第6話 閉じ込められた2人

 禁書騒ぎで一悶着があってから数日後、放課後になって家に帰ろうと廊下を歩いていると、クラスメイトのユウカの姿が目に入った。彼女はどこかに向かって歩いている。

 不思議とそれが気になった僕は、彼女の後をつけてみる事に。


 見つからないように気配を消しながら追いかけていると、ユウカは魔導用具小屋に入っていく。彼女がそこに入る理由が思い浮かばなかった僕は、好奇心にかられて行ってみる事にした。

 そこには、しゃがんで何かを見ている彼女の後ろ姿が――。


「何やってんの?」

「ソウヤ……君?」

「あ、ごめん。つい気になっちゃって」


 僕は自分の行為が気味悪がられると思って予防線を張った。気まずい雰囲気が場を支配していくのが分かる。

 まずいと思って帰ろうとしたその時、彼女の口が動いた。


「妖精がね、いたんだ。追いかけていたらここに……」


 ユウカの目はうつろだ。まるで心ここにあらず、みたいな。僕は心配になって彼女に近付く。


「妖精? いないよ」

「そうなの。いたはずなの」

「ここは魔導用具小屋だよ? 妖精なんて……ん?」


 僕は辺りを見回して不審なものがないか確認する。と、そこに見慣れないものを発見した。


「これは……花?」

「あ、それ多分古代の魔導植物だよ。確か遺跡発掘部が栽培に成功したって……」

「へぇ、そうなんだ」


 彼女いわく、それは古代の魔法使いが作った魔法の力を宿した植物なのだとか。確かに普通の植物と違って不思議な形をしている。葉には魔法の文様のような印が浮かび上がっていて、微かに魔動力も感じる。

 僕はその見慣れない植物に興味を抱き、そっと手を伸ばした。


「何かすごいね」

「触っちゃダメ!」

「え? なんで?」


 植物を触ろうとした僕を見たユウカは突然表情を変え、僕の動きを止めようとする。きっとこの植物は何か危険な物なのだろう。

 しかし、その忠告は間に合わなかった。僕ははずみで植物の葉に触れてしまったのだ。すぐに手を離したけど、それがきっかけで植物は突然発光し始める。どうやら触った事で何かが発動したらしい。


「これ、一体……?」


 何か知っている彼女に話を聞こうとしたところで、僕は強烈な眠気に襲われる。植物の花の部分から強力な催眠ガスが噴射されていたのだ。

 こうして、僕達は狭い小屋の中ですっかり意識を失ってしまう。


 ――それからどのくらい経っただろう。周囲から感じる謎の圧迫感に僕は目が覚めた。そうして、目の前に広がっている状況に目を丸くする。周りが植物で埋まっていたのだ。

 蔦があっと言う間に侵食するみたいに、辺り一面が緑一色になっている。


「う、嘘……?」

「現実だよ。全く、私の忠告を聞かないから」

「どう言う事?」

「ソウヤくんが触ったから暴走したんだよ」


 僕よりひと足先に目覚めたユウカは、こうなってしまった原因を説明する。魔導植物には種類によって様々な役割が用意されていて、健康目的、エネルギー目的、そして軍事目的などがあるらしい。

 話を聞いた僕は、その中で最悪の想定を彼女にぶつけた。


「じゃあ、もしかしてこれって軍事……」

「私もまさかとは思ったけどね」


 ユウカは肩をすくめてため息を吐き出す。つまり、僕が古代の悪意を目覚めさせてしまったと言う事らしい。

 僕は、自分の行為が引き起こしたこの結果に頭を抱える。


「何でこんな危険なものがこんな所にあるんだよーっ!」

「多分、発芽したのがついさっきなんだよ。魔導植物は種の段階ではその正体が見分けにくいから」

「じゃあユウカが見た妖精って……」

「多分、植物が何らかの方法で人をおびき寄せようとしたんだと思う」


 僕は一旦深呼吸して辺りの様子を冷静に観察する。増殖する植物はものすごいスピードでこの狭い空間を埋めていた。早く脱出しないと潰されてしまうだろう。そう思った僕は、小屋の出入り口の方向に顔を向けた。

 しかし、そこにあったのは何重にも折り重なった緑の壁。


「残念だけど、もうドアから出る事は出来ないよ」

「嘘……だろ?」

「この侵食スピードから言って、私達に残された時間は後3分と言ったところ、かな?」

「マジで?」


 この切迫した事態を前に、彼女は恐ろしいほどに冷静だった。僕は焦って頭が真っ白になっているって言うのに。もしかして何か脱出手段があるから余裕なのかな? それとも、もうあきらめたから……? 

 僕はユウカの真意を測りかねて、ゴクリと唾を飲み込む。


「人生最後の3分間……」


 彼女は感情を殺した目をしながらボソリとつぶやいた。その言い方に背筋を凍らせた僕は、何とかこの場から脱出しようと思考をフル回転させる。

 そうだ! 考えてみれば僕には魔法がある! こんなピンチも魔法を使えば切り抜けられるはずだ。そう判断した僕はすぐにそれを実行しようと、ポケットに仕舞っていた折りたたみの杖を取り出した。


「何する気?」

「魔法で脱出するんだよ!」

「火は燃えるからダメだよ」

「じゃあ風魔法だ!」


 僕は杖に力を込めて真空の刃を発生させた。刃は増殖する植物をスパスパと切り裂いていく。

 けれど植物の増殖スピードの方が早く、風の刃はあっさり消えてしまった。


「どうやら焼け石に水みたいね」

「じゃあ土魔法だ! 植物の成長速度を止める!」


 僕はすぐに大地属性の呪文を唱える。この魔法が効果を発揮すれば、魔導植物だって流石に動きを止めるはずだ。

 しかし、自信満々で呪文を唱えたところで効果は発揮されなかった。


「な、何で?」

「無効化されてるね。兵器だから当然だけど。どうする? まだ足掻く?」

「じゃあ、水魔法だ」

「水は成長させるよ? 相手植物なんだから」


 まだ何もする前から否定されて僕は少しムキになる。そこで杖に水の魔動力を集めながら勢い良く振り抜いた。


「高圧の水カッターで切り裂くんだよっ!」


 こうして発動させた水魔法によって発生した高圧の水の刃は、いくつかの植物の切断に成功する。ただし、それでも目の前に立ちふさがる緑の壁を全て切断する事は出来なかった。

 どの魔法も増殖する植物の勢いを止める事が出来ず、僕は頭を抱える。


「一体どうすればいいんだ……」

「トリさんに頼もうよ。どうしてまっさきに頼らないの?」


 苦悩する僕を前にユウカが意外な言葉を口にする。そう言えば、彼女には僕の使い魔を紹介していたんだった。もしかして、さっきからの余裕の正体はトリの力をあてにしていたからなのだろうか。

 しかし、その作戦には大きな問題がある。僕は肩を落とすとぽつりとつぶやいた。


「昨日喧嘩しちゃったんだ。それから口も聞いてくれない。助けてくれるかな……」

「何があったの?」

「あいつのお気に入りのプリンを食べちゃって」


 そう、喧嘩の原因は些細なもの。名前を書いていなかったからつい食べてしまったんだ。まさかずっと大事にしていただなんて知らなくて。怒ったトリは会話どころか目も合わせてくれない。本当、まずいタイミングで喧嘩しちゃったよなぁ。

 理由を聞いた彼女は呆れたような顔をして溜め息を吐き出すと、僕に向かって強い口調で命令する。


「とりあえず頼んで! もう時間がない!」

「わ、分かったよ。た、助けてーっ!」


 トリとは距離が離れていても会話が出来る。使い魔とはそんな存在だ。だからこの叫びも間違いなく届いているだろう。もしかしたら一刻を争う事態だって事も把握しているかも知れない。

 僕は一縷の望みを賭けて返事を待った。すると、すぐに返事が返ってくる。


「……許さんホ」


 やっぱり怒ってる。今からトリの機嫌を直さないと僕らの命が危ない。ヤケになった僕は、この切り札に動いてもらうために大声で叫んだ。


「悪かったよ! あのプリン買って帰るから!」

「もう一声ホ」

「じゃあケーキも買って帰るからーっ!」


 生きるか死ぬかの瀬戸際で出し惜しみは出来ない。僕は出来うる限りの譲歩をした。これで拒否られたらもう――。


「……任せろホ」


 おお、トリの機嫌が直った! 僕は一安心して肩の力が抜ける。その様子を見たユウカの顔にも安堵の顔が見えていた。植物はもう僕らを包み込みかけている。

 今は何とか両手で突っぱねているけど、後もう1段階増殖されたら多分もう持たない。トリ、頼む、早く来てくれーっ!


「トリ、今どこ?」

「安心しろ、もう小屋の前だホ。アンチマジックホー!」


 トリの叫び声と同時に魔導植物は一瞬で消滅する。魔法の力で増殖していたため、その力を打ち消されると存在も消えてしまうらしい。

 それにしてもアンチ魔法って――理論上は可能だと言われているけど、まだ誰も使った事のない魔法だぞ。何で使えるんだよ……。


 植物が消えて、いつもの用具小屋のビジュアルが戻ってきた。安心して気の抜けた僕らがぺたりと床に座り込んだところで、出入り口のドアが開く。

 月明かりに照らされた丸っこいシルエット、それはこの危機を一瞬で救った僕の使い魔だった。

 トリはパタパタパタと可愛らしく飛んで、僕の目の前にぺたんと着地する。


「助けてやったホ。ケーキ、忘れるなホ」

「あ、ああ。ありがとな……」


 僕が感謝を告げていると、ユウカがトリを両手で掴み、勢い良くその顔に何度もキスをする。トリもまんざらではなかったようで、ポッと顔を赤らめるのだった。


「本当に有難う。助かった。やっぱり頼りになるね!」

「て、照れるホ……」


 こうして魔導植物騒ぎは幕を閉じる。この後、件の魔導植物を発掘した遺跡発掘部は一ヶ月の活動禁止処分となった。

 僕はと言えば、あれからますますトリに頭が上がらなくなってしまい、何かある度にスイーツを奢らされる羽目に。

 うう、どうしてこうなった……。


「めでたしめでたしホ」

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