺が行った日、行列が長すぎて途中で売り切れたんだよ!」

 池田の、つまり橋近のグループの男女が俊たちの方に押し寄せてくる。高校生活を満喫し切っていそうな明るい表情に大きく笑う口、短いスカート、第二ボタンまで開けたシャツ、制汗剤や香水の匂い。五感が圧倒されて、橋近の雰囲気には慣れている俊ですらどぎまぎする。横谷と大輔は仰け反っていた。だがしばらくして、池田と横谷のパントークに華が咲き始め、大輔は女子に「澤田ってゲーム好きなんでしょ? ソシャゲでおもろいのない?」と訊かれてしどろもどろになりつつも答えており、だんだんと打ち解けてきた。

「それ、すげー黄色だね」

 爆発的な賑やかさからするりと抜け出すように、橋近が俊の机にちょんと腰掛けた。視線は俊が食べている菓子パンにある。

「安納芋のパンなんだ。期間限定なんだって。お芋がごろごろ入ってるよ」

「まだ暑いけど、そろそろ秋なんだなー」

何気ない会話はそこで途切れそうになったが、有名店のパンが話題になっている脇で百五十円の菓子パンに注目してくれたのがほんのり嬉しくなり、俊は手の中のそれを「食べる?」と差し出した。

「いいの?」

「食べかけでよければ」

「もらうっ」

 橋近の顔が近づいてきて、血色の良い唇が開く。さつま芋が練り込まれた濃い黄色の生地に、コロコロと入った安納芋のキューブ。橋近がそれを咥え、俊の手は少し引っ張られる。触れ合ってはいないが、先日の体育と同じく体温が流れ込んでくる気がした。思いがけないタイミングだったがそのとき、「僕たち親しくなれたんだ」と改めて実感した。橋近はゆっくり咀嚼し、きちんと飲み込んでから「うまい。今度買おっと」とはしゃいだ。

 池田や橋近たちが嵐のように去り、横谷と大輔は緊張が解けたのか椅子の背にでろんともたれかかった。

「明日の放課後、池田と、おすすめのパン屋を教え合う会をすることになった……」

「いいじゃん!」

 俊が喜ぶと、横谷は「チャラそうなイケメンが実はパン好きってギャップずるいだろ!」と、「チャラそう」の部分は小声にしてイーと歯を食いしばるポーズをする。

「俺も、ゲームおすすめしたけど、オタクすぎないラインを見極めるの大変だった……」

 大輔もぼーっと天井を見つめている。

「陽のオーラで疲れたー。楽しかったけどさ。さえきち、橋近と長く喋れるのすごいね。何がきっかけで仲良くなったんだっけ」

「同じバンドが好きだってわかったんだ」

 嘘ではない。保健室での邂逅を伏せただけで、それも理由の一つだ。

「しかしあのグループの女子たち、キワキワだよね」

 今度は大輔が声を潜める。俊がキワキワの意味を探っているうちに横谷が言う。

「村山さんの胸のでかさといったら……後藤さんはスカートみっじかいし、森本さんはシャツ開けすぎて下着見えそうだった」

「大輔、女子の前で挙動不審になるくせにそういうとこはちゃんと見てるのキモいぞ」

「どうせよこやんもチラチラ見てただろ。あの中ではカップル成立してないってのが逆に面白い」

「橋近や池田はとっくにアレ卒業してるんだろうなー」

「さえきちは、村山さんたちの三人だったら誰が好み?」

 女子との接点は少ないとはいえ、男子高校生であれば異性に関連した話題はよく出て、俊にも話が振られる。そのたびに、俊は密かに胃を痛める。

「うーん、わかんないや」

 わかっている。同じことを繰り返せば、胃の痛みは強くなるばかりだと。

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