第7話 突然のスランプ

 僕の夢は、魔法を使いこなして大活躍をする事。このまま力を磨いて学校を卒業して、やがては有名な魔道士になるんだ。

 そんな夢に向かって日々魔法の腕を磨いてたある日、突然悲劇は訪れる。魔法が使えなくなってしまったのだ。どれだけ杖を振っても何も出てこない。


 ヤバイヤバイヤバイ。魔法が使えないだなんて、折角得たクラスで一番の魔法使いと言う地位を失ってしまう。

 困った僕はすぐに学校を早退。自室でふんぞり返るアイツに相談する事にした。


「どうしたホ?」

「理由は分からないんだけど、突然魔法が使えなくなってしまったんだよ!」


 この時、まだ僕は楽観視していた。トリに頼めば何とかしてくれる、そう思っていたからだ。

 けれど、そんな僕の軽い見立てはこの後あっさりと崩れ去る結果となる。


「ついにこの時期が来てしまったようだホ……」

「え? この時期って……。えっ?」


 僕は深刻な顔で話す使い魔の言っている意味が分からない。ただ、この状態が簡単に改善しないと言う事だけは、何となく直感で感じ取っていた。

 首をかしげる僕を哀れに思ったのか、トリは続けて説明をしてくれた。


「俺様が実行した力の解放には反動があるんだホ。簡単に言うとチートのツケだホ」


 つまり、以前僕が魔法を使えるようになった時にトリがした処置の反動が、今になって発生してしまったと言う事らしい。そうなる事が事前に分かっていたなら、魔法が使えなくなる前に言って欲しかったよ。

 原因を知って、魔法の使えないこの状態が一時的なものでない可能性が高まり、僕は愕然として膝をついた。


「ま、そんな落ち込むなホ。いずれはやってきた事だホ」


 トリは呆然とする僕の体を軽く翼でとんとんと叩く。多分慰めてくれているんだろうけど、魔法が使えなかった頃の図書館の主時代の事が頭の中をぐるぐると駆け巡っていてそれどころではなかった。あの時代に戻るのだけは絶対に嫌だ! 

 気がつくと、僕は目の前の丸いぬいぐるみな使い魔に泣きついていた。


「どうにかしてよ! 君なら何とか出来るんだろ!」

「ほほう? ではケーキホ! ワンホールホ!」


 困っている主の足元を見るように、トリは欲望を爆発させる。僕はそれでまた魔法が使えるようになるならと、すぐにケーキショップに走った。

 リクエスト通りに1ホールのケーキを買って帰り、待ち構えていたフクロウにひれ伏しながら献上する。


「おおさめくだされー」

「うむ、苦しゅうないホ」


 満足そうにムシャムシャと糖分を補給するトリを前に、僕は早速手を擦り擦りしながらお伺いを立てた。


「これでこっちの約束は果たしたよ。早く何とかしてよ!」


 フクロウは僕の言葉を無視して真剣に食べ続ける。全ての糖分を補給し終わり、食後の紅茶を飲み干してからトリはゲフッとゲップをひとつ。

 それでも我慢して言葉を待っていると、おもむろに使い魔はくちばしを開いた。


「自力で何とかするんだホ。努力すれば何でも出来るホ!」

「へ?」 

「一度体が魔法を覚えているんだホ。だからきっと出来るホ」


 はっきり言ってそれで解決するならケーキの奢り損だ。ただ、だからと言ってトリに怒りは湧かなかった。答えが分からなかったら落ち込むばかりだったのだから。

 このアドバイスを受け、僕は魔法の特訓を開始する。


 まずは、杖を構えて魔法が使えるイメージを思い浮かべた。昨日まで魔法を発動させていた杖は全く反応しない。取り敢えず、感覚を取り戻すために素振りを100回。その後は感覚を思い出すイメージトレーニング。それから瞑想。

 いきなりは無理でも、きっとこの努力は実を結ぶはず。結んで欲しい!


 魔法が使えなかった頃のトラウマもあって、この事を僕は誰にも言う事が出来なかった。少なくともクラスメイト達には内緒だ。魔法の授業は体調が悪いと言う事にして乗り切った。

 ただ、いつまでもは通用しないだろう。一刻も早く魔法の感覚を思い出さなくては。


 心にモヤモヤを抱えながら歩いてると、目の前でうさぎが5羽ほど逃げ出していく。学校で飼っているうさぎだ。確か今週の飼育当番はユウカだったかな。

 必死で逃げるうさぎをぼうっと目で追っていると、逃してしまった張本人が僕に助けを求めてきた。


「あ、いい所に! お願い、後あの5羽だけなの! 捕まえて!」


 学校で飼っているうさぎは全部で25羽、あの様子だと20羽までは自力で捕まえたのだろう。その表情から苦労の色が見えて、僕はユウカに協力する事にした。

 今までの癖で杖をかざそうとしたところで、今の自分の状況を思い出して自力でうさぎを捕まえにいく。

 苦労して何とか1羽を捕獲したところで、残り4羽を抱きかかえた彼女が不思議そうな顔をして僕の顔を見つめた。


「何で魔法使わないの?」

「あ、あはは……。ちょっとね」


 僕は苦笑いを浮かべ、無理やりこの質問を誤魔化した。うさぎを飼育小屋に戻した後、惨めな気持ちを胸の奥にしまって感情を殺しながら帰宅する。


 それからは、少しでも早く魔法の感覚を思い出すために思いつく魔法の修行は全部試す事にした。精神修養、魔導書読破、魔法陣に念を込める――。

 空いている時間を全てそれらに注ぎ込み、更には睡眠時間を削ってまで取り組むものの、成果が現れる様子は全くなかった。


 魔法修行を始めて二週間後、何度力を振り絞っても全く杖は反応しないまま……。そのせいで、ついに僕はノイローゼ気味になってしまう。このままでは身がもたないと思った僕は、一旦修行を止めて家を出た。

 そうして改めてトリに何とかしてもらおうと、貢物のケーキを買いにケーキショップへと向かう。


 寝不足と消耗のし過ぎで目にクマを作りながらフラフラと道を歩いていると、目の前を歩いてくる女の子の頭上に看板が落ちてくるのが目に入った。

 このままだとあの子が危ない! そう思った時、無意識に体が動いていた。


「ええいッ!」


 僕は杖を取り出し、無詠唱の魔法を使う。こんな事をしても意味がないのに。と、次の瞬間、僕は目を疑った。落下途中の看板が空中で静止していたのだ。女の子は無事に通り過ぎ、自分が助かった事実にも気付いていないようだった。

 危険がなくなった事を確認した後、静止させていた看板をゆっくりと地面に下ろす。


「やっと感覚を思い出したホね。全く、世話が焼けるホ」


 気がつくと、目の前にトリがいた。本当、神出鬼没だなあ。丸っこいフクロウは僕の顔の見上げて感想を求めてくる。


「改めて魔法の感覚に目覚めた感じはどうだホ? 今どんな気持ちホ?」

「当然、最高の気持ちだよ!」


 僕は満面の笑みをトリに披露する。フクロウはパタパと飛んでちょこんと肩の上に乗った。


「さあ、買い物の途中だったホ? 早く俺様のためにケーキを買うホ」

「今回何もしてないじゃんか」

「うっさいホ! 俺様が見守ってやってたから、また魔法が使えるようになったんだホ!」

「分かった分かった」


 結局また僕はこのスイーツ大好き使い魔のためにケーキを1ホール奢らされてしまう。ニコニコと豪快に食べるその姿を見ながら、折角目覚めたこの感覚を忘れないようにと杖の素振りを繰り返した。


 こうして僕はまた魔法が使えるようになり、嘘をつく必要もなくなった。感覚を取り戻してからは、更に魔法がしっくりくるような気がする。これからもしっかり勉強して腕を磨いていこう。

 あの時の最高の目覚めの感覚を忘れなければ、きっともう大丈夫さ。

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