第2話 ナンバー2の学校代表

 図書室で出会ったトリと名乗る謎のフクロウに魔法の才能を開花されて2ヶ月後、僕はメキメキと実力を伸ばし、ついにクラスで一番の成績を収めるまでになっていた。学校全体の成績でも魔法の実力は全校で2番目だ。

 たったの2ヶ月でここまで成長出来たのは使い魔のトリのおかげ。彼は僕の魔法をしっかり指導してくれる。使い魔が師匠だなんて、他の生徒が見たら笑われちゃうかも。


「ついに実力が全校で2番になったよ! 有難う!」

「それがソウヤの実力ホ。俺様の見込んだ通りホ」

「本当すごいよ! 君には感謝してもしきれないよ!」

「苦しゅうないホ! もっともっと褒めるホ!」


 この学校で一番の実力者は3年のシエン先輩。先輩は今度開かれる全国魔法選手権の我が校代表だ。ナンバー2の僕は先輩がもしものための控えとして、出場名簿に名前だけは載せている。ま、よっぽどの事がない限り先輩が出場するだろうから気は楽なんだけど。

 僕には学校の代表みたいな責任の重い大役なんてとても無理。この選手権、去年僕らの学校が優勝してるからプレッシャーが半端ないんだ。


「ソウヤが代表になっても良かったんだホ。今からでも学校に掛け合ってやろうかホ?」

「いや止めてよ! 僕にそんな重圧は跳ね除けられないよ!」

「全く、本番に弱いタイプだホ。もっと自信を持つホ!」


 トリは僕を励ましてくれている。ま、3年生は来年には卒業だし、そうなれば自動的に僕が学校でも1番になる可能性は高い。ああ、来年は僕が参加する事になるかもなのかぁ……。今から胃が痛くなりそうだよ。

 この話が続くと更に精神が削られそうだったので、僕は話題をそらす事にした。


「大体、トリって何者なの? 先生方も頭が上がらないみたいだし……」

「それは秘密ホ! ホーッホッホッホ……」


 僕の質問に、トリはあからさまに怪しい笑い声を上げて答えをはぐらかした。こうなったら何を話してもまともには答えてはくれない。

 僕はため息を吐き出すと、今日の授業で出た課題に取り組むのだった。



 全国魔法選手権を一週間後に控えた木曜日、事件は突然発生する。学校の代表だったシエン先輩が突然病気になってしまったんだ。天然の魔法キノコの天ぷら当たってしまったらしい。

 この魔法食中毒は完治までに一週間は要すると言う事で、大事を取って出場権が実力2番目の僕に自動的に移動する。な、なんでこんな事に――。

 僕は、自分の身に降り掛かった不運を嘆く事しか出来なかった。


「やったじゃないかホ! 俺様の日頃の行いが良かったからだホ!」

「何言ってんだよ! あ、もしかして君が先輩に何かしたんじゃ……」

「俺様はそんな卑怯な事はしないホ! 純粋な事故だホ」


 確かにトリならこんなセコい手は使わないだろう。僕はすぐに謝って魔法の特訓を申し出た。学校の代表になるんだから、それに恥じない実力を身に着けなくちゃって思ったんだ。


「分かったホ! スパルタで鍛えてやるホ!」

「お願いしますっ!」


 こうして本番までの一週間、地獄の特訓は続いた。僕はヘロヘロになりながら先輩レベルの実力を身につける。

 と、断言出来るかどうかはちょっと自信がないけど、指導したトリが最後に満足したような顔になったから、それなりの実力は身につけられたと思う。明日は本番、今日はぐっすり眠って英気を養おう。


「……何やってるホ! 早く起きるホ!」

「うーん、後10分……」

「あと10分も寝たら遅刻して失格になるホ! 修業の日々を無駄にする気かホッ!」

「え……? うわああっ!」


 寝ぼけ眼で時計を見ると、今から出発してもギリギリの時間だった。急いで着替えて会場に向かうバスに乗り込む。何とか無事に辿り着いた僕は、控室で急いで身だしなみを整えた。


 開会式も終わり、大会の幕は上がる。トリとの特訓のおかげか僕は順調に勝ち進み、ついに決勝戦まで生き残る事が出来た。

 最後の試合の相手は去年の準優勝校の代表だ。まさに去年の戦いの再現となってしまった。相手校はリベンジマッチに燃えている。怖いなぁ……。


 決勝戦は会場に用意された魔法鏡から出現した魔獣をどちらが先に倒すかと言うもの。召喚される魔獣は学生が倒せるレベルのものに調整されている。つまり、この勝負は早い者勝ちって訳だ。

 相手校の代表は3年生の女子魔法使い。黒くて美しい長い髪がいかにも魔女って感じで、見るからに手強そうだ。杖を持つ手が震えてしまう。


「あなたが私の相手ね。弱そうで良かった」

「なっ……」

「あら失礼。怒った? だってあなた2番目でしょ? 2番手がこの私に勝てるとでも?」

「くっ……」


 相手の女子魔法使いはいかにもな魔女キャラ。負けたくはないけどかなりの実力者なのは間違いない。決勝戦までストレート勝ちしてきたのがその証拠だ。

 対して僕はと言えば、全ての勝負がギリギリの逆転勝ち。一歩間違えば初戦敗退だった。


「では決勝戦、ソウヤ選手対エリカ選手、始めてください!」


 司会の人が試合の開始を告げる。勝っても負けてもこれが最後、悔いのないように全力を出し切ろう!


 僕達は魔獣の召喚される魔法鏡をじいっと見つめる。手に汗が溜まって気を抜いたら杖を落としてしまいそう。この大事な1戦でそれは致命傷だ。僕は杖を持つ手を入れ替えて、溜まった汗を服に手をこすりつける事で拭う。

 それからまた利き手に持ち替え直した時、目の前の鏡の異変に気が付いた。いつもなら数秒で召喚されるはずの魔獣が、30秒ほど経ってもまだ出てこなかったのだ。


 不調かなと一瞬構えを解くと、鏡は不気味な世界を映し始める。次の瞬間、謎の異空間の景色を映し始めた鏡から突然予定外の魔獣が飛び出してきた。


「ふんもおおおおお!」


 雄叫びを上げるその魔獣の正体はでっかい牛。全長は5メートルをゆうに超えていた。顔の両脇に生えている角も立派で、50センチ以上はあるだろう。あんなので突き刺されたら命がいくらあっても足りない。召喚された魔獣の牛、魔牛は出現した時点で怒りマックスになっていて、かなり危険な状態だった。

 予想外の魔獣の出現に、対戦相手のエリカはその表情に戸惑いの色を隠せないでいる。


「わ、私、こんな魔獣が出てくるなんて聞いてないんですけど?」

「もしかしたら何かのトラブルなのかも……」


 こんな牛が会場を暴れまわったら、被害者が何人出るか見当もつかない。牛と対峙した僕らはすぐに顔を見合わせ、即席のタッグを組む事にする。


「こいつ、多分だけど私1人じゃ倒しきれない……」

「じゃあ一緒に戦おう。これは勝負どころじゃないよ」

「わ、分かりましたわ! 仕方ないですわねっ!」


 実力的には上のエリカがすぐに杖を振りかざす。その杖からは強力な電撃が放たれた。並の魔獣ならこの一撃で黒焦げになるだろう。

 けれど流石はイレギュラーな魔牛、上手く電撃を角に誘導しそのまま地面に流してしまった。その様子から、この魔獣に電撃は無効だと言う事が判明する。


「んなインチキなッ!」

「驚いている場合じゃないよっ!」


 僕はすぐに杖を振りかざす。使った魔法は魔法壁。見えない壁にぶつかり、魔牛は動きを止める。どうやらこの魔法は有効だったようだ。とは言え、この壁もいつまで持つかは分からない。

 僕は意識を集中して、壁を壊さなれないように力を出し続ける。


「くうっ……」

「へぇ、やるじゃない」

「ごめん、あまり足止め出来そうにない。頼める?」

「任してくださる? とっておきを使いますわっ!」


 エリカは体勢を整えると大きく深呼吸する。そうして目を閉じると何やら特別な呪文を唱え始めた。僕の知らない呪文だ。彼女が呪文を唱え終わるのが先か、僕の魔法壁が突破されるのが先か。魔牛は顔を真赤にしながら、少しずつ魔法壁を削っていく。

 呪文を詠唱中の無防備な女子魔法使いを危険な目に遭わせる訳にはいかない。僕は気合を振り絞って牛の突進を止め続けた。


「ゴールドドラゴンブレス!」


 黄金の龍の息吹。それは聞いた事のない魔法だった。きらびやかな黄金色の風が杖から放たれ、魔法壁を壊そうとする牛の周りを包み込む。


「このまま龍の息吹に溶かされておしまいっ!」


 どうやら、この魔法は触れたものを溶かす効果があるようだ。その恐ろしい効果に僕は背筋が凍ってしまう。呪文が正式に発動した以上、これで魔獣は倒されるだろう。僕は安心して張り詰めていた気持ちを少しだけ緩めた。

 そのタイミングで、魔牛は恐ろしいほどの雄叫びを上げる。


「ふもおおおおおっ!」

「ええっ?」


 なんと、エリカの放った魔法を魔牛は思いっきり吸い込んでしまったのだ。この魔法も無効化されたと言う事で、失望した彼女は膝から崩れ落ちる。切り札の魔法が効かなかったと言う事で、驚いた僕もそこで張り詰めた緊張の糸がぷつんと切れてしまった。

 そのタイミングで魔法壁が粉々に砕け散る。もう魔牛を止めるものは何も残ってはいなかった。


「ふんもふんも! ふんもおおお!」


 開放された魔獣はそのままさっきまで攻撃をしていたエリカに向かって突進を始めた。このままだと彼女が危ない!

 僕はすぐにエリカの前に立ちはだかって両手を水平に広げる。それは無意識での行動だった。牛は僕に向かって突進してくる。ああ、短い一生だったな……。


「全く、世話が焼けるホ!」


 絶体絶命にのピンチに現れたのは、僕の使い魔のフクロウだった。ちょこんと魔鏡の上に止まると、鏡面に向かってくちばしでコツンと軽く突く。その一回で魔境は正しい景色を映し、召喚した魔牛も呆気なく消滅。

 それは、牛と僕との距離が後10センチと言う、最高にエキサイティングなタイミングだった。


 その後、詳細な調査が行われ、魔鏡はどこかで瘴気を受けていた事が判明する。試合は後日に再開され、その時は復活したシエン先輩が参戦し、見事に勝利をもぎ取った。

 僕はその様子を観客席側から眺め、力いっぱいの拍手で先輩の勝利を讃える。ああ、やっぱりまだまだ先輩には敵わないや。

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